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2011年2月

2011年2月28日 (月)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――レベルE

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = レベルE で。


魁!! 男塾 とどっちにするか迷いました。
レベルE は完結してるからいいよね。
お勧めできるよね。
塩漬けじゃないからね。

勝手な思い込みのストーリー紹介。
地球にひとりの宇宙人がやってきた。
この宇宙人、バカ王子(これが正式名称)は
容姿端麗、頭脳明晰、性格最悪という厄介者。
このマンガには王子に関係するさまざまな事件が
記載されてます。
王子におちょくりまわされて、
王子を殺したいけど殺せない護衛隊長や、
王子にいじられまくって、
王子を殴りたいと思う地球人など、
出演人物のほぼみんなが、
「あんのクソ王子、×××してやりてえ!」
と思っているマンガ。
だいたい数話で完結するショート・ストーリー集です。
わたしは原色戦隊カラーレンジャーが好きですね。
王子の陰謀で、勝手に正義の味方・カラーレンジャーに
されてしまった小学生たち。(改造された?)
彼らは塾やデートや習い事もあるのに、
王子のせいで違う惑星へ連れ去られ、
カラーレンジャーに変身して魔王と戦うことに。
果たしてその結末は――って話。

このマンガ、伝説の名台詞、「斜め上」が
記載されているマンガです。
今では当たり前のようにつかわれる「斜め上」ですが、
このマンガが発祥という説があります。
(違う説もあり)
バカ王子にはそれなりのポリシーがあって、
生命の危険に関わるようなことはみんなにさせません。
安全で、かつ悩みまくるようなシチュエーションを好みます。
また、自分のことを王子だからって
偉そうにしたりはしない。
結婚相手は別に王女様じゃなくてもいい。
このあたりが好感度ポイントなんでしょうが、
やってることがヒドイので、あまりポイントUpしません。
とにかく、バカ王子に関わると厄介事に巻き込まれる。
だからたぶん、「全スルー」というのが
王子に対する正しい対応法なのでしょうね。

もっとも、王子は積極的に色んな人間に関わってくるので、
全スルーは不可能っぽい。
うん、無理だね。おそらく。
こういう人が周りにいると、安心していられません。
友達にバカ王子がいたら楽しいかな? とちょっと思ったけど、
絶対にこっちになにかしてくるんで、
やっぱり友達にもいりません。
わたしは体力ないんで、変身して魔王軍と戦うとか
無理なんで。あと野球にも興味ないし。
バカ王子みたいな人は、本当に通りすがりの第三者として
読者として、関係するだけがいい。
そう思います。

でもかなり抱腹絶倒のシーンもあるので、
(カラーレンジャー最高)
お勧めです。こういう宇宙人もいるって考えると楽しいね。
メン・イン・ブラック という映画も宇宙人ネタですが、
ああいうノリに近い。とにかくバカっぽい。
お勧めのマンガです。
文庫版だと二冊なので、量としても手ごろ。
よろしければどうぞ。

あ、読んだあとに「てめえ、おもしろくなかったじゃねえか」という
苦情は受け付けません。
おもしろい基準は人それぞれ。
わたしがいいと思ったからといって、
みんながいいと思うわけではない。
あくまでも、「おもしろいって言うやつもいるな」程度に
参考意見としてください。

では今日はここらで。
ホラは少ないです。二割~三割くらい。
腹が痛いんで、今日はもう寝ます。
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帰宅しました。腹が痛いけどな!

東京の自分ちに帰宅しました。
正直、週末療養していた友人宅のほうが安心できる。
なぜだろう。
なぜか、自分の家は「戦場」というイメージがある。
ここは戦場だぁ! 流れ弾に当たるな!
新兵は英雄たちの生き様を見ろ! ッて感じがある。

帰宅した途端に、痛くなる腹。
主に、すい臓あたりが痛い。原因はストレスっぽい。
自宅なのに安心できないって、どういうことですか。
あんなことやこんなことの記憶が走馬灯になるからですか。
いつものベッドに横になって、わたしはブログを書きます。
やはりここは戦場。日常という名の戦場なのだ。
わたしは戦い続けねばならない。



以上、ホラ一割で。
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2011年2月25日 (金)

友人宅で週明けまで療養することになりました。

最近、泥団子強制摂取で緊急搬送されるわ、
コーヒーで倒れるわと、
体調が思わしくないので、
昨日から友人の伊豆の別荘で数日、
療養することになりました。
月曜日に戻ってきます。
写真は友人宅前の海。

001

海はいいですね。見てるだけで和みます。
療養中は、ボーっとしていようと思います。



ホラは二割くらいで。
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2011年2月23日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――車輪の下に

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 車輪の下に で。


ヘッセ様の名作。
ヘッセ様の詩もすばらしい。愛読してます。
デミアン でもいいかなと思ったけど、
今回はより共感が持てる 車輪の下に で。

えこひいきなストーリー紹介。
主人公ハンス少年は秀才。親や故郷の期待を一身に受けている。
難しい試験にも受かって、いい学校へ入ることができた。
だが、成績が急に悪くなる。
すると先生は彼を呼び出してこう言う。
「弱ってはいけない、
さもなければ車輪の下敷きになってしまうから」。
恐れていたことは現実となる。
ハンスは見る見る成績が下がり、
学校から追放され、鍛冶屋の徒弟に入る。
しかし、そこにも彼の居場所はなく、
やがて彼は川に落ちて――って話。

子どもを持つ親には、必ず一度読んでもらいたい本。
胸がつまる物語です。
ハンスと同じような思いをしている子どもたちが
全国に何人いるでしょう。
「君ならできる」「期待している」という言葉で、
前へ前へ押し出され続ける子どもたち。
もう一歩も先へ行けないほど疲れきり、
ハンスと同じ運命をたどる子どもたち。
わたし自身、中学受験の経験者なので、
大人が子どもに「期待」という名の重責をかける
ことがあることを知っています。
受験が終わったときは、本当にほっとしました。
ああこれでやっと、
あんな身の置き場がないような気持ちとはお別れなんだ――。
でもそうじゃなかった。新しく入った学校では
また成績競争が待っていました。
成績競争は、大学入試まで続きました。
そのころには、もう、わたしは疲れきっていました。
わたしがハンスと同じ運命をたどらなかったのは、
よき友に恵まれていたから、というだけです。
わたしには理解者がいた。
だからハンスと同じにはならなかった。

