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2011年3月

2011年3月26日 (土)

貧者の誇り。

さっき、ニュース見てたら、
(今回の大震災に対する)世界で広がる日本支援の輪ということで、
タイの最下層のスラム街で一日に九十万円の募金があったって
言っていた。(タイだったと思う)

涙が出そうになった。
このお金は、普通の九十万円とは違うよ。
企業や政府が出してくれる九十万円とは違うよ。
その日暮らしの、自分たちですら食べていけないような、
子どもを学校へ行かせることが難しいような人たちが、
身を削って作ってくれたお金だよ。
そのひとたちにとっては、たぶん、日本の貨幣価値の
十倍、二十倍の価値があるものを、
日本の被災者の方のために、くれたんだ。
哀れみとかじゃなくて、
本当に、心の底から痛みに共感してくれて、
もしかしたら、自分の子どもの今日の
ご飯代だったかもしれないお金を、くれたんだ。
なんの見返りもないのに。
こんなに心が豊かなひとたちは、そうそういないよ。
こんなに誇り高い、優しいひとたちは、滅多にいない。

以前、「ドラゴンランス」という小説について
このブログで取り上げたときに、
「貧者の最後の財産」について触れました。
どんなに貧しい、何も持たない人でも、
たったひとつだけ、死ぬときまで保持できる財産がある。
それは「自尊心(プライド)」だ。
これだけは自分が「持っている」と思った瞬間から、
自ら失ったと思うまで、ずっと持つことができる。
いじめられて、裏切られて、おとしめられて、
なにもかも失っても、自尊心だけは、
他人が触れることができない、そのひとだけの財産。
他人が奪うことはできない。
たとえ無理やり奪われて、砕かれても、もう一度、
自分で「持っている」と思えば、戻ってくる。いつでも。
絶対に。

今回募金してくれた人たちは、この誇り、
自分の頭を持ち上げて、前を見据える自尊心を持ってる。
他者をいたわることを、いつくしむことを知っている。
スラム街の暮らしって言ったら、
きっとわたしになんか想像もできないくらい過酷だろう。
そんな中でも、人間らしさを失わない、誇りをなくさない。
頭が下がります。
彼らは、金銭的には貧しいかもしれないけど、誇りがある。
自分は人間であるという誇りがある。
わたしは、彼らの、彼ら誇りある人間からの寄付に
繰り返すが、涙が出てきそうだった。
本当にありがたい。
本当に、ありがとう。
尊いお金を、その気高い心を分けてくれてありがとう。

いつか、いつかほかの国が、
たとえばタイが災害に襲われて大変なことになったら、
今回の大震災のときと同じように、
寄付協力と、オーナーに祈りを捧げたいと思います。
今回、彼らがくれたものと同じ重さのものを、
返すことは難しいかもしれないけれど、
(彼らはそれくらい重いものを、ためらわずにくれた)
なんらかの形で、絶対に、協力したいと思います。
お金をたくさん持っていても、一銭も他人に分けないひともいるのに、
うわべきれいなことを言ってお金を稼いで、誰も助けないひともいるのに、
彼らは、少ない、命をつむぐためのお金を、迷わずにくれた。
わたしはたぶん一生、彼らになにかを返したいと思い続けると思います。
一生、この九十万円の寄付のことを忘れないと思います。
こんなに誇り高いひとたちは滅多にいない。
人類は、彼らを誇っていいと思う。
こういうひとたちがいるから、世の中、まだ救いがあるのだ。



以上、ホラ1%で。
「泣きそう」って書いたけど、本当は泣いたんで、1%で。
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ホラ復帰後、さっそく風邪を引いてるぜ!

うん、また引いちゃった。
わたしは、いつでも流行の最先端だから。
生まれつき敏感なんだよね。なんていうの、トレンドウォッチャー?
いやむしろ、トレンドキャッチャー?
さらに言えば、トレンドクリエーター?
これから、またホラ頑張っていこう! って思ってたけど、
右の鼻の穴から鼻水が止まりません。
うちの執事がいつものように、
「ご主人様、デビューされたのでは?」とかぬかしたけど、
これは花粉症ではありません。
だって熱あるし。

そうなんだよ、いま熱があるの。
だから、文章のロレツが回ってないの。
頭が回ってないの。
なのにこれから、この春 植えるハーブの注文を
しようとしてるんだぜ。
絶対に桁を間違えて、
一株あればいいハーブを百株注文とかしちゃうんだぜ。
いや、わたしの場合、事前に予想できるパターンに
はまらないので、これからなにが起きるかわからない。
そういう意味では、少なくとも、
誤注文は予想の範囲なので、これはないな。
なんだろ、なにが起きちゃうんだろ。
このまま、熱がある状態でネットを続けていたら、
どうなっちゃうんだろ。
押しちゃいけないボタン押しちゃったりするのかな。
ヤバイ、変な請求書来たらどうしよう。
いや、その前に、見ちゃいけないサイト見ちゃったらどうしよう。
婦人下着のサイトとか(違う)。
ネット落ちたほうがいいかもしれん。

おとなしく寝てることにします。
ハーブの注文が終わったら。
あのね、右の鼻の穴から、水みたいな鼻水が止まらないの。
デビューじゃないの、熱があるから。
え? さっきも言った? あ、そうだったっけ?
熱があるから、頭のロレツが回ってないの。
ええ? これもさっき言った? あ、そうなの?
ごめんね。
なんかわたし、いま、かわいそうな人になってない?
気のせい? 気のせいならいいんだけど。
大丈夫?



