じいさま物語(初代黒羊男爵の話)

2017年8月 6日 (日)

締めておこう、財布の紐と社会の窓。

こんにちは、昨日 執事に
「今年の夏の我が家のレジャーはなんだ? 夏らしく冒険したいな!」と言ったところ、
「三国志がよろしいですか? ワンピースがよろしいですか?
お好きなほうを全巻 借りてきます」と言われた黒羊男爵です。
え、ウチのレジャーってインドアなの?
ていうか、買ってくれるんじゃないんだ?
借りてくるんだ?
レンタルなんだ……。

今日は一部方面にご好評につき、
初代黒羊男爵、つまりじいさまの話をまたしたいと思います。
話題はズバリ、

「なんでじいさまはホラを吹き始めたのか」です。
そうです、そもそもじいさまがホラを吹き始めなかったら、
オレのメンタリティも存在していないわけで、
けっこう重要な話、かもしれませんね。

その昔、じいさまがまだ若かった頃、
日本は戦後の焼け野原でした。
東京でも家はまばらで、
仮設の自分ちの敷地がどこまでかもわからないような状態で
じいさまは日々暮らしていました。
その頃、じいさまは留学した際のツテもあって、
アメリカ軍から来る物資を売りさばいて
細々と生きていました。
毎日、生きるのが精いっぱいの生活の中で、
「なんかこう、楽しいこと、ないかな」と思いながら、
その日を送っておりました。

そんなある日、じいさまは物資の中に
画用紙とクレヨンを発見します。
いつものように売りに行こうと思いましたが、
ふと
「そうだ、子供たちにあげたらいいんじゃないか」と思い付きました。
その頃、じいさま自身、生きるのが大変でしたが、
それ以上に、親を亡くした子供たちは生きるのが大変でした。
病気になる子供もたくさんいました。
元気がない、苦しむ子供もたくさんいました。
だから、じいさまは自分が「楽しいことないかな」と思うように、
子供たちに楽しいことをあげたらいいんじゃないかと思い、
公園にたむろしている路上生活の子供たちに、
画用紙とクレヨンを届けることにしたのです。

子供たちの中には、クレヨンを生まれて初めて見る子もいました。
「好きな色で好きなものを描くんだよ」
「描いていいんだよ」
言われて、子供たちははじめ、びっくりして動きませんでしたが、
じいさまはあいまいな記憶をたどりながら、
子供たちの前で地面に画用紙を広げて、
動物を描いて見せました。

すると何人かの子供たちがクレヨンに手を伸ばし、
やがて全員が画用紙に向かって
力いっぱい絵を描き始めました。
伝聞では、食べ物の絵が多かったそうです。
あと、怖い絵。
火事の絵や人が死んでしまう絵や、大きな渦のような絵。
それは、子供たちの心の鏡でした。

やがて、じいさまは画用紙とクレヨンが手にはいる都度、
子供たちに届けるようになりました。
子供たちもクレヨンを握っている間は空腹を忘れ、
一心に絵を描きました。
その中に、言葉が不自由な子供がいました。
お母さんを亡くしたショックで声が出なくなってしまったのです。
その子は、いつも黒や赤で塗りつぶしたような絵を描いていましたが、
ある日、空色のクレヨンを握り、動物の絵らしきものを描きました。
「なに描いたの?」
他の子供たちは興味をそそられて、動物の名前を尋ねました。
それは、空色の鼻の長い、ゾウに似た、でも牙のない動物でした。
その子は首を振ります。
名前が出てこないのです。
涙が一滴、その子の頬を伝いました。
そのとき、じいさまは発作的に言いました。
「これはあれだよ」
「え、なあに?」
「あれだ、ほら、妖怪だよ」
「妖怪?」
「そう。涙の重さを食べる妖怪だよ」
露流し、とじいさまは言いました。
「そんな妖怪いるの? 聞いたことない」
「いるよ。悲しい涙の重さを食べてくれる、いい妖怪なんだ」
じいさまは子供たちに向かって露流しについて話し始めました。
露流しは、甘いお菓子が大好きで、
子供が大好きで、
泣いている子供の涙の重さを食べてくれて、
少しだけ楽にしてくれる。
ゾウに似てるけど、ゾウじゃない。
でも長い鼻で水を吹き上げて、噴水を作ることもできるよ。
じいさまは、もう思いつくがままに、その妖怪について話しました。
時には笑い話を交えて、
時には悲しい話を交えて、
その子がその動物を描くたびに、
描いた妖怪について語ったのです。