車輪の下 がどんなものか、
いまの日本社会の学生なら、みなわかるでしょう。
特に成績優秀で、いつも両親や周囲に
「頑張れ」「頑張れ」と言われ続ける子どもなら、
自分を押しつぶす車輪がどんなものか、わかるでしょう。
車輪に負けずに、車輪を押し返すことができる子供もいるけれど、
ハンスと同様に、車輪に潰されてしまう子どももいる。
親を殺したり、自殺したり、
疲れきって病気になったりする子どもたち。
わたしは痛ましくて痛ましくてたまりません。
当たり前のことだと思いますが、
人間は幸せになりたい生き物なんです。
幸せになることが夢なんです。
それは、いい学校を出て、いい企業に入れば、
保証されるものではありません。

でも、悲しいけれど、
日本が学歴社会であることは
重々承知しています。
ある程度の学歴がなければ、就職することも難しい。
日本では、誰もが車輪の下をくぐることになっている。
車輪の下をくぐらないものは、低学歴者として扱われる。
かといって、車輪に潰されてしまったら、それでもう終わり。
そう思うと、やはり胸がつまります。
ヘッセが自身の経験を元に 車輪の下に を
書いたのは1906年です。
そのころから、車輪の下は変わっていない。
子どもを押しつぶす車輪は回り続けている。

わたしは、学校が必要なことはわかっています。
なにも教えてもらえない子どもは、なにもできない。
だから自分とは何か、社会とは何か、自分にできることは何か、
教えてもらう必要がある。自身の可能性を試すために学ばねばならない。
生きるために、学校は必要です。
しかし、矛盾してしまうけれど、学校に殺されてしまう子どももいるのです。
子どもを生かすはずの学校で、殺されてしまう子どもがいる。
どんなに苦しいでしょう。どんなに悲しいでしょう。
どれほど助けてほしいと願うでしょう。
でも、両親は言います。「あなたはやればできる子なんだから、頑張って」。
教師は言います。「君はいいものを持っているんだから、頑張って」。
頑張り続けて疲れきって死にそうな子どもにかけられる重い期待。
頑張って、頑張って、頑張って。
――ごめんなさい、でも、もう頑張れない。
そう思い、潰されていく子どもたち。
つらい、つらい現実です。

わたしは笑っているのが好きです。
アホなことをやらかして、みんなで笑うのが好きです。
悲しいことはキライ。つらいこともキライ。
本当は、車輪なんてなければいいと思う。
そう思うと、やっぱりヘッセ様の 車輪の下に は
世界に必要とされる物語なのだと思います。
この物語には子どもの悲鳴が詰まってる。
それから目をそらしてはいけない。
そう思います。
少なくとも、車輪を経験した自分は、
子どもを車輪の下へ押し出す大人にはならない。
絶対にならない。
もっとも、わたしは独身主義で自分の子どもがいないんで、
車輪の下はありえないですけどね。
それがまあ、救いかな。

そんな感じで、センシティブに振舞ってるけど、
実は鼻の穴をほじってる感じで、今回は終わり。
ホラは六割~七割で。
いや、わたしはそこまで悲惨な人生送ってないんで。
車輪の下に のハンス少年のように、
傷だらけになった挙句、水死とかいう人生じゃないんで。
ユーモアのセンスがあるんで、そこまで堕ちないですよ。
とりあえず笑って、笑って。
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2011年2月22日 (火)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――おそろしくて言えない

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今回は = おそろしくて言えない で。
これがタイトルです。間違いありません。


初めて読んだとき、転がりました。
転がって笑いました。
おそろしい。

思い出によるストーリー紹介。
主人公・新名は実は霊媒体質。
鬼のようにたくさんの悪霊を背負って
毎日暮らしている。
もちろん、物凄い量の霊障に見舞われてる。
そこへ目をつけたのが、同じクラスの御堂。
実は、御堂は凄腕の拝み屋(?)で
新名の背負っているものがすべてわかる。
わかった上で、いやがらせをする。
名づけて「オカルティック・ハラスメント」という
新しいハラスメントだ。
霊の存在を否定する新名 VS 霊を全肯定する御堂の
戦いが始まった。
もうこうなったら、二人の戦いから目が離せない――って話。

笑います。
新名の不幸っぷりが悲しくて笑える。
自分がなまじ病気を背負ってるので、
完全に他人事とは思えない。
とにかく、新名は掃除機のように
行く先々で悪霊を収集して背負っていきます。
でも死にはしない。
それは背後霊のお母さんや犬が頑張ってるから。
そんな新名は、自分を不幸とは考えない。
ちょっと他人より運が悪いかもしれない。
でも、それを見たこともない
(いや、実は見てるんだが、霊だと気づいてない)
悪霊のせいにするのは、いやだ。
ここんところの新名は、すげえカッコイイですね。
本当にカッコイイ。
だって、人間ってちょっとツイテないと、
すぐになんでオレばっかりって考えるじゃないですか。
人身事故のせいで電車が一本遅れただけで、
今日はツイテねえなあと考えるじゃないですか。
けど、新名は違う。
悪霊のせいでかなり悲惨な目に遭ってますが、
でも、絶対にそれを誰かの、なにかのせいにしない。
自分の人生は自分が造るんだって思ってる。
当たり前だけど、ちゃんとそう考えることができるってのは、
すごいよ。
こんなカッコイイキャラクター、そうそういない。
わかりやすくカッコイイキャラなら、
そりゃマンガにはいっぱい出てきますよ。
ヒーロー系ならいっくらでもいますよ。
でも、自分を見舞う不幸にくじけない、地に足着いてるキャラって
どれくらいいますか。
ヒーロー系だって、「オレの運命だから」とか、
運命のせいにしたりしませんか。
新名はそんなことはしないんです。
ヒーローじゃない、普通の男子高校生だけど、
でも彼の精神はとても強くて正しい。
だからカッコイイ。
わたしにはそう思えました。