ノンフィクションなんだけど、これホラブログだから、
ホラ入れないといけないんで、ホラ0.0001%で。
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2011年3月24日 (木)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――毎日かあさん

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 毎日かあさん(西原理恵子人生関連)で。


大好きですね。
まあじゃんほうろうき から読んでます。
西原様の生きざまが好きです。
この世でいちばん大事な「カネ」の話 は子ども必読。

毎日母さんは、ストーリー的なストーリーはありません。
基本 エッセイに近いマンガなんで。
設定として、
・漫画家兼母・西原様
・子ども・兄ひとり、妹ひとり
・亡き父
の四人の話です。
小学生の子どもの話はマジ笑います。
いたよ、こういう子ども。クラスにひとりはいた。

ちょっと待ってよ、このマンガ、
もしかして、ほぼノンフィクションなの?
ええと、わたしの日常は、ホラが入ってるので、
部分的にフィクションです。
フィクションでこのテンション。
なのに、西原様はもしかして、ノンフィクションなのに、
あのテンションなの?
まあじゃんほうろうき のころから、
テンパリ人生を送られているなあと思っておりましたが、
お母様になられてからは、さらにグレードアップ。
これがほぼノンフィクションなら、(たぶんノンフィクションだが)
やっぱり尊敬に値する方ですね。
たしか、 鳥頭紀行(できるかな だったかも) で
廃棄された原潜(原子力潜水艦)に乗って、
笑いをとろうとしたときに、タダモンじゃないと思いましたが、
(そこまでやるという姿勢がもう、普通じゃない)
出産を経験すると、背脂がおつきになられて、
もはや神のステージへ。
マニ車ぐるぐるへ。
尊敬するしかない。

わたしは基本、自分で笑いをとろうとする方を尊敬します。
だって、みんなを笑わせようとするんだよ。
明るくしようとするんだよ。
他人をおとしめてイヤな笑いをとるんじゃなくて、
自分で身体張って笑いをとる。
偉い。かっこいい。

しかも西原様はたぶん、取材系はすべて自費。
まあじゃんほうろうき の麻雀地獄も自費。
あのころはお友達にキャッシュディスペンサー扱いされてた。
払い込んだ金額が違う。
だって、点数計算もできないのに、麻雀プロとうってるんだよ。
普通に考えて、そりゃ勝てるわけないだろ。
でもそこで、その地獄の土俵際で戦うのが西原様。
たまには勝ったりもした。
基本、ご著書を拝見するに、西原様は
「なにかと戦って笑いをとる」方ですね。
麻雀プロしかり、税務署しかり。
そう、税務署とも戦う。
なかなかいないですよ、個人で税務署とあそこまで戦う方は。
戦うときは、旦那とも戦う。
でも、旦那様は西原様の戦友だったと思います。
戦って戦って、最後は笑っていた戦友だったと思いました。

いったい、人は自分の人生を変えるような相手に、
一生で何人出会うでしょうか。
もしかしたら、出会う人全部かもしれません。
必ず、出会いには影響力があって、人生が変わるかもしれません。
でも中には、超・ド級の彗星並みの影響力を持つ相手が
います。
わたしにも、一人~三人いましたが、
西原様にとってはきっと、
旦那様がその相手だったのではないでしょうか。
きっと西原様の人生は旦那様に出会われて変わった。

毎日かあさん の旦那様との最期の場面、
わたしはもう、大泣きに泣きました。
わたしは まあじゃんほうろうき から西原様のマンガを読んでます。
なんだか他人事とは思えませんでした。
知り合いの、友達の旦那が死んだような気がしました。
旦那様はマンガにもよく出ていて、
長所も短所も、ありのままに描かれていました。
いいところだけの人間なんていません。
旦那様には、大きな大きな欠点がありました。
でもそれを、ご自身の意志で克服して、家族のところへ帰ってきた。
それから、家族と静かに暮らして、楽しく暮らして、
逝かれました。
旦那様が亡くなったとき、西原様は、
いままでさんざんいろいろ画き散らしてきたけど、
このときに、今この瞬間に、子どもたちにかける言葉が
出てきませんでした。
それでも、子どもたちは。
一番最初に、泣いている西原様を笑わせようとしました。
いい子どもたちです。
人生でなにが大事か、ちゃんとわかってる子どもたちです。
成績が悪かろうが、素行が悪かろうが、なんだろうが、
少なくとも、お父さんが亡くなったときにどうしたらいいか、
人として一番の一番の大事な芯がわかってました。
悲しいことがあったときは、悲しんでいる人と一緒に悲しむんです。
それから、笑わせるんです。
笑わせるんですよ。
あなたがいてよかったって、伝えるんです。
それができなきゃ、ダメなんです。

これは本当に難しいことです。
大人になった今も、わたしは自分がちゃんとこれができるか、
自信がありません。
すごく悲しんでいる人に、それでもあなたがいてよかったと伝える。
こんな難しいことは滅多にありません。
これに比べれば、プロポーズなんて簡単です。
単純に、愛してるからずっと一緒にいてくださいって言うだけです。
あとは玉砕するか、鐘が鳴るかというだけで。
でも、本当に悲しんでいる人に、傷つけずに近づいて、
笑わせるのって、すごくすごく難しい。
これはわたしの一生の課題です。
いつか、わたしの大事な人がすごく傷ついて泣いているときに、
そっと近づいて、わたしのホラで笑わせることができたら、
もう、わたしは人生に大満足です。
それで死んでもいいです。大往生です。
わたしのホラのクオリティの究極の目的は、これです。
西原様のお子様は自然体でクリアできましたが、
わたしにはなかなか難しいですね。
まだまだ修行が足りません。

そんな感じで、修行する方向で今日はホラ三割で。
いやー、難しいですよ、なかなか。
修行するしかないですね。
つまり、ホラを吹きまくるしかないですね。
要するに、フィクションが多くなるわけですね。話が膨らむ方向へ。
日々精進あるのみですわ。
ホラ三割じゃ少ないな、もっともっと増やさないと。
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2011年3月21日 (月)

22時をすぎると小腹が空かない?

