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2011年11月 4日 (金)

男爵、『不幸』と人生相談する。

本当に、ひさしぶり。元気だった?
よくウチがわかったねえ、迷わなかった?
わたしは椅子を勧めながら、当たり障りない社交辞令を繰り出す。
脳内ではありとあらゆる引き出しをひっくり返して人名と顔情報を捜索中。

突然、我が家を訪問してきたこの人物。
やばい、誰だ、こいつ。
覚えてないよ。いや、同級生だったとは思う。
うん、高校の同級生だ。
たしか田中……いや中田……いや野中……いや野口、か?
あんまりわたしと親しくなかった。
わたしは高校では傍若無人・やりたい放題で
授業をエスケープしたり、文化祭の後に焼き芋大会を開催したり、
ま、好き勝手やった。
そんなわたしと地味な野口(仮)は接点がなく、
温め直すほどの旧交はないのだが、
いったい、わたしに何の用なのだ?
野口(仮)はくたびれたスーツ着て、どんよりした眼をして、
肩を落としてわたしの前に座る。

「とにかく、久しぶりだな、元気だった?」
わたしは壊れたレコーダーのように、同じ挨拶を繰り返す。
野口(仮)は言った。
「元気、じゃないよ……はは」
「あ、そうなの。どっか悪いの? 病気なの?」
病気ということなら、わたしはプロだ。
「病気じゃないよ……なんつーか、もうオワリって感じ」
オワリって感じ? 病気じゃない?
よくわからんが、
「人生が行き詰ってるってこと?」
わたしは「早くメイドさんがお茶もってくればいいのに」と思いながら、
野口(仮)と無理やり会話を続ける。
「うんそうだね、行き詰ってるっていうか……もうオワリかなあ。
離婚も成立したし、借金もあるし、会社リストラされたし」
うわあああ、なんだ、その不幸の三連打は。
顔と名前が一致しない元同級生から打ち明けられるには、
重すぎる話題だぞ。
わたしはどうリアクションすればいいのだ?
野口(仮)は淡々と続けた。
「このまえ、子どもの血液型がO型だってわかってね、
はは、子ども、オレの子じゃなかったんだ。
オレは三年間、なにをしてたんだろーな」
おおおおおおお、不幸四連打だ。
ちょっと待て、彼はわたしに何を求めているのだ。
わたしは神様じゃないし、金持ちでもないし、
できることなんて、夢とユーモアと心のゆとりがつまったホラを
吹くくらいだぞ。

苦悩するわたしの耳にノックが響いた。
やった、ようやく来た。
「えっとさ、まず、お茶を飲もうよ。お腹をあっためよう」
わたしはメイドさんが運んできたダージリンのセカンドフラッシュと
お手製キャラメルを野口(仮)に勧めた。
「とにかくまず、お茶だよ。それから物事を考えよう」

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「……すごくいい匂いだね」
「あ、わかった? これはね、ダージリンって紅茶なんだけど、
夏につんだやつだから、香りが特に強い。
まあまあ、キャラメルも食べてみてよ。
このまえ わたしが作ったんだ」
「甘い……ほのかにミルクの味がする……」
「よかったら、全部食べちゃって。お茶に合うでしょ」
「おいしい……」
言いながら、キャラメルを食べながら、
野口(仮)はぼろぼろと泣き始めました。
ヤバイ、野口(仮)の心のダムが決壊した。
でもま、これでいいのかもな。
ある意味、辛いのに泣けないともっと辛い。
泣くことによって、発散できればいい。
野口(仮)はしゃくりあげながら、
「うまい、うまい」とキャラメルを食べました。

ティーカップが空になる頃、
「……ありがとう」
わたしは特になにもしていませんが、
野口(仮)が礼を言いました。
わたしは答えました。
「いや、別にいいけど。
あのさ、いまさらなんなんだけどさ、
今日はどんな用で来たの?
ふらっと遊びに来たって感じじゃないし。
かといって、借金の依頼でも困るけどね、アハハ。
わたし、貧乏だから。本はあるけど、お金はないよ」
「……人生相談できたら、と思って……」
「え、人生相談? 誰に誰の?」
「君に、オレの。……昔ッから、君、やりたいようにやってるだろ。
オレはさ、やりたいことを我慢して、
いままでいろいろ築きあげたと思ってたけど、
全部、なくなった。あっという間に、全部、消えたよ。
……君なら、もっとうまくやれたのかな」