でもねー、そんな新名を苦しめまくるんですよ、
御堂が。
御堂は本当は、新名の悪霊を全部祓えるくらい
霊能力が高いんですが(宗教を作れという声があるくらい)
すべてわかってて、それでも新名へのいじわるを
欠かさない。この根性曲がり。ひねくれモノ。
大好きでしたね。ええ、大好きです。
カッコイイ新名も好きですが、
根性がひん曲がってる、「クククク」笑いの御堂も
大好きです。
要するに、愛情表現が屈折して複雑骨折してるんだよね。
御堂は、とにかく新名が霊の存在を認めるように、
ありとあらゆる手段で、霊の存在を訴えていきます。
新名は御堂のことを意地悪なヤなやつだなあと思いながら、
その意地悪をことごとくスルーして、
霊の存在を信じません。
なんだかんだ言って、御堂は新名が大好きなんでしょうね。

恐ろしいことに、新名は御堂の妹と恋愛関係になってしまいます。
そして、さらに恐ろしいことに、御堂は新名の妹(幼稚園児)に
目をつけて声をかけてきます。
二人はそれぞれの妹の彼氏になるのか。
このあたりは、もう、原作を読め! ですね。
いろいろと恐ろしい事態が平行して進行するんです、このマンガ。

やっぱり、病気がちなわたしにとって、
新名はヒーローですね。
霊のせいにするのはイヤだ、ってのは、
自分に置き換えたら、
病気のせいにするのはイヤだ、ってことになると思う。
たしかに寝込んだり、倒れたりしてるんだけど、
でも自分の人生を作るのは、病気じゃなくて、自分。
病気だけの・病気しかない人生になったりは、絶対しない。
これは自分だったら、ですよ。
わたしよりもっとシャレにならん病気と闘っている人は、
もちろん、病気のせいってアリだと思います。
ただ、自分は、笑える余裕があるうちは、
ホラにユーモアと夢が詰まってるうちは、
病気のせいにはしません。
笑います。だってコーヒーで倒れるんだぜ?
笑い事だろ。

大学生のときにリンゴ病になって、医者に笑われたことがある。
リンゴ病って小学生がなる病気なんだって。
成人がかかるのって本当に稀で珍しいらしい。
わたしは、どんだけ永遠の小学生なんですかって話。
わたしを診てる医者がもう、笑顔なんだもん。
横の看護婦も笑ってるんだよ。
こっちは身体だるいし、ほっぺも真っ赤だというのに。
でも、おかしいよね。笑うよね。
笑えるうちは大丈夫だよ。
笑えるうちは大丈夫。
仮に死んじゃたっとしても、笑ってればね。
やりたいように生きられたんじゃないの。
後悔はしないで生きられたんじゃないの。
そう思います。

「おそろしくて言えない」はなにをおそろしくて言えないのか、
それはラストで明らかになります。
具体的には、新名が「●●●だなんて、おそろしくて言えない」と
思うのです。
霊にもくじけない新名が、おそろしくて言えないものはなにか、
確認してみるといいでしょう。ニヤリとしますよ。
楽しいマンガです。

では今回はここらへんで。ホラは三割くらいかな。
メインどころはホラ吹いてないからね。
今日も体調は相変わらずですよ。腹が痛いですね。
体調は今日のいい天気と反比例してますよ。
お天気いいし、いい機会だから、
これから神頼みに行こうと思います。
いえ、神様信じてませんけど、「夢をかなえるゾウ」に
課題として、お参りに行く、ってのがあったので、実行しようかと。
なにをお願いするかはナイショ。
あ、身体のことではありません。そんなのは後回しです。
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2011年2月21日 (月)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――優駿

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 優駿 で。


宮本輝様の名作、だと思ってる。
読後、しみじみとした余韻の強さがハンパなかった作品。
個人的には多田にシンパシーがあるかな。
宮本輝様は 星々の悲しみ とか 錦秋 とか
川シリーズとか、ほかにも好きな作品はたくさん。
でもやっぱりどれかひとつといわれたら、 優駿 かな。

追憶によるあいまいなストーリー紹介。
北海道の牧場である日、子馬が生まれた。
オラシオン(祈り)と名づけられた子馬は
ジョッキーや馬の所有者や所有者の腹心など
さまざまな人々に波紋を広げながら成長していく。
最後には競馬の最高峰・日本ダービーに出馬し、
そして――って話。

各キャラが一章ずつメインになるような構成です。
だが、その結果、浮き出てくるのは、
中央の、空洞となっているオラシオンの姿。
各キャラが思うオラシオン像が浮き出てくる。
オラシオンは馬だから、特にコメントはありません。
でもそれぞれの人たちの思い入れによって、
オラシオンの姿が鮮明に浮き出てくる。
オラシオンも主人公の一人、
いや、オラシオンこそが主人公=優駿なのです。
それが強くわかる物語。
無言の主人公という斬新な構成が
抜群のストーリーテリングによって描き出される
本当に名作。

特に、最後の部分がもう、秀逸。
ダービーでオラシオンの出走結果に
問題が出るが、判定で一着となる。
そのとき、キャラクターのひとり 多田は
本当はみんな負けたと思う。
オラシオン本人すら、負けたと思う。
清らかな志を曲げず、勝ったのはただひとり、
オラシオンの生産者の青年だけ。
多田はそう思い、もう一度その青年の顔を見たくて、
競馬場内へ戻ろうとするが、
人波で戻ることはできなかった――。