ふと、小腹が空いた。
軽く、調理パン的なものが食べたい。
別に執事を呼ぶまでもないことなので、
キッチンをあさりに行くと、
食糧棚をがさごそ触ってるメイドがいた。
「なにしてんだ?」
「ッ、ご、ご主人様!」
メイドは飛びあがる。わたしは尋ねた。
「どうしたの、こんな夜中に。
ハウスメイドはもう勤務時間終わりだろ。
寝るなり、遊ぶなりしてればいいのに」
「す、すみません、わたし、ダイエット中なんですけど、
どうしても、どうしてもお腹が空いて、
お菓子の買い置きとかなくて、
つい、台所を……」
「あー。なら、気にしない。わたしも一緒。
ダイエットはしてないけど、小腹な感じ。
この時間帯はねー、小腹なんだよ。
ラーメンでもいいけど、今日はパンだな。
なんかいいのあった? 菓子パン的な」
「パンはないみたいですけど。
あの、地震の影響で」
「牛乳が手に入りにくくなってるから、
シェフもパンを作りづらいんだろうね。
お店にも売ってないだろうしなー」
わたしは棚を見て、
「じゃあ、作るか」と言った。
パンがないなら、作ればいいじゃない。
「え、でも、いま作りづらいって」
「そりゃ本式のフランスパンは作りづらいだろうけどね、
わたしは別に本式フランスパンじゃなくてもいいんで。
今は調理パンな気分」
冷蔵庫を開けると、ソーセージがあった。
これでいいや。
「ちゃっちゃと作っちゃおうか」
「ご主人様、パンなんて作れるんですか」
「作れるよー」
わたしはぬるま湯にオリーブオイルを垂らして答えた。
「牛乳+バターの代わりに、
水とオリーブオイル。で、ドライイースト投入、
砂糖と塩、あと強力粉。
発酵はめんどくさいから、レンジでチン」
(十分後)
「焼くよー」
(十五分後)
「できたよー」

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「すごい、ご主人様、
ひきこもりニートよりなにもできないって、
噂だったのに!!」
メイドが感嘆する。わたしは眉を引きつらせた。
「いったいどんな噂を誰がまいているんだ。
今度、詳しく聞かせなさい。
ま、今はさめないうちに食べよう」
メイドと二人で、キッチンの片隅で
パンをむさぼりくう。
適当に作ったけど、焼きたてだからそこそこうまい。
片付けはパンを焼いている間に済ませている。
「腹もいっぱいになったし、さて、仕事に戻るか」
メイドが一礼した。
「ありがとうございます、ご馳走様でした」
「いいよ、お礼なんて。
あ、そうだ、じゃあ今度、『ご主人様=何もできない』って
噂を聞いたら、本当に何もできないんだよって、
強調しておいて」
「え、否定するんじゃないんですか。
だってご主人様、実はシェフもいらなさそうなのに」
「逆にしといたほうが、真実がわかったときに
ギャップと反応がおもしろいでしょ。
じゃあね、おやすみ」
わたしは、ダイエット中だがパンを喰ってしまったメイドに
手を振って別れた。
きっと、明日の朝、体重計に乗って後悔するんだろうな。
わたしを呪うんだろうな。
ククク。
本当は食べ物が見つからないほうが、
ダイエットにはよかっただろうね。
まあ、わたしの関知するところではないが。



以上、ホラ一割で。
この時間帯は本当に小腹だよね。
でも、ここで食べてしまうと、しっかりと夜の間に
ぜい肉となって身についちゃうのが困るところ。

そろそろまたマンガと本でホラを吹き始めようかと思います。
いまは世の中、大変なことばかりだけど、
だからこそ、できるだけ明るい、
読んだ人が笑っちゃうような楽しいブログにしたいです。
未熟者なんで、どこまでできるかわからないけどな。
義援募金とオーナー参りは継続中だよ。ずっと続けるつもりです。
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2011年3月18日 (金)

春が来てる、とオーナーが言った。

※2011/03/18 11:40 補記。
この日記は 03/16の日記「男爵と神様。」を読んでいると、
意味が通じます。不親切ですみません。
以下、本文。

大災害が起きているため、
いつものように本やマンガを元に
ホラを吹きまくる気になれないわたし。
いや、こんな辛く、苦しいときこそ、
腹を抱えて笑えるような、
ホラが求められているのかもしれんが、
わたしは未熟者なので、なかなかその境地に至れない。

今日もオーナーのところへ行って、
「明るいニュースはないですかね。
世の中、ひどいことばっかりですよ」
と賽銭を投げた後に文句をつけていたら、
オーナーが、
「春が来てるよ」と言った。
「春なんて、去年も来ましたよ」と答えたら、
「でも、今年も春が来たよ」と言われた。
「ほら、咲いているよ」
言われて、見てみると、花が咲いていた。

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「……去年も咲いてたじゃないですか」
わたしはなんだか涙が出そうになって答えた。
オーナーは言った。
「でも今年も咲いているよ。
春が来ているんだよ」
オーナーはオーナー業を始めて千年は経っているらしい。
神社の縁起が書いてある板にそうあった。
(勧請してから千年は経ってる神社だ)
だから、春だってちっとも珍しくないだろうに、
オーナーは嬉しそうに言った。
わたしは返答した。
「春が来てることくらい、知ってますよ」
「悪いことばかりじゃないよ」
「……そうですか?」
「そうだよ」
「オーナー」
「なんだい」
「最後にひとつ訊いていいですか」
「うん」
「ところで、オーナーの本名ってなんなんですか?」
「知らないで通っていたのかよ?!」

すみません。
いままでずっと、
オーナーの正式名称を知りませんでした。
(「オーナー」だと思ってたから)
帰り際に、書いてある板を読んで知りました。
●●●●ノミコトなんですね。
でも、わたしにとっては「オーナー」です。
春が来てるよって、言ってくれて、ありがとう。