それから、じいさまは画用紙とクレヨンがなくても、
公園へ行くようになりました。
行く都度、じいさまは子供たちが驚くような話をしました。
日本海の海底を歩いて中国へ渡った話。
月の表面にあるお菓子の話。(月は白い甘いお菓子でできているんだよ)
春になると目覚める花の精の話。
地面の下に住んでいる太鼓をたたく小人の話。
そして、たくさんの妖怪の話。
じいさまは画用紙とクレヨンの代わりに、
ホラを吹いて吹いて吹きまくりました。
食に事欠く子供たちに、
ホラとユーモアと心のゆとりを贈り続けました。

こうして、とあるホラ吹きの家系が始まりました。
その家系は
だいたい人としてはロクデナシで、
常に金銭と縁がなくて貧乏で、
どうでもいいことで大騒ぎし、
なんでもないことで大ホラを吹き、
フィクションと現実の見分けがつかず、
ちょっと天然が入っていました。
ですが、初代から伝わった心意気だけは守られていました。
「忘れない、ホラとユーモアと心のゆとり」
そうです、それだけは我が家の誇りです。
最初のホラは、自分の為ではなく、他人の為のホラでした。
ですから、最上のホラとは、自分の為ではなく、
誰かのためのホラです。
誰かを、くすっと笑わせるホラです。
まだまだオレはその域に達していません。
人生修行あるのみ、ですね。


以上、ホラ九割程度で。
え、この感動秘話は九割がホラ?!
ですから、言ったじゃないですか、ウチはロクデナシの家系だって。
そこんとこはホラじゃないですよ、大丈夫です。
え、だいじょばない(By Perfume)って?
まあまあ、あんまり細かいことは気にしないでください。
ホラとユーモアと心のゆとり。
忘れないでいきましょう。
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じいさまから伝わった、本当の口伝は、
「締めておこう、財布の紐と社会の窓」です。
この血が滲むよーな口伝から察するに、
いろいろ事件があったんだな、じいさま(のズボン)にも。

2017年7月23日 (日)

お宝物語。

こんばんは、
先日 ついに過労と疲労で昏倒し、緊急搬送され、 CTとMRIで脳を輪切りにされまくった挙句、
「いまおいくつですか? あ、じゃあ、仕方ないですね」と
医者に さらっと言われた黒羊男爵です。
え、「仕方ない」ってどういうことですか?
いったい、何をあきらめられたんですか?
ていうか、俺の脳は大丈夫なんですか?
医者のたった一言で、
自分の存在を見失いそうになってる今日この頃です。

ひっさびさの更新になる今日は、
我が家のじいさま、初代黒羊男爵について語りたいと思います。
いろいろ伝説が残ってるじいさんですが、
(なにせホラ吹きを始めた人)
その中でも、
「おいおいおい! マジか!」と叫び、
「……まあ、嫌いじゃないけど、そういうの」と
思ったエピソードを語りたいと思います。

そもそもの大前提として、
じいさまの代からうちは貧乏貴族でした。
家中 どこを探しても、金なんかねえ。
ホラとユーモアと心のゆとりしかねえ。
そんなじいさまでしたが、
いくつかある趣味の中で、一番 好きだったのは、
「骨董品蒐集」でした。
もっとも、金がないのですから、
ろくな品物は買えません。
そもそも、骨董店に入店することすら稀。
月に一度、近所の神社にたつ骨董市(ガラクタ市ともいう)を
楽しみにしていて、
それでも滅多に買うことはなく、
品物をひやかして眺めることを趣味にしていました。

そんなじいさまでしたが、
ある日、ガラクタ市で「これは!」という品物に巡り合います。
それは「自称」古伊万里のお皿でした。
あくまでも、出品者(適当に不用品を持ってきて売ってる人)の自称です。
普通に考えて、
本物の古伊万里がじいさまのお小遣いで買える値段なわけがありません。
ほぼ、昭和の時代の新しいお皿で、
古びて見えるのは単に保存状態が悪かったからです。
ですが、じいさまはその「自称」古伊万里の皿を
大事に、大事にしていました。
そんなじいさまには、ある夢がありました。
「せっかくお皿が手に入ったんだ。
このお皿に会う、お茶碗が欲しい」
そうです、お皿を来客に出せるように、
お茶を入れる揃いのお茶碗が欲しいと、
じいさまは願ったのでした。