うおおおおおおっ、今そこだけ読んでも血がたぎる。
じーん、とします。
なんというか、宮本輝様は
「戻ろうとしたけど、戻れない」物語を書かせたら、
超ド級のストーリーテラー様です。
時間経過、人間関係の変化によって、
なにかを得て、そしてなにかを失ってしまう。
失ってしまったものは、取り戻せない。
そういう物語を書かれる作家様だと思います。
すごいよ、本当によくこんな作品を書かれたと思う。
いつ読んでも、いま読んでも、十年後に読んでも、
やっぱり 優駿 の最後には感動すると思う。
心が震えると思う。

優駿 には本当にさまざまなキャラクターが出てきます。
馬の生産者から、ジョッキーから、馬の所有者から、
馬の所有者の腹心、馬の所有者の娘、などなど。
それぞれのキャラクターを結ぶ糸があって、
ある糸は強く結ばれて切れることはないんだけど、
別な糸はぷっつり作中の展開で切れてしまう。
切れてしまうほうがわたしは気になりますね。
具体的には、馬の所有者と、馬の所有者の腹心の関係。
この二人は本当に互いを信頼しあっていたはずが、
ほんのちょっとしたことから、腹心は所有者を裏切ってしまう。
この腹心が「多田」という人物なんですが、
こいつがオラシオンの名付け親。
そう思うと感慨深い。
人を裏切ってしまうような男が「祈り」という名前を
子馬につけたのです。
彼はなにを祈りたかったのでしょう。
子馬になにを重ねたのでしょう。
このあたりはもう、原作を確認しろ! って感じ。
このブログ読んでいるとわかると思いますが、
わたしはこういう、眼鏡が似合いそうな、
怜悧なタイプが大好きなので、
死神・多田がお気に入りですね。

ちなみに、死神というのは、競馬関連では
絶対に当たらない予想をする人のことです。
わたしの友人にもひとりいました。
一着・三着とかを当てるんですよ。よく。
で、ワイド馬券が出てきたときからは、
一着・五着とかを当てるようになる。
とにかく、博才がない。ギャンブルにむいてないタイプ。
これが死神です。死神と同じ予想になったら、
そのレースは買わないほうがいい。
それくらい、死神のパワーってすごいよ。
わたし自身は博才あるので、数年やりましたが、
競馬はとんとん・ちょっと黒字で終わりましたね。
赤字にはならなかった。
あまり負けません。ちなみに分析とかはあまりしない。
名前が気になったからとか、
馬が好きだからとか、そういう理由で馬券を買って勝つ。
でもいまはもう、ギャンブルは一切やりません。
どういうものだかわかったので、もういい。
もっと違うことがやりたいので、そっちをやってます。
たとえば、ブログとか、読書とか。
こっちのほうがスリリングで、おもしろい。
あ、でも、 優駿 は競馬をやったことがなくても、
じゅうぶん楽しめると思います。
ノー問題です。とてもおもしろい物語だから、大丈夫。

正直、わたしは「文学」ってのはさっぱりわかりません。
お勧め文学って言われて読んで、
「よくわからん??」となること多し。
でも、おもしろい「物語」ならわかります。
優駿 は抜群におもしろい。
とびきりの物語です。
やはり宮本様は素晴らしいストーリーテラー。
祭壇を築いて拝む必要がある。
祀る必要がある。
祀ります。いつものように黒呪文唱えながら祀ります。
宮本様がいついつまでもお元気で、
たくさんの物語を書いてくださいますように。
それ以外の祈りはないです。
このあたり、わたしは多田よりだいぶシンプルだな。
ファンなんてものは、単純ですね。

では、今日もこんな感じで、
ダレっとした感じで、終わり。
今日はホラ二割くらいで。
かなり語りましたが、ホラは少ないな。

死神はねー、本当にいるよ。
なぜに、と思うほど、予想が当たらない人っているんです。
もし「あれ、それってオレのこと?」と思ったら、
ギャンブルは即やめなさい。破滅します。
あと基本、「絶対取り返す!」と熱くなってしまう人は
ギャンブルむいてません。なぜなら取り返せないからです。
ギャンブルは胴元が儲かるようにできている。
ごくたまにものすごく勝てても、
最終的には胴元が勝つようにできている。当たり前。
だから、ギャンブルは、楽しみ程度で抑えたほうがいい。
ムキになってはいけません。
男爵とのお約束だよ!

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2011年2月20日 (日)

コーヒーで倒れたわたし。コーヒーに致死量があるって知ってた?

また倒れました。
昨日から倒れてました。
基本的に、わたしがブログを更新していない日は、
倒れていると思ってください。
それでほぼ間違いなし。

今回はコーヒーが原因で倒れました。
昨日、書類仕事をしていて、ひどく喉が渇き、
飲み物がほしいと思い、
キッチンを内線で呼んだところ、
「紅茶はちょっと時間がかかるが、
 アイスコーヒーならすぐお出しできます」と言われた。
何で紅茶党の我が家にコーヒーがあるのだ?
わたしの質問に、「お歳暮」という回答が与えられました。
そうか、じゃあもう、コーヒーでもいいかな。
とにかく、すぐ飲みたいし。
そこで、やってきた1リットルのアイスコーヒーのペットボトルを
傍らに書類作業を再開したわたし。
急ピッチで、ぐいぐいと飲みながら、仕事します。
そしたら。
あれ?
なんか気持ち悪い。めまいがして、動悸が激しい。
呼吸が速くなる。
手足の先が冷たい。寒い。(←これは血圧が急激に下がってる証拠)
吐き気がする。
……間違いない。これは、身体に合わないものを
摂取してしまったときのショック状態。
飲めないお酒を無理に飲んだときと同じ、悪酔い状態だ。
って、今までと異なるのは、コーヒーだけ。
コーヒーをマグカップで、五、六杯、立て続けに飲んだだけだ。

ダメだ、滅茶苦茶、気持ち悪い。
わたしは執事を呼んだ後、書斎で倒れて寝室へ搬送されました。
病院へ行こうかとも思ったが、
今までの経験から、病院にいくよりも水分を摂取して、
排泄を心がけたほうがよいと判断、
水を飲んで倒れてました。
そしたら、執事がやってきて、
「ご主人様、コーヒーにも致死量があるようですよ」と言った。