以上、ホラ一割、真実一割、妄想八割で。
妄想が多いですね。
春ですからね、そういう人が増えますよ。
危ないですから、注意しましょうね。
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2011年3月16日 (水)

男爵と神様。

以前、書いたことがあるが、
わたしは神様を信じていない。
これはわたし、神様の双方にとって、
非常に残念な結論であるが、
わたしなりの理由があるので、
「人間の善悪を裁き、罪を許し、
来世を約束するような」神様はいない、と理解している。

しかし、そんなわたしとて、祈りたくなるときがある。
たとえば今回の大地震について考えたりすると、
どうか被災地の方が少しでも救われるようにと
祈らずにはいられない。
でも、どこへ?
神様を信じていないわたしは「誰に」祈ればいいのだ?
そこで登場したのが、「オーナー」である。

「オーナー」とは以前から付き合いがあった。
毎年年始に挨拶に行っているので、
もともと知らない仲ではなかった。
この「オーナー」制度は、
「ここはグリーン・ウッド」というマンガに出てきた制度で、
「オレのオーナーは入谷の鬼子母神だよ」というふうに
使用する。
わたしにあてはめれば、最寄の氏神ということだ。
「特定の神様に祈る」のは抵抗があるが、
「オーナーに頼む」というのなら、そんなにイヤじゃない。
オーナーというと、なんだか親しみが持てる。
そこで、わたしは募金の帰りにオーナーのところへ寄って、
ちょっとお願いしてこようと思って、家を出た。

家を出たら、細身の女性が分厚い本を持って立っていた。
話しかけられた。
「黒羊男爵さんですか?」
「そうですが」
知らない人だ。わたしのファンか?
いや、家に来るということはストーカー?
「あの、あなたは聖書をご存知ですか」
違った。新興宗教だった。
聖書をご存知か、という彼女の問いかけに、
「持ってますよ」とわたしは即答した。
トビト書なんかの外典まで持ってるがな。
すると彼女は、
「最近の世の中をどう思いますか?」
と言ったので、
「ひどいもんですね」とわたしは答えた。
実際、神様がいるなら、管理者責任を問いたいくらいだ。
「でも、聖書には全部、書かれていることなんですよ」
と彼女が言ったので、
「エゼキエル書とヨハネの黙示録のことですか?
知ってます」
とまた即答。聖書の中で、滅びについて書かれている箇所は
ほかにも何箇所もあるけど、とりあえずメジャーどころを返答した。
彼女はちょっと驚いたようで、
「え、ええと、ほかにもありますけど」
「知ってます」
「あの、あなたはキリスト教信者の方ですか」
「違いますけど」
わたしにはオーナーはいるが、神様はいない。
「もっと詳しく、神の御業(みわざ)について知りたくはないですか」
彼女は勧誘してくる。
わたしは言いたいことを言った。
「もしあなたに絶対の神様がいて、最近の世の中で起こったことは
その神様の意志なり、御業なりだと言うのなら、
その神様に伝えといてください。
『原因と目的はなんであれ、おまえは人殺しだ』って」
「……」
彼女は石化した。
わたしは募金へ出かけた。
オーナー、たぶん、オーナーはわたしの気持ちをわかってくれるだろう。
わたしはこのとき、滅多にないほど怒っていた。
わたしは笑うのが好きで、
悲しいことや怒りたいことは嫌いなので、
基本、あまり怒らないのだが、
今回は激怒していた。
いったい、今度の地震で何人の方が亡くなったと思っているのだ。
彼らになにか罪があったのか。
普通に暮らしていただけじゃないか。
普通に、一生懸命、生きていただけじゃないか。
御業とやらで、そんな単語一言で、
この惨状を表現できると思っているのか。
その分厚い本に書いてあるから、破滅が起きてもいいとでも言うのか。
ふざけるな。

募金の帰り道、わたしはオーナーのところへ寄って、
お賽銭を投げて、自分がさっき思っていたことと、お願い事をぶちまけた。
オーナーは、「君、お願い事が大きいのに、百円は安いよ」と言っていたが、
また来るから、と約束したら、笑っていた。
オーナー。
わたしにはオーナーがいる。
神様はいない。
いつか神様を信じられるようになったら、
オーナーともお別れなんだろう。
そんな日は来るのだろうか。
来たら、ちょっと寂しい気がする。



以上、ホラ二割で。じゃっかんホラで。だいたい真実で。
ああ、神様のくだりは「わたしはそう思ってる」というだけで、
ほかの方が神様をどう思っているかは別問題なので、
くれぐれも気にしないでください。
熱心に神に帰依する。そういう生き方ももちろん、あっていいと思います。
ひとそれぞれです。
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2011年3月13日 (日)

激甚災害。イトーヨーカドー/セブンイレブンで募金開始。今日はお願いがあります。

今回は都内でもすごい地震でした。
本が倒れる、ベッドが揺れる。
とにかく被災地の方の安否が心配です。

現在 全国のセブン&アイHLDGS.各店にて、
今回の地震に対する義援金の店頭募金が始まりました。
(地域によっては、募金の準備が遅れるところもあるみたいです)
もし、「なにかしたいけど、どうしたらいいのかわからない」、
「ボランティアなどには家庭・会社があるので行けない」、
といった方は、店頭募金に協力してみてはいかがでしょうか。
さっそく、わたしも協力してみました。できる限りですけど。
ほんのちょっと、たとえば、ひとり百円程度でも、
全国で集まれば、大きな力になると思います。
イトーヨーカドー/セブンイレブンというのは身近な一例ですので、
募金先は確かな機関であれば、どこでもいいと思います。

