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2011年6月15日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ドリトル先生アフリカゆき

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ドリトル先生アフリカゆき(ドリトル先生シリーズ)で。


これもいまさら、言うまでもないくらい、超名作。
小学校での必読本。いや、大人になっても読んでおけ。
これを読んで人生変わったという人もいるはず。
映像化に恵まれていないのが残念。

普通みんな知ってるだろ的なストーリー紹介。
むかしイギリスにドリトル先生というお医者様がいた。
このお医者様、一風変わっていて、
人間の医者→動物専門の医者に鞍替えした人物。
転職のきっかけは、飼ってたオウムから動物語を学んだこと。
なんと彼は世界唯一、空前絶後の
「動物語を理解する動物の医者」なのだ。もちろん名医。
そんな先生のところへ、アフリカのサルたちからSOSが届く。
病気がはやって、サルたちは大変なことになっているらしい。
サルたちを救うために、先生は船を用意してアフリカへGO。
そしてその冒険の結末は――って話。

このシリーズを読んで、獣医になった子供もいるんじゃないかな。
そう思う。
動物の言葉がわかるようになるってのは、夢だよね。
伝承ではこの世には「ソロモン王の指輪」というのがあって、
その指輪をつけると、ありとあらゆる生物の言葉がわかるようになる、
っていうのがありますが、
ドリトル先生は自力でそれをクリア。
初めはオウム語、犬語などだったが、虫語、貝語も習得。
努力を続ける先生に不可能はない。そんな感じ。
でも先生はとても謙虚で、お金や名誉に興味なくて、
いつも真摯に動物たちに良かれと思って行動してる。
捨て身だから、偽善じゃない。
動物たちも先生には本当に心を開いて、尊敬を示す。
ここには、人間と動物の理想の関係があります。
本当に、こんな風に動物と生きていくことができたら、いいのに。
うしおととら や 夏目友人帳 で考える
「自然(人間以外の生命)との共生」の西洋版理想像がここにある。
(日本版はまたちょっと違うと思うけど)

わたしは犬語と猫語なら、少しわかりますね。
たぶん犬と猫飼ってたことがある人なら、みんなそうじゃないかな。
でも、犬語と猫語を話すことはできない。
人間語で話しかけるしかない。
感情のニュアンスは伝わってると思いますが、
ドリトル先生ほど自由自在に意志疎通はできない。
正直、先生がうらやましいな。

でも、先生にも辛いときもある。
ペットショップの前を通ることができない。
売られている動物たちはみんな、
「先生、わたしを買ってください」って訴えてくるので、
悲しくて通れない。(全部を解放してあげられないから)
あと、先生は動物園もあまり好きじゃない。
動物を閉じ込めるのが嫌いなんだね。
あるがままの、彼ら(動物)が居心地がいいのが好きなので、
コンクリ張りの狭い檻に大型獣が閉じ込められてたりするのが、
我慢できない。
先生には先生が考える「動物園」ってのがあって、
シリーズの中にはそれが出てきます。
ここにも、人と動物の理想の世界がある。
それは作者ロフティング様の理想なんだろうけど、
けっして説教臭くはないです。
むしろ、「こうなったら、みんな(人間も動物も)幸せだよね」って感じ。
地球の理想形がここにあります。
見てみたいなあ、映画でもアニメでもいいから。

このドリトル先生シリーズは、映像化に恵まれてなくて、
ハリウッドで作られると、なんだか妙なコメディみたいになる。
わたしは言いたい。
余計なエッセンスはいらんのです。
もうそのまま、原作どおりでいいんです。
ビジュアルも、原作どおりの、あの温かい挿絵をそのまま再現。
それでいい。それだけの力が原作にある。
先生と、オウムのポリネシアや犬のジップ、アヒルのダブダブなど、
いつものメンバーがそろっていれば、
それだけで、原作を忠実に再現するだけで、
ゼッタイにおもしろくなるはずなのだ。
月へ行ったり、海底旅行したりするから、
実写よりもアニメのほうがいいかもしれない。
ただねえ、実際には動物語がわからないので、
ドリトル先生役の演技指導ができないんだよねえ~。
犬語を話す場面とか、貝語を話す場面とか、
どういう風に表現したらいいのか、わからん。
そういう意味じゃ、そもそも映像化に向いていない作品なのかも。

でも、読め。
読んでおけ。
世界観が変わるから。
極端な話、自分のペットを見る目が変わります。
ドリトル先生はどんな動物でも馬鹿にしない。
どんな動物の話も真面目に聞くし、真面目に見ます。
飼い主ってのはどうしても、ペットのおもしろい行動を見ては
「アハハハ」って笑ったりするけど、
ペットから見ると飼い主のほうがファニーなのかもしれない。
ドリトル先生のように、真摯にペットに対してみると、
意外と、彼らの賢さがわかるかもしれないよ。

ある日、わたしはふざけて、ウチの猫が鳴くたびに
踊ってみた。
「ニャー」→長く踊る
「ニャ」→短く踊る
「ニャニャー」→とても長く踊る
そしたらですね、何度か繰り返していたら、
彼女(ウチの猫)はついに
「自分が鳴くとこのひとが変な動きをするらしい」と理解しました。
理解した瞬間、彼女の尻尾がぶわわわあって大きくなりました。
衝撃だったんだろうね。
そのとき、わたしは「あ、いまの猫語はわかった」と思った。
猫は「びっくりした! とてもとてもびっくりした!」と言ってました。
猫って尻尾でもお話するんだね。
あと、基本、真面目なんだね。ジャレるときはあるけどね。
猫一匹だって発見はある。
おたくの猫だって、きっとなにかあなたに話しかけているよ。

ちなみに、猫の前で真剣に踊ってるわたしの姿は想像しないように。
え、どんな踊りだったかって?
創作ダンスでしたね。基本、くねくねと踊ってました。
もしかしたら、その動きもびっくりしたのかもね。
まあ、そんなことはどうでもいいんですよ。
猫と心が通じたことが大事なんで。
いまは踊っても無反応になりました。
もう慣れちゃった。

学生だったころ、何度か、「尊敬する人は?」って訊かれました。
わたしはアインシュタインとソクラテスが好きなんで、
そう答えてたけど、
いま改めて読み返してみると、「ドリトル先生」って答えもありなんじゃないの。
そりゃフィクションの人物だけどさ、
先生は本当に無欲で、努力家で、謙虚なんだよ。
こういう大人になりたかったけど、無理だったな。
ホラ吹きの対極だもんね。
けど、こういうひとが周囲にいたら、応援しちゃうな。
あと大好きになると思う。
いまだって、ドリトル先生、大好きだけどね。

以上、ホラ三割くらいで。
いや、ドリトル先生は大好きよ?
でも尊敬する人物であげるのは、空気読んでないかもね。
だいたい大人ってさ、実在の人間じゃないと認めないじゃない?
ときにはフィクションの人間のほうが真実に近いときがあるのに。
難しいね。ま、そこらへんがホラで。
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