おまえ、わたしがこんなに体調が悪いのに、
なんで嬉々としてそんなことを言いに来るのか。
「ネットの情報によると、十杯程度で症状が出てきて、
三十分以内に百杯飲むと死ぬそうです」
コーヒーに含まれるカフェインは劇薬ですから、と付け加えた。
おまえ、そんなネット情報のうんちくを披露する為に
寝室まで来たのか。
もういい、とにかく、いまは気持ち悪い。
わたしは一晩、うなりながら、吐きそうになりながら、
過ごしました。

いくらコーヒーに致死量があるって言っても、
五、六杯で症状が出るわけない。
一日にもっと飲んでる人もいるだろう。
いま、症状が治まって冷静に考えるに、
わたしはコーヒーアレルギーなのだ。
もともと紅茶党だったが、
体質的にコーヒーを受け付けないのだ。
そうとしか思えん。
でも、コーヒーで倒れるなんて、滅多にいないっぽい。
ネット検索しても、あんまりヒットしない。
でも本当です。
本当に、わたしはコーヒーで倒れました。
わたしを殺すのに、毒物はいりません。
コーヒー。コーヒーを大量に飲ませれば、
たぶん強いショック状態が起きて、死にます。
またひとつ、背負うものが増えてしまいました。



以上、ホラ0.000001%で。つまりほとんど真実で。
今後、我が家にお歳暮だろうとお中元だろうと
コーヒーを贈ってこないように!
殺人未遂で訴えるぞ。
泣きながら、お歳暮のコーヒーを召使たちに分け与えました。
みんな、ラッキーって言って、喜んでました。
ラッキーなわけあるか!
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――忘れられたジュリエット

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 忘れられたジュリエット(伯爵カインシリーズ) で。


作者・由貴様には 天使禁猟区 など、
ほかに大好きなマンガもありますが、
今回は 伯爵カインシリーズで。
大好きですね。ヴィクトリアン好きにはたまらないですね。
ヴィクトリアンで、伯爵で、毒で、執事ですからね。
ものすごい勢いでポイント連打です。

追想と瞑想によるストーリー紹介。
主人公・カインは伯爵様。
といっても、ただの伯爵ではない。
毒を集めるのが趣味な危険な伯爵。
彼の行く先々に死がつきまとう。
カインは忠実な執事のリフとともに、
様々な殺人事件に絡み、解決していく。
だが、やがて、死んだはずだった父が
作る秘密結社に関わるようになり、
父と対決していく――って話。

作中に何度か出てくる毒の写実性とかは
もう、どうでもいいんですよ。
そんなことはささいなことです。
お話がおもしろけりゃ、いいんです。
実在する毒のほうが説得力はあるけど、
でも架空の毒でも問題はない。 
問題は毒ではない。
この伯爵カインシリーズの最大の目玉は、
主人カイン→←執事のリフの関係だと思ってる。

カインとリフはとても強い絆で結ばれており、
その絆は、結局、死をも乗り越えるのだが、
あのラストは切なくもあり、泣けました。

あのねえ、実際にもあるんだよ、
ああいう純粋で強い絆って。
わたし自身が持っていたことはないですが、
友人にひとり、ああいう絆を持っている人がいました。
友人の絆の対(つい)の人間は死んでしまうのですが、
友人は自殺してしまいました。
自殺と言っても、心の自殺ですけどね。
(身寄りがない未成年を保護していたので、
 本当に自殺はできなかった)
あれはもう、精神的な自殺と言ってもいいだろうね。
人が変わってしまいましたよ。
泣きも笑いもしなくなりました。
あんなによく笑う友人だったのに。
友人にとって、絆の人間は、すべてだったんですね。
心のすべてで、愛していたんでしょう。
相手が死んだときに、自分も死んだと思ったのでしょう。
いまは、ただ生きているだけです。
本当に、息を吸って吐いてるだけ。
多趣味な人間だったのに、全部やめました。
話すこともありません。何も言わないんです。
やらなきゃいけない手続きとかを、自動でこなすだけで、
情動というものが欠落してます。
その姿を見てて、息苦しいですよ。
家族はその友人を精神科医のところへ連れて行ったけど、
そんなもん、無意味だよね。
だって病気じゃないんだから。
病気じゃなくて、正常だったら、壊れてしまったんだ。
欠くことができない相手を失ってしまったら、
そりゃ、壊れてしまうよね。
医者にはどうしようもないよ。薬だって意味がない。
治るわけがない。
友人はたぶん、本当に死ぬまで、
人形のように生きていくと思います。
そんなの、友人の絆だった人は望んでいなかったと思うけど、
でも、半身を失ってしまったら、もう生きていけない。
そういう関係って、実際にあるんですよ。
互いにかけがえのない相手を持つ二人って、いるんです。

そう思うと、カインとリフの関係も息苦しいな。
苦しいけど、ちょっとうらやましくもあり、切なくもある。
さいごにカインが微笑していたのが、救いです。
笑ってた。笑うよね、これからも一緒だもんね。
そしたら、怖いものなんてない。
ただひとり生き残って人形のように生きるより、
ずっと一緒にいることを、カインは選びました。
その選択を、野次馬のわたしは、正しいと思います。
たぶん、それが正解なんだ。
家族とかは「なにがなんでも生きててほしい」って思うかもしれないけど、
生きながら地獄のような毎日を人形として過ごすより、
本人にとっては、
一緒に死んだほうが幸せなんじゃないかな。
だって、カインは笑ったんだよ。笑ったんだ。
ねえ、もうほかに望みなんかないんだよ。
相手がいればいいんだ。
相手がいればいいんです。
そういう関係を、持ったことがない人には
理解しがたいかもしれないけど、
でも、相手がいてこそ、生きられるんだね。
人形のようになった友人を見てると、そう思いますよ。
きっと、相手が死んだときに、一緒に死にたかっただろうな。
生き延びることなんて、ぜんぜん望んでいなかったんだろう。
でも大人だから、義務があるから、生き残った。
そしたら、もう笑えない、泣けない。人形として存在するだけ。
そっちの結末を見ているわたしには、
どうしてもカインの結末のほうが正しかったとしか思えない。
カインのほうが正しいよ。幸せだよ。
そりゃ周囲のみんなは泣くかもしれないけど、
でも本人たちにとっては、幸せだよね。