なにかしなくては。
わたしは今そういう思いに駆られています。
本当に、たいしたことはできないけど、
被災地に行くこともできないけど、
なにかしなくてはならない。
なぜなら、被災地で助けを待っているのは、
誰かの大事なひとだからです。
もしかしたら、わたしの大事なひとだったかもしれない。
そう思うと、なにかせずにはいられません。
あのとき、波に飲まれたのは、もしかしたら、
わたしの子供、両親、恋人、親友だったかもしれない。
いま空腹と寒さに疲れきって、泣いているのは、
大切な、大事なあのひとだったかもしれない。
そう思うと、動かずにはいられません。

みなさんがやることは、本当に、ちっちゃなことでいいんです。
たかがひとり百円の募金で、なにが変わるかと
思われるかもしれません。
でも「非力」と「何もしない」は違うんです。
「非力」は無力に見えるかもしれないけど、
でも、絶対に、「何もしない」よりもいいんです。
必ず、積みあがるものがあるんです。
お願いします。
どうか、ちょっとでも「動いて」ください。
どんな形でもいいです。
募金でも、安否確認でも、ボランティアでも、なんでもいい。
プラスの方向へ、「動いて」ください。

今日はまったくホラ抜きで。
全部 真実で、わたしからのお願いです。
だから、ランキング用のバナーは貼りません。
どうぞよろしくお願いいたします。

→2011/03/13 18:36 バナーを貼りました。
今回はバナーはないほうがいいと思ったのですが、
知人から連絡があり、「バナーがあれば、もしクリックしてもらえれば、
ランキングの上位に表示され、たくさんのひとがこの記事を見てくれる」
(=バナーがないと、時間の経過で記事が埋もれて見てもらえない)
と言われたので、
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2011年3月10日 (木)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――侏儒の言葉

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 侏儒の言葉 で。

芥川竜之介様ですね。
ほかにもいろんな著書があるが、
わたしは芥川様では 侏儒の言葉 が一番好きだ。

では、いつものように無駄なストーリー紹介。
――ンなもん、ねえよ!!(力いっぱい)

はい。 侏儒の言葉 は
芥川様のお言葉集、超々短編随筆集みたいなもんなんで、
ストーリーはありません。
ビアス様の 悪魔の辞典 とちょっと似てます。
ある一言を、芥川様はどう解釈したか、
どう思っていたか ってことが載ってるだけです。
その解釈も、折々で変わるって明記されてるんで、
本当に「そのとき芥川様はこう思ってた」ってだけの
単語集みたいなモンです。
悪魔の辞典 や 侏儒の言葉 みたいな本を、
こういうジャンルを「箴言集」(しんげんしゅう)といいます。
まあ、ちょっと皮肉な名言集みたいなもんですね。
ほかにも西洋で言えば、
ラ・ロシュフコー様なんかも有名です。
気に入ったら、読んでみれば。

侏儒の言葉 でわたしが気に入ってるのは、
下記みたいなところですね。
(以下、岩波文庫・「侏儒の言葉」より引用)

「人生は地獄よりも地獄的である。
地獄の与える苦しみは一定の法則を破ったことがない。
(中略)
しかし、人生の与える苦しみは不幸にもそれほど単純ではない」
「わたしは不幸にも知っている。
時にはうそによるほかは語られぬ真実もあることを」

地獄関連のくだりがなぜ気に入ってるかというと、
「地獄=苦痛は苦痛だが、その苦痛は単調で、法則を破らないが」
(針の山だったら、単純に針に突き刺さるだけで、
上から石が落ちてきたりしないが)
「実際の人生は実は無理だと思ったことが簡単にできたり、
簡単にできたことができなくなったり、
法則性がないので、そりゃやりづらくて苦しい」
「それに比べりゃ、地獄の苦しさは単調なんでいずれ慣れるよ」ってとこ。
だから「人生は地獄より地獄的」ってことですね。
これは個人的に名言だと思ってる。
そのほか、トルストイについてのくだりなんかも好き。
あと、うそにまつわる名言は好きですね。
わたしはホラ吹きなんで。

侏儒の言葉 を読んでると、
芥川様にもユーモアのセンスがあったことはよくわかります。
どこか自分(人間)を客観視して、笑うような部分がないと、
箴言は書けないと思います。
同時に、こういうセンスがある人は、
生きていくのが大変だろうなぁとも思います。
自分を客観視できるひとは、
自分の愚かさや醜さも直視しちゃうんで、
けっこうつらい。
自分に酔えない部分がありますからね。
笑える方向へ持っていければいいんだけど、
笑えない・マジで絶望するような部分を直視しちゃうと、
死にたくなるだろうと思います。
こうやって、本にするくらい、書いてるくらいなら、
まだいいけど、
外へアウトプットできなくなると、どんどんどんどん、
追い詰められて、自殺へ近づくと思います。
ほかにもいろいろあったんだろうけど、
だから自殺しちゃったんだろうな。
たぶん、蓄積されるものに対して
アウトプットが追いつかなくなったのではなかろうか。
あくまでも、わたしが勝手に思うに、ですよ。
よく言われる「ぼんやりした将来への不安」ってなんだったんだろう。
自殺の真因は、いまとなってはわからないですけどね。

芥川様は物語の面白さが小説の質を決めるんじゃない、って
意見だったらしいので、(すまん、伝聞だ)
わたしとは逆の意見なのですが、
どうなんだろうなあ、わたしは、「小説=面白い」のが一番だけどなあ。
面白くない小説って、個人的には
読んでて楽しくないから、読みたくない。
わたしの考えは、おそらく古いと思います。
わたしの考えは、人類が洞窟に住んでて語り部が物語を
語っていたころと基本、変わってないので。
わたしは、やっぱり、物語・小説は面白いのが好きです。
わくわくしたり、「で、で、次は? 次は?」となるのが好き。
わけがわかんない小説は、
そりゃまぁ、たまに読む分にはいいかもしれんが、
毎日読んでいたいとは思わない。
だって、体調が悪いときにそんなの読んじゃって、
うっかり感化されたら、自殺しちゃうじゃないですか。
もっとこう、生きる意欲をかきたててくれないと。
いろいろプラス方向のものを見せてくれないと。
だって、世界はこんなに広いんだよ。
だって、まだ見たこともないものがいろいろあるんだよ。
そういうのを、新しいものを、見せてくれよ。
本なんて、厚さ十センチないくらいの紙の集合体ですが、
その中に、すっげえ、すっげえ面白いものが詰まってる。
素晴らしいじゃないですか。
だからいいんじゃないですか。
そう思う。わたしが勝手に思うに。
古い考えなんだろうけどな。