ですが、骨董店に入るには予算がない。
頼めない。
なので、じいさまはガラクタ市で顔見知りの人に
「これこれこういう柄の古伊万里(もう自称でもいい)のお茶碗が出たら、
教えてほしい」と頼みました。
予算が厳しいので、手に入らないかと思ってましたが、
ある日、なんと
「希望の柄の(自称)古伊万里、手に入ったよ!」という朗報が。
じいさまは喜んで、すぐにお金を払い、(つっても千円単位)
その自称・古伊万里のお茶碗が届くのを楽しみにしました。

ついにやってきた、待望のお茶碗。
じいさまはわくわくしながら、厳重な梱包を解きます。
そして、茶碗を手に取ると、
「こ、これは……!」と絶句しました。
柄はじいさまが欲しいと思ってた通りの柄、
ちゃんと五客そろった蓋つきの茶碗、
興奮のあまり、もうじいさまの瞳孔は開きっぱなしでした。
「素晴らしいじゃないか!」

……孫の俺からすると、このとき もう、じいさまは末期でした。
ヒッジョーに残念なことに、
何が末期って、頭が末期でした。

我が家には、ホラ吹きのほかに代々伝わる体質があるのですが、
じいさまの体質はもう末期を極めてました。
だって。
だってね。
まずは、じいさまが入手した茶碗の画像をご覧ください。

K0120044a_s_2

じいさまが欲しかった鶴の柄の茶碗ですね。
うん、まあ、これだけ見ると、
「いいじゃないの?」って感じですね。
千円単位でこれが買えたんなら、よかったねって感じですか?
で、気付きませんか?
え、わからない?
じゃあ、二枚目の画像をお見せします。

K0120045d_s

お茶を入れたところです。
どうですか、いい感じですか?
ちゃんとお茶も入ってますね。
うん、まだ気づきませんか?

じゃあ、最後の画像をお見せしますね。

K0120046g_s

……――これ、お茶を入れる茶碗じゃねえよ!
飯茶碗だよ!

正確には向付を入れる茶碗だと思いますが、
少なくとも、お茶を入れる茶碗じゃありません。
じいさまがせっかく入手した茶碗は、
結局 活かしどころがなく、
(当然だよね、こんなにデカいの、来客に出せないよね!
 ていうか、こんなんがのる茶たくがまずないよね!)
この茶碗はそっくり、じいさまから俺に伝わることになったのでした。

ホラ吹き外に、我が家に代々伝わる体質。
それは、
「うっかりさん☆」っていうことです。
ツメが甘いということです。
じいさまは「茶碗が欲しい、茶碗が欲しい」というだけで、
「お茶を入れる」茶碗、っていうことは、
一言も言わなかったんですね。
だから、飯茶碗が来ちゃった☆ ってことです。
でも、俺は、そんなじいさまが嫌いじゃないです。
いまだに、出すだけで笑ってしまう茶碗ですが、
骨董的な値打もない、ただの場所ふさぎの茶碗ですが、
じいさまの喜びようと、その後の愕然っぷりを
想像するだけで笑えます。
まあ、うちは代々 ろくでなしの家系ですけど、
ちょっと天然入ってるかもね。



以上、ホラ三割程度で。
で、この茶碗、どうしたもんでしょうね?
本当に生かしどころがないんですよ。
来客には出せないし、
かといって、こんな茶碗でご飯食べる気にもならないし。
もはやオブジェと化しています。
まあ、お宝なんて、人それぞれだからね。
骨董的な価値なんてなくて、
場所ふさぎにしかならない飯茶碗でも、
じいさまから伝わってるものだと思えば、
お宝といえばお宝かもね。
我が家のお宝なんて、こんなもんばっかりですよ。
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「確かにこれは、ガラクタ」と見抜いた方、
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多分、俺が子孫に伝えるお宝も、
こんなんばっかりでしょうね。
きっと将来、「アホやったんやで、うちの先祖は」とか
言われちゃうんだろうな。