人は他人の人生を生きることはできません。
自分の人生しか、生きることはできません。
そう考えたら、後悔しないように、って考えたら、
なにがなんでも、死んでも一緒にいたほうがいいと思う。
もし、わたしにそういう、絆ができて、
対の相手ができたら、
わたしはそのひとのために生きたいと思います。
そして、そのひとと死にたいと思います。
それが幸せなんだと思う。
ほかに幸せなんてないよ。ずっと一緒にいるんだ。
それでハッピーエンドなんです。
ああもう本当に、そこまで一緒にいることができたら、
ハッピーエンドだよ。
生まれてきた甲斐があるだろう。
他人にはどういうふうにとられても。
気が狂ってるって思われるかもしれないけど、
でも、カインの笑顔を見ているとそう思う。
この世のすべてを手に入れるって、こういうことなんじゃないの?
恵まれた人生って、こういうことなんじゃないの?
カインの人生はしょっぱなから波乱に満ちてたけど、
最後、ハッピーエンドで終わったから、もういいよね。
それでいいよね。

今回はいつも以上に脱線しまくりで、
思い入れ過多なブログでした。
こんだけ思い込みと妄想が激しいと、
自分で言うのもなんだが、気色悪いな。
ちょっと、大丈夫なの? いろいろ。
ユーモアが足りなくて、ムズムズする。

なので、ここで空気を変えるために一発ギャグを。

イチゴが驚いた。ニョッホーッ!!
ブドウが驚いた。キョッホーッ!!

以上、ホラ八割くらいで。
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2011年2月18日 (金)

退院したわたし。執事と戦うの巻。

バレンタインに、執事と婚約者に泥団子を喰わされて
入院したわたし。
もともと身体が丈夫じゃないんだよ。
泥団子なんて通常人でもダメージでかいのに、
このひ弱なわたしが耐えられるわけがないだろ。

胃洗浄して各種検査OKになって、
ようやくフラフラになりながら、帰宅。
出迎えた執事が丁寧に頭を下げる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……おまえにだけは、言われたくない」
わたしはジットリと白髪の執事をにらむ。
「わたしにトドメをさしたおまえにだけは、
 おかえりなさいなんて言われたくねーよ!
 そう思うんなら、なぜわたしを助けなかった?!」
「ご主人様。ご主人様の常日頃のポリシーは
 どこへ行かれたのですか」
「泥団子を笑顔で喰うようなポリシーはない!」
「夢とユーモア。ホラにはいっぱい詰まっていると
 常日頃おっしゃられていたではありませんか」
「泥団子には泥しか詰まってねーよ」
「それは誤解でございますよ」
執事が首を振った。
「わたくしがうかがいましたところ、あのトリュフ、
 芯の部分には上質のクーベルチュールチョコを
 使用されていたそうです。詰まっていたのはチョコで」
「真ん中だけチョコだろうと、回りが泥なら意味ねーよ!」
「ご主人様、だいぶお元気になられましたね。
 よろしゅうございました」
「なにがよろしいんだよ?!
 おまえ、本当に頭割ってやろうか?!」
いくらわたしが非力でも、今ならできる気がする。
執事はこほん、とせきをひとつして、
「ですが、女性の方の喜びのためなら、
 どんな犠牲でも払うというのが、本物の紳士では?」
と言った。
「あいつは女性じゃねーよ! 怪物、射程範囲外だ!
 わたしは年齢と性別にこだわりはないが、
 あんな危険な幼稚園児、仮に二十歳でもお断りだ」
「ですが、ご結婚されるのですから」
執事が当たり前のように言うので、
わたしはもう完璧に腹を立てて怒鳴る。
「結婚なんて、しない! キアヌ・リーブスとか、
 アンジェリーナ・ジョリーが来たら、するけど、
 あいつとだけは絶対に、絶対に、絶対に
 結婚しない!
 ていうか、もう二度と屋敷に入れない。
 あいつは立入り厳禁だ。わかったな!」
「ご主人様、シャイなのは存じておりますが、
 テレがドすぎていらっしゃいますよ」
「オレはツンデレじゃねーよ!
 全部心の底からの率直な意見だ、
 以上!!」
わたしは怒鳴り終えて、肩で息をしながら、
手すりをたどって寝室へむかった。
あの執事、本当に一度クビにしてやろうか。
いや、ダメだ、あいつはおばあさまとつながっている。
くそう……。くやしい。



以上、ホラ九割~八割くらいで。
ホラってことにしておかないと、
いろいろと瓦解する。わたしの理性とか、
理性とか、理性とか。
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2011年2月17日 (木)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ドリアン・グレイの肖像

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今回は = ドリアン・グレイの肖像 で。


ドリアンっつっても、あの南洋果物じゃないよ。
人名だよ。(んなのわかってるって!)
ドリアン・グレイは主人公の名前です。
超絶美形(ということになっている)青年の名前だ。

あらよっという感じのストーリー紹介。
主人公のドリアン・グレイ青年は
職業モデル、画家に肖像画を描いてもらってる。
美形だったが、ちょっと世間知らずだった。
純朴って感じの青年。
そこへヘンリー卿という男がやってきて、
大人の遊びを教えてくれると言う。
ドリアンに否はなく、ヘンリー卿のうまい口車に乗って、
どんどんと大人の遊びの深みにはまっていく。
大人の遊びっても、競馬とかじゃないよ、
背徳的なこと――他人の心をもてあそび、
女遊びとか、果ては殺人まで
ドリアンは犯してしまう。
だが、ドリアンの美貌は衰えることがない。
ますます美しく魅惑的になっていく。
一方で、画家が描いた肖像画はどんどん醜くなっていく。
この対比がホラー。
最終的に、ドリアンとドリアンの肖像画は
まったくの別人のようになる。
そして、ドリアンはより醜悪に変化し続ける肖像画に
えい、と短刀を突き刺して、それで――って話。

