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2011年2月 3日 (木)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ちょっとピンぼけ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ちょっとピンぼけ で。


え? なんの本かわからない?
誰の本かって?
知らんのか、ホンマに知らんのか。
ロバート・キャパの名作ですよ。
キャパは元祖戦場カメラマン、
死ぬまで戦場カメラマンだった男です。
彼は、本当に、真実をどこまでも求めた男だった。

ちょっとピンぼけ はある有名な一文から始まります。
「もはや、朝になっても、起上る必要はまったくなかった。」
(文春文庫・ちょっとピンぼけ より)
この一文、たぶん、中島敦の山月記の冒頭と同じくらい、
有名だと(勝手に)思ってる。
だから世界中で有名だと思ってるのは、わたしだけかも。
いいんです、有名なんです。
そういうことになってるのだ。わたしの世界では。
ちょっとピンぼけ はキャパが書き下ろした従軍記である。
ストーリーはほぼ世界史の動きどおりなので、
ここでは割愛する。とにかく、キャパは戦争という戦争に自ら突入し、
記録していったのだ。

ええと、最近、ちまたで戦場カメラマンという方が
何人かいらっしゃいますが、
ロバート・キャパは元祖です。
どれくらい元祖かというと、1933年からカメラマンでした。
ちなみに、カメラが発明されたのは十九世紀、
1925年にあの有名なカメラメーカー、ライカが
初の量産型カメラを出しとる。
その八年後には、キャパはカメラマンでした。
それも戦場の。

彼の戦歴は凄まじいもので、
コペンハーゲンの国際反戦会議に始まり、
スペイン内乱、
日本軍の中国侵略、
第二次世界大戦、
仏印戦争と、
彼の人生を追えば、ほとんど
近代史が出来上がってしまうくらいすごい。
なにが彼をして、そこまで戦場に駆りたてたのだろうか。
単なる功名心ではない。
彼には、命がけで訴えたい事があったのだ。
わたしはそう思うのだ。

彼が、写真で、文章で伝えたかったこととは、
なんだろうか。
本書の中で、井上氏がこう述べている。
「戦争の残虐と非情を誰よりも憎み、
それ故に誰よりも身近に戦争を凝視しつづけて来たキャパ」(抜粋)
彼は好戦的な人間ではなかった。
攻撃的な人間でもなかった。
ちょっとピンぼけ を読むと、
どちらかというと、普通の、
むしろ傷つきやすいくらい繊細な人間だった。
そんな彼がなぜ、戦場などという非情な場所に
身を置きつづけたのか。
それは彼が、本当に戦争を憎み、
自分にできることを最大限に行っていたからだろう。
自分にできること――真実を報道すること。
「自分にできること」と言うのは簡単だが、
行うのは難しい。
日常の中で、いったいどれだけ、人は最善を
尽くせるだろうか。
できることですら、自ら進んでやりたがらない。
やらないで済むなら、しない。
そのパターンが多いのではないか。
すくなくとも、わたしはそうだ。
だが、彼は自身の責務を果たした。最善を尽くした。
地雷に触れて死ぬときも、
彼はがっちりとカメラをつかんで離さなかったそうだ。
ここに、ある人間の、崇高な人間の姿がある。

人間は間違えることが多い。
何万人も殺す戦争すら始めてしまう。始める人間がいる。
だが一方で、戦争と戦う人間がいる。
愚かな人間、誤る人間がいる一方で、
崇高な、正しい人間もいるのだ。
彼のような生き方は、暗い底に降る白い光のようなものだ。
ああそうだ、人間は捨てたもんじゃない。
希望はぜんぜんないわけじゃない。
いつだって、いつでも、彼のようなひとが、
人類をよい方向へ持っていこうと努力してくれるのだ。
だったら、希望はあるじゃないか。
努力する意味があるじゃないか。
味方がひとりもいないなんてことはない。
絶対に、誰か、彼のような人が味方になってくれる。
わたしはそう思う。
別に、戦場に立てというわけではない。
普通人に、キャパのようなことはできない。
だが、キャパの志のようなもの、
彼が訴えたかったものを共有することはできる。
受け継いでいくことはできる。
この本を読めばわかる。

「普通人」が「普通」でいられるのは、誰かが努力して、
物事をよい方向へ持っていこうとしているからだ。
マイナスへ行かないでいられるのは、
誰かが努力しているからだ。
その努力は、あるときは戦場の写真かもしれず、
あるときは、空き瓶のリサイクル活動かもしれず、
またあるときは捨て猫保護のボランティアかもしれない。
どんな要素が混ざっているかはわからない。
でも、誰かがなにかをしている。最善を尽くしている。
だから、「現在」があるのだ。
それがわかったのなら、マイナスに行きたくないのなら、
自分も、なんらかの方法で最善を尽くすべきだ。
方法はなんでもいい。
でも、プラスの方向へ最善の努力だ。
それが積みあがって、「日本の現在」「世界の現在」がある。

わたしの最善の努力は、WWFへの協力であり、
ブログであり、日々の行いである。
最善といっても、たいしたことはできない。
キャパのように、おおやけに大きく問いかけることはできない。
だから、小さなものを積む。
小さなものを、できるだけたくさん、拾える限り、拾う。
ゴミを分別する。
電気をこまめに消す。
協力できるボランティアがないか、捨て猫サークルのサイトを回る。
野鳥のためにミカンを木に刺す。
お小遣いから募金する。
たくさんと言ってもたかがしれている。非力である。
だが、無ではない。そう思う。
キャパと一度話してみたかったな。
「あなたはどんな未来を望んでいましたか」
キャパに訊いてみたい。きっとキャパは言うのだろう、
「戦争のない未来さ――」
キャパの望みをかなえるのは、わたしたちだ。

以上、今回は非常に、ヒッジョーに真面目に話しました。
ええホント真面目に。ホラはほんの二割程度で。
ほんの二十パーセントほど、ホラが混ざってますな。
八割が真実なら、ほぼ全部真実ってことでいいんじゃないの。
ダメ? あ、ダメ? じゃあしょうがないね。
ええと、ホラだそうです。判定はホラだそうです。残念。
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