「――ちょっと待った!!」
わたしはストップをかけました。なんだって、なんだと。
「やりたいようにやってるってのは否定せんが、
なんでもかんでもうまくできるわけじゃないよ!
ちゃんと後で帳尻合わせにひどい目にあったりしてるよ。
わたしは神様ではない。
君の人生をわたしがやり直したとしても、うまくいったという保証はない」
「でも、君はいつも笑ってるじゃないか」
陰気な男は言いました。
わたしはため息をつきました。
駄目だ、この野口(仮)は自分の価値観を見失っている。
「あのね、笑うというのは、気力なんだよ。
わたしの信条に過ぎないんだよ。
わたしの尊敬するガユスと裸エプロン先輩の教えでもあるが、
苦境に立ったときには笑え。
血反吐はきながら、笑え。ってのがあって、
わたしは笑ってるだけだよ」
「楽しくて笑ってるわけでは」
「ないよ、違う。
苦境にあるときに泣きたい、それは素直な心だよね。
ただ、泣いたからってなにかが変わるわけじゃない。
むしろ敵を呼びこんで、さらに悲惨になる場合もある。
だから笑う。自分の敵を笑う。
自分の運命を笑う。自分を笑う。世界を笑う。
ユーモアと心のゆとりを手放さないように、それだけだよ。
君はねえ、いま、自分と世界の関係を見失ってるんだよ。
だから、確固たる価値観をもっていそうなわたしにすがりにきたんだね。
でも自信を持って言うけど、
なんでもうまくいくやつなんかいないし、
なんでもうまくいく方法なんかない。
君が間違えることは他人だって間違えるさ。
幸せになる秘訣なんてない。そんなの知ってるヤツだっていない」
「秘訣はない……」
「ないよ、ない。あったら、人類はとっくに天使になって、
天国が降臨して、この世は楽園になってる。
でも、なくてもいいのさ、それを探すのが人生だろ。
他人が決めた幸せの秘訣なんかいらないよ。
自分で自分の幸せ探すのが、君の人生だよ」
「……もう、疲れたんだよ……探すなんて無理だ」
野口(仮)は頭をかきむしりました。
なんだかなあ、本当に、基本的なことを見失っている。

「あのね、疲れたんなら、休めばいいんだよ。
休んでいいんだよ。
君はずっと家庭のために、家族のために働いて努力してたわけでしょ。
で、それが崩れてがっくりきちゃったわけでしょ。
じゃあ、休めば? 予算があるとは思うけど、
可能なかぎり休めば?
次から次へと努力なんてできないよ、できるひといないよ。
間にお休みがなかったら、死んじゃうよ。
だから、休みなよ。お茶でも飲んで、ね。
別に何ヶ月も休まなくてもいい。
お茶を飲む三十分だけ、一日だけ、一週間だけ、
お休みすればいい。ちゃんと疲れが取れて、
前を向けるようになるんなら、おやすみの期間なんて
自分で決めればいいだけだよ」
「休む……」
「最近、もしかして眠れてないんじゃない?
それじゃ疲れちゃって、考えも後ろ向きになるよ。
おいしいお茶飲んで、おいしいご飯食べて、
ゆっくりお風呂に入って、たくさん眠るといいよ。
せめて、ご飯食べるだけでも、考え方がだいぶ変わるよ。
だってこのお茶一杯だけでも、
君は「おいしい」と思って泣けたんだろ。
感情を出せるようになったんだろ。
だから、休みなよ。
それから先のことを考えなよ。
自分の人生、自分でどうにかしなきゃならないのはしんどいけど、
他人任せじゃ駄目なんだ。
自分の幸せは自分にしかわからないからね。
休んで、それから、幸せの瞬間を探しなよ。
ちなみにわたしは、おいしいお茶とおもしろい本があれば幸せだね。
それが維持できるように努力するのが、わたしの人生だよ。
君は?」
「オレは……まだわからないというか……崩れてしまったから、わからない」
「じゃあやっぱり、それを探すところから、だね。
とにかく、まずはお茶だよ! 一休みするんだ」
わたしはメイドさんを呼んでお茶のお代わりと、
バナナケーキを持ってくるように頼みました。

まったく。
これで今年、我が家にやってきた迷子は三人目です。
ことごとく自分の足元を見失っている。
なんでこんな当ったり前なことを言わねばならんのだ。
でもまあ、不幸な気分のときって、
落ち込んでるときって、当たり前がわからなくなるけどね。
野口(仮)はお茶を飲んで、晩御飯を食べて帰っていきました。
晩御飯まで食べたら、だいぶ顔色がよくなって、
猫背がちょっと治ってました。

でも、最後まで、わたしはやっぱり彼の名前が思い出せませんでした。
仕方がないので、夜、卒業アルバムを引っ張り出して、
全ページを探してみた結果、結論は、
「――あいつ、同級生じゃないよ!!!!」
……知らない人でした。
野口(仮)は、まったくの赤の他人でした。
なんでうちにお茶を飲みに来たのか、謎。
なんでわたしに人生相談に来たのか、謎。
ていうか、正体が謎。
不思議なこともあるもんだ……。なんだったんだろーね。



以上、ホラ八割くらいで。
人生について、適当なことをホラ多めで吹いてます。
それでもノンフィクションが混じってるから困るよね。
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コメント

野口~~~(^▽^)!
誰だったんでしょ?
でも、晩御飯まで食べて帰るなんて。
面白い訪問者でしたね。

次は、あたしがバナナケーキ食べに行きます(^皿^)

jun様、こんばんは!
コメントありがとうございます。
野口(仮)の正体は不明です……。
いや、絶対 同級生だと思ってたんですけど。
あんな顔のヤツはアルバムにはいなかった……。
jun様はいつ いらっしゃいますか?
よろしければ、今週末の予定を空けてお待ちしますが?
いまでしたら、ヴィクトリアンケーキとスコーン、
お茶はダージリンのセカンドフラッシュを
ご用意してお待ちしております!
では(^ ^)/

りょーかいです。
今週末の午後にうかがいます。
ビクトリアンケーキとスコーン、
セカンドフラッシュ、
楽しみにしてます。
裸エプロン先輩の話を聞かせてください。

jun様

わかりました。では土曜日の午後にお待ちしております。
楽しみです。
当日はどうぞよろしくお願い致します。

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