まあ、今だったら、ホラーとして、
このオチは安直だと思うかもね。
でも書かれたのは十九世紀ですよ。
それになにより、文の描写力が素晴らしい。
さすが、オスカー・ワイルド様。
物事の形容の美しさは抜群ですね。
形容がもう、詩のようです。
ちょっと三島由紀夫様を思い出しました。
オスカー・ワイルド様のほうがより唯美的かなあ。
ドリアン・グレイの肖像 は、
美しい背徳の物語というところがいいですね。

ワイルド様といえば、 幸福な王子 も有名ですね。
基本、ホラーが書ける人はファンタジーも書けると思います。
話のベクトルが逆なだけで、
架空の物事をでっち上げるというのは同じですからね。
架空にいかに説得力を持たせるところが、作家様の腕の見せ所。
この説得力が強いと、ホラーはとても恐ろしくなるし、
ファンタジーは涙するような物語になります。
ワイルド様はどちらもイケたってことですね。
すごい作家様であったことは間違いない。
ドリアン・グレイの肖像 と 幸福な王子 を並べてみれば
わかります。この振り幅の広さ。
これがワイルド様の才能の広さです。
褒め称えろ。

すみません、今日のわたしは元気がないです。
ようやく病院から退院できたのですが、
また本調子じゃありません。
まあ、本調子でもハズレッ調子なんですが、
それにしても、まだ回復してないですね。
そんな感じで、今日はここまでで。
調子が悪いと、ノリとホラが少なくなります。
今日はホラ二割で。
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2011年2月14日 (月)

バレンタインデーの結末・緊急入院したわたし。

えー、ただいまの時刻は23:10。
バレンタインデーはあと50分で終わる。
わたしはいま、病室のベッドにいる。
点滴中。
こんなことになってしまいました。
こんなことになってしまいましたよ、わたしのバレンタインは。
バレンタインデーの結果、
わたしは入院してしまいました。

いま携帯でこの記事をうっています。
記事は執事へ送信し、
あとで、執事が記事+写真をUpします。
順番に、今日あったことを述べていきます。

まず、本日午前七時に自宅を出発、
午前十一時過ぎにおばあさま宅(箱根)に到着。
雪のせいで道路事情が悪く、時間がかかりました。
わたしは黒の燕尾服にバラの花束、ケーキの箱を持った
礼装で赴きました。
もうヤケクソだよ、こうなりゃプロポーズ仕様だよ!
以下、会話の再現。
(W:わたし O:おばあさま)
W:「おばあさま、ハッピーバレンタインでございます」
O:「はいはい。で、モノは?」
W:「ご用意いたしました」
わたしは片膝をついてひざまずき、
ケーキと花束を差し出しました。
O:「どれ、見てみましょう」
ほほう、とおばあさまはうなりました。
O:「予想以上のデキですね」
W:「お褒めにあずかり、光栄です」
O:「では、入れてみましょう」
おばあさまは自身が用意されたボックスに
わたしのケーキを入れました。
すると、
O:「まあ、いい感じじゃありませんか!」

110214_2048001

吐血。
あまりの凶悪な画面にわたしは白目をむいて吐血した。
そんなわたしに関係なく、
おばあさまは大喜びで手を叩く。
O:「ぴったりですね。ああ、いいわあ」
W:「……お、おばあさま、これのどこがいいんでしょうか」
とても、いい歳こいた大人二人がバレンタインデーに
眺めて素晴らしい光景には思えない。
O:「素晴らしいじゃありませんか。わたしが思っていた通りです」
W:「どんなことを考えられていたんですか」
そもそも、何でこんなケーキを要望したのだ。
わたしがずっと抱えていた疑念を提示すると、
おばあさまは笑った。
O:「だって、これは大ハートじゃありませんか」
W:「はい? ええ、そうですが」
O:「大ハートですよ」
W:「ええ、それがなにか」
O:「ダイ・ハード ですよ。わたしが一番好きな映画です」
W:「――」(滝涙&吐血)
おばあさま。
そんな、そんなくだらないダジャレのために!
孫をさんざん苦しめたんですか?
O:「いいモノを見ました」
おばあさまは満足そうに言って、それから、
O:「じゃあ、持って帰っていいですよ。用は済みました」
と言った。
はいいいいぃ?!
こんなもん、なんでわたしが持って帰るんですか。
ていうか、本当にそのダジャレが言いたかっただけなんですか。
いったいなんなんですか、もう。
わたしはしゃくりあげて泣きながら、ケーキを回収した。
どっか、途中で捨てよう。 そう決意しながら、
頬を伝う涙を止めることができなかった。