こんな感じで、自分がクラシカル・
石器時代からのホラ愛好者であることを確認して、
今回は終わり。
でも、どうなんだろ、周囲に読んでる人がいないからわかんないけど、
面白くない小説って、面白いの?
小説から面白さを引いた場合、あとほかになにが残るの?
ええと、面白くないものを、なんのために読むのかな?
それとも、面白くないってところがイイの? わかんないけど。
面白くないとなぁって思うわたしは、チェリーなの?
大人になったら、わかるのかな?
誰か、わかる人がいたら、教えてください。
以上、ホラ三割で。まあ、そこそこホラで。
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どうにか復活しました。とりあえずコタツA●フィールドの話。

暖かくなって、神経痛が治まりました。
春風とともに、どうにか復活。
どうしても「風が吹く」って言うと、
メアリー・ポピンズ(風に乗ってくる)か、「風が吹くとき」(絵本)を思い出す。

メアリー・ポピンズがわたしの現状を見たら、たぶん、
「ここはサル山ですか」って言って、ふん、って鼻を鳴らすと思う。
手が届く範囲のベッド周りに、円形に、
テレビのリモコン、単行本、お菓子、ティーカップ、ティッシュなどが
散乱している。ちょっとした渦巻き銀河みたいになってる。
この現象を、「コタツA●フィールド(友人命名)」と呼ぶ。

友人宅ではよく、コタツの周りに●Tフィールドができるそうだ。
コタツの周りの手が届く範囲に、
ポテチ、リモコン、携帯、ペットボトルなどが円形に並ぶそうだ。
そしてさらに、コタツのA●フィールドには物理的な身体障害も起こり、
「ごめん、わたしの代わりにトイレ行ってきて」など、
ムチャな注文を出すこともあるという。
ジャパニーズ・コタツにはおそろしい魔力があって、
一度入るとなかなか出られないんだって言ってた。
怖いですね。
うちはコタツはないんで、今はそれはないですが、
病気で寝込むと、ベッドの周りにコタツ●Tフィールドが発生します。
ここだけで暮らすようになるからね。
生活必需品をA●フィールド内に展開します。
明日はこれを撤去しなくてはなりません。
やれやれ、作るときは一時間くらいでできるのに、
撤収するときは二時間くらいかかるよ。

おたくにもありませんか、コタツ●Tフィールド。
コタツがある独身世帯に発生しやすいらしいので、
どうぞご注意ください。
春はもうそこまで来てるんで、
あとちょっとでコタツごと撤去しなきゃならなくなりますよ。
まずはA●フィールドから、撤収しましょう。



以上、ホラ0.1割で。
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2011年3月 7日 (月)

神経痛で倒れ中。しばし死んでおります。

現在、肋間神経痛にやられ中。
先週末から痛いあばらを抱えて安静中。
呼吸するのがもう、痛いです。
肺が収縮してあばらが動くだけで痛い。
どうにかこの文をUPしました。
今週中は、復活は無理かも。
春になれば。
春になれば、もうちょっと元気になるかもしれません。
とりあえず、現在は倒れ中です……。



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2011年3月 4日 (金)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ゆず

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ゆず(ゆずシリーズ) で。


須藤真澄様の名作・飼い猫のゆずシリーズです。
このシリーズ、あまりにも好きすぎて、
最終巻の 長い長いさんぽ がいまだに買えません。
買ったら、読んじゃうから。
読んじゃったら、泣くから。

エッセイマンガなんで、ストーリーッつうか設定。
作者・漫画家は ゆず という名のオス猫を飼っている。
この ゆず は弱虫(「よわむちの印」をほかの猫にクビに刻まれてる)
ちょっとハンター(スズメとか取ってくる)で
作者とは一緒にお散歩するくらい仲良し。
一緒にお風呂にも入る。
初めてゆずが来た日から、もう作者はゆずにメロメロ。
ゆずがかわいくてならない。
だけど、ゆずは外へ出る猫なので、いろんな騒動を巻き起こす。
たまには季節の花の匂いを身にまとってきたりして、
じーんとする時もある。――って感じ。

作者の溺愛っぷりは、猫飼いなら誰でも共感できる。
個人的には、猫を外へ出すのは危険なので、
(車、毒エサ、危ない人による危害など)
賛成できないけど、でも、猫に対する愛はすごくよくわかる。
わたしの婚約者も猫なんで。
え? バレンタインにわたしを襲った怪物?
なんのことですか?
あんなのとは絶対に結婚しませんよ。
わたしの婚約者は、かわいいにゃんこです。
話がそれたので、元に戻します。

この ゆずシリーズは ゆずがもらわれてきてから、
死ぬまでのお話・エッセイです。
残念だけど、本当に残念だけど、
猫の寿命は、人間よりも短い。
――いや、それでいいのかもしれない。
人間が猫をきちんと看取ってあげるために、
猫の寿命は人よりも短くていいのかもしれない。
でも、泣きますよ。そりゃ泣きますよ。
作者から見たら、うちのにゃんこのお話ですよ。
そんなの、他人事とは思えない。
犬だって、猫だって、鳥だって、なんだって、
愛して、大切にして慈しんできたものが死んだら、
人間は泣きます。
世の中には自分の子どもを洗濯機に突っ込む親もいますが、
正常な状態であれば、愛しているものにそんな行為はしません。
むしろ、代わりに自分が死ねたらくらいの勢いで、
泣くでしょう。

わたしの知る限り、哺乳類は、自分の実の子ではなくても
愛して、育てることができる動物です。
自分の子じゃないのに、ですよ。
わたしはこの愛情が、哺乳類の最大のいいところだと思ってます。
これは種族保存の本能から逸脱しています。
でも、動物には、他者を愛するという能力がある。
種族が違っても、猫を愛する犬がいる、
鳥を愛する猫がいる、兎を愛する人間がいる。
特に人間は相手が爬虫類だろうが哺乳類だろうが、
愛することができる。
カッコウのように託卵する鳥は別ですけど、
人間は種族が違う生き物を渾身から愛することができるんです。
これは、人間は、人間なら、
いろんな種族の間に立つことができるという証明なんです。
ホモ・サピエンスだ、考えるヒトだ とか言いますが、
わたしが思うに、
人間がほかの動物よりも優れているのは、
どんな生物でも愛することができるという一点だと思います。
人間は頭がいいから優れてるなんて、どうでもいいことです。
もちろん、ほかの動物でも他種族を愛する動物はいます。
でも人間はそれが顕著だと思うのです。
生まれてから、死ぬまで。
それこそ「死が二人を別つまで」、人間は生き物を慈しみます。
即物的な見返りは何もありません。
むしろ費用がかかって、犠牲にするものがあるくらい。
でも、人間は、猫を、犬を、兎を、ほかの生き物を、
自分の子どものように愛することができるんです。
わたしには、これが大きな救いに思えます。
実際問題、霊長類とか言っておいて、人間は頭が悪いです。
戦争はするわ、環境は汚染するわ、地球を壊す勢いです。
でも、人間にも長所がある。
「愛することができる」という長所がある。
これがあるから、まだ人間は捨てたモンじゃないと思います。
大きく言えば、人間は「地球」を愛することもできるんです。
おうちのにゃんこから、地球まで、心に入れることができる。
そんな生き物、ほかにいません。

ゆずから話が戻るつもりで、逆に大きく脱線してしまいました。
すげえ脱線。いつもタラタラと考えていた憤りが爆発しました。
すみません。
ええと、ゆずシリーズ は素晴らしいマンガです。
猫を飼ったことがあれば、共感の涙が、
猫を飼ったことがなければ、羨望の涙が、
出てくるだろうと思います。
ゆずは本当にかわいいにゃんこですよ。
素直で、ちょっと弱虫で、
でもちゃんと まま のところへ戻ってくる。
ノミーを大量につれてきて、ままを弱らせたりもしますが、
かわいい、愛すべき、にゃんこでした。
ご冥福をお祈りいたします。
やべえ、もう泣きそう。
最終巻の 長い長いさんぽ を読んでないのに、
ゆずの最期を想像しただけで、もう泣きそう。
わたしは動物モノはダメです。
人間モノなら、ある程度まで涙は出ないんですが、
動物モノはもう、蛇口を開けっ放しにしたように
涙が出てくる。
これは、別にわたしがイイヒトだからではありません。
自分も猫や犬を飼った経験があるので、
単純に感情移入しているだけです。
本当に、飼い主にとってペットは唯一無二の存在です。
代わりの猫なんていない。代わりの犬なんていない。
でも新しいにゃんこ、わんこがやってくることはあります。
そしたら、また精一杯、愛情を注いで愛してあげてください。
一代目、二代目と、愛して慈しんであげてください。
ゆずと同じです。
代わりの猫なんていない。どの猫も特別に愛しい、特別な猫です。

以上、本日はホラ五割で。半分くらいホラで。
人類の壮大な長所のところはまあ、やっぱホラだよね。
調子に乗って、吹きまくってるよね。
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2011年3月 3日 (木)

ヘソのゴマで倒れたわたし。ヘソの掃除方法って知ってた?

また倒れました。(正確には今も安静中)
今度は脱衣所で、倒れました。
なんでかって?
ヘソのゴマのせいです。

ヘソのゴマって知ってます?
ヘソにたまる垢とかの塊です。
黒っぽくて汚い。
入浴中に身体を洗っていて、
ふとヘソが気になりました。
そういえば、ここって穴だから、
ボディソープの泡がなかなか入っていかないな。
わたしはきれい好きなのです。
(歯石も即日に取りにいきました。)
ちょっとヘソを見てみると、なんか固形物が入ってる。
爪でとれそう。
かじかじとやると、取れた。
おおっ、いい感じではないか。続行すべし。
きれいにすべし。
わたしは十分くらいかけて、
ヘソのゴマを取りました。
そしたら。
「……お、お腹が痛い……」
なんだかヘソを中心にして、ひねられるようにお腹が痛い。
うううう。
わたしは風呂場に設置されてる非常用のブザーを押しました。
それから、どうにか身体を拭いて、
パジャマに着替え終えたところで、倒れました。
脱衣所でわたしを発見した執事は、
「こんなところでなにをされているのですか」と
間抜けなことを言いました。
なにをしてるって。なにもしてないよ。痛いだけだよ!
「いったい、今度はなにをされたんですか」
「……ヘソ」
「はい?」
「ヘソのゴマを取ったら、腹が痛くなった……なんで……」
「ちょっと様子を見たほうがよろしいですね」
そのまま、寝室へ搬送されるわたし。
うなりながら、お腹を抱えて考える。
病院、行ったほうがいいかな。まだ許容範囲内かな。
たぶん、まだ行かなくても大丈夫なんじゃないかな。

しばらくして、ドヤ顔の執事がやってきた。
「ご主人様、ヘソをいじくりまわしてはいけません」
「なんで。だってそのままじゃ、バッチい」
「ネットの情報によると、ヘソは腹膜に直結していて、
 下手をすると腹膜炎になります。
 ヘソの掃除は、綿棒などにオリーブオイルをつけて
 優しくする必要があるようです」
「……爪でガリガリとったけど……」
「そんなことをしてはいけません」
執事は笑っている。表情は平静なのだが、言葉の語尾が上がっている。
「拝見した感じでは、腹膜炎まではいかれないようですので、
 本日はこのまま安静にされたほうがよろしいですね」
「――おまえ、なんでそんな表情なの?」
「はい?」
「なんで、そんなに、ドヤ顔なんだっつってんだよ!
 主人の不幸に際して、その表情はねえだろ!」
「だいぶお元気でいらっしゃいますね。
 これなら病院へ行かれる必要はないですね」
「うるさい、ってイタタ、痛い、イタタタ」
「安静になさってください」
丁寧に頭を下げて、執事は寝室を出て行った。
出て行った瞬間、ドアの向こう側から
笑い声が聞こえた。

というわけで、わたしはヘソのゴマが原因で倒れました。
前回のコーヒーに引き続き
あまり幸運じゃありません。むしろ不運。
いやいや、気にしちゃダメだ、前向きにならねば。
そう考えつつ、目に涙が浮かぶわたしでした。



ホラ一割で。
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2011年3月 2日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――王女とゴブリン

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 王女とゴブリン で。


これも名ファンタジーですね。
知らないほうがおかしいよレベル。
というか、マクドナルド童話全集は小学校の基本書。
有名だろ。
マクドナルドっつっても、あのドナ●ドじゃないよ。

一周回って戻ってきたストーリー紹介。
主人公の王女様は王宮を離れて、地方の別宮で育てられた。
ある日、王女様はひょんなことから
鉱夫のカーディー少年と知り合う。
カーディーはまっすぐな心の立派な少年。
そんなカーディーは地下に住むゴブリンたちが
王女を狙っていることを知る。
カーディーは王女を守るために立ち上がり、
そして――って話。

この話だけでもすごくいい話ですが、
続編の 王女とカーディー少年 のが好きですね。
まっすぐだったカーディー少年が思春期になって、
ちょっと斜めに物事を見るようになってしまう。
その変化はいい変化ではなかったが、
やがてある老女がカーディーを教え諭し、
カーディーは王都へ引っ越した王女を助けるために
冒険の旅に出る――って話。

カーディーが斜めになるあたりがリアルだと思います。
斜めになって、それから自分が犯した罪に気づいて、
後悔する。ここらへんがとてもいいと思う。
老女はカーディーの出発にあたり、
カーディーにある力を授けます。
それは、カーディーが相手の手を手で触ると、
相手の本当の姿がわかるという能力。
悪人に触ると動物の手足の感触が、
無垢なものに触ると人間の手の感触がする。
つまり相手の本当の心を見抜く力です。
これは怖い能力ですよ。
実際に自分が触られたら、どんなんだろうと想像する。
たぶん人間の手じゃない。
ええと、そうだな、猫の手じゃないかな。
寝る時間長いし、基本 気まぐれだし、
でも集中力があるときはあるし。
ダメかな?

その人の本当の姿って、知るのが怖い。
カーディーは心の強い少年なので、
その能力をきちんといい方向へ使うことができますが、
普通の一般ピープルにそんな能力があったら、
発狂すると思う。
だって、自分の家族や友人を触ったら、
毛皮だったり、虫の手だったりするんだぜ?
おかしくなっちゃうだろ。
なにより、自分で自分の手を触ったとき、
人間の手じゃなかったらどうしよう。
これは怖いですよ、本当に怖い能力です。
老女も、とてつもない能力を与えたもんだな。

この老女、正体不明なんです。
作中では王女のご先祖様的な描かれ方なんですが、
どう考えても人間のスペックを越えている行動をする。
魔法使い? 聖人? って感じ。
基本、イイヒトなんですが、厳しいときはとても厳しい。
でも「プラス」側のひとであることは間違いないです。
「マイナス」側のレイストリン(ドラゴンランスの回参照)みたいな
魔法使いじゃありません。
結局、謎は解かれないまま、老女は正体不明なんですが、
それはそれでいい感じ。
ちょっと 天守物語 を思い出します。
階上に住んでいる謎のおばあさま。
ちょっといいな。うちにもそういうおばあさま、いないかな。

って、わたしには自分の本当のおばあさまがいますが、
あのひとは正体不明とかそういう問題じゃないよ!
一般ピープルというくくりを超越しています。
いや、超越してるって意味じゃ、老女と同じなんだけど、
うちのおばあさまは絶対に「プラス」じゃないよ!
確信犯で愉快犯なんだよ。
わたしに対する潜在的な脅威です。
いかん、考えたら、お腹が痛くなってきた。

マクドナルド全集には、王女とゴブリン、他、
金の鍵 とか素敵な童話がたくさんあります。
絶版になっているけど、できるだけいろんな人が
読めたらいいと思います。
図書館で探してみてください。
七十年代からあった図書館なら、納入されているかも。
めぐり合えたら、まずはご一読を。
いい本です。
すてきなファンタジーだと思ってます。
大人だってファンタジーを読んでいいんだよ。
いい本は、大人だろうが子どもだろうが、読む楽しみがあるんだよ。
大人ゲないとか、子どもっぽいとか、
そういう分けはありません。
いい本は、いつ誰が読んでも、いい本なんです。
飛びっきりの物語なんです。
世界を楽しむように、物語を楽しんでください。
わたしには読書が至上の喜びです。

以上、ホラ一割で。今回はホラ少ないよ。
途中でお腹が痛くなってきたからね。
でもホント、いいファンタジーってまだまだあるんです。
指輪物語 や ナルニア に比肩する物語がある。
そう思うと、わくわくしませんか。楽しくなりませんか。
わたしは楽しいですね。次にどんな本と出会えるのか、
想像するだけで楽しいです。
お腹痛くても。
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