泣き腫らした赤い目で帰宅したわたしを、
今度は婚約者が待ち構えていた。
(W:わたし K:婚約者 S:執事)
K:「バレンタインですわ、男爵様!」
一メートルくらい下から、彼女が叫ぶ。
W:「……ああ、来てたんですか」
K:「まあ、男爵様ったら、そんなかっこうで。
  わたしたち、まだプロポーズには早いと思いますわ!」
W:「え、なんのことですか」
わたしは自身の格好を見て、
ああそうか、対おばあさま用に礼装だったと思い出した。
W:「この服装に深い意味はありません。
  勘違いしないでください」
K:「ひどい言い方ですわ。わたし、泣いちゃいますわ。
  チョコレート、あげませんよ!」
W:「そうですか? 気が合いますね。
  チョコくれなくていいです」
K:「男爵様は素直じゃないんですね!」
W:「いえ、心の底から。チョコはいらないです。
  そのまま帰っていただけるとありがたいです」
S:「ご主人様っ!」
真顔の執事がわたしの足を踏んだ。
S:「おとなげないですよ!
  ああ泣かないでくださいまし、お嬢様」
K:「泣いたりなんか、しませんわ」
W:「あのなあ……」
わたしは今までずっと思っていたことを、執事に言う。
W:「なんでわたしの婚約者が幼稚園児なんだ?
  あと十年くらい経ってくれないと、わたしは犯罪者なんだが」
S:「旦那様が決められたことですよ」
W:「あんなクソじじいの決めたことなんか、知るか」
わたしは燕尾服を脱いで、靴下を脱いで、ぽいぽい放り投げながら、
W:「とにかく、お帰りください、婚約者殿」
と言った。
婚約者は泣きながら、アルミホイルで包んだなにか丸いものをとりだし、
K:「これを食べていただくまで、帰りませんわ!」
と言った。わたしの顔が引きつる。
まさか、そのアルミホイルの中身は、まさか。
K:「とっても上手にできましたのよ!」
彼女はアルミホイルをはいだ。出てきたのは、
なんだ?
チョコレート色だが、なにかが違う。
緑色の細い線が混ざってる。
わたしは慎重に近づき、匂いをかいだ。
こ、これは。
これは、可食物ではない!!
それは、単なる泥団子だった。芝土を丸めて丁寧に砂をまぶした泥団子だ。
W:「冗談がすぎるようですね。これは食べ物ではありません」
K:「わたしの自慢のトリュフですわ! さあ、召し上がって!」
W:「誰が食べるか、こんなもん!」
S:「ご主人様、おとなげないですよ。食べるふり、食べるふりをしてください」
おままごとですよ、と執事に言われて、
わたしはいやいや食べたような顔をして、
「ご馳走様でした」と言った。
婚約者の目が光る。
K:「違いますわ、本当に食べるんですの!」
W:「絶対喰うか! ちょっと、誰でもいい、
  このガキをつまみだせ」
S:「ご主人様、ここはグッとおこらえになって、男のお覚悟をお示しください」
W:「覚悟? 何の覚悟だ? て、おい、よせ、やめろ!」
わたしは執事に床に押し倒され、
わたしの口元にあの泥団子が寄せられる。
K:「さあ、どうぞ」
W:「――」
わたしは口を閉じて抵抗したが、執事がわたしの鼻をつまんだ。
W:「――ッぷはあ、ぎゃああ、ごぶうッ」
口の中に泥団子が突っ込まれる。
苦い苦い苦い! ていうか、これは、食べもんじゃねエだろ!
おえええ、おえええ。
S:「完食されたようですね」
ぐったりと倒れているわたしから執事が離れた。
S:「よかったですね、お嬢様」
なにやら話し合う婚約者と執事の姿がぼやける。
わたしは泣いているのか?
違った。
わたしは、そのまま意識を失ってしまったのだった。

そのまま、わたしは意識不明の状態で緊急搬送、
胃洗浄、即座に入院となった。
あたりまえだ、あんな泥の塊食べて平気なわけがない。
いったいバイキンが何億匹入っていたというのだ。
こうして、わたしは現在に至る。
ひとこと言おう。

バレンタインデーなんか、くそくらえ!!!

これは、負け犬の遠吠えじゃねえぞ!!
魂からの叫びだ、バカ野郎!


こんな感じで、今日は終わりました。
ホラ、七~八割くらいで。
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2011年2月13日 (日)

バレンタインケーキ作ったぞ! これがオレの最終兵器じゃ。

今日、バレンタインチョコケーキ作りました。
いま冷蔵庫で寝かしてます。
これがわたしの作った最終兵器だ!
目をかっぴらいて見ろ!!

110213_2046002

ご要望どおりの大ハート型(死)!!
シュガーパウダーをふったガトーショコラです。
黒いココアで作ったハートは、死にそうなオレの心臓だ!
こんなん作っちゃって、人として大切なものを
捨ててしまった気がするよー!!
明日の午前にはこれを箱根(おばあさまの家)へ持参し、
おばあさまが用意した容器と合体となる。
合体したら、どうなるんだろう……。
もうお腹いっぱいだよ! もうハートはいいよ!



ホラは三割で。運命の明日に備えて、今日はもう寝る。
あとはもう、知らんわ。
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2011年2月12日 (土)

バレンタインのケーキ材料の買出しに行ってきました。

本日、女友達と一緒にバレンタインの買出しに行ってきました。
彼女は彼氏用にはもうチョコを押さえていて、
自分用に大量にチョコを購入していました。
頑張ってる自分にご褒美、と言っていましたが、
買ったチョコのカロリーをすべて吸収したら、
服のサイズが変わると思います。
新しい自分像を発見。すごいご褒美ですね。

で。わたしは明日作成するケーキ用の材料を買いました。
110211_1409002

苦労した挙句、買ったのは板チョコとココアでした。
(あとの材料はシェフから巻き上げました)
明日、これでチョコレートケーキを作ります。
作ったら、画像をUpします。
わたしがどんなんを作るのか、ご期待ください。



以上、ホラ三割で。
ホラ少ないな。実際にケーキ作るからね。
でも今回、女性っていいなあと思った。
好きなように好きなだけチョコが買えて、
誰にも不審がられないっていいな。
ちょっとうらやましかったです。
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2011年2月11日 (金)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――るろうに剣心

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = るろうに剣心 で。


もともとジャンプ育ちなんで、
どうしてもジャンプマンガが多くなりますな。
「よろしくメカドック」くらいまでさかのぼってしまう。
市の図書館の子ども室が
なぜかジャンプを定期購読していたんで、
読んでたんです。
ジャンプとサンデーとマガジンはあった。
どんだけフリーダムな図書館なんだ。
お役所とは思えぬ、子ども(読者)第一主義ですね。
コロコロとボンボンがなかったのは何故なんだ。
差別じゃないですか。違いますか。そうですか。

ええと、あいまいなストーリー紹介。
明治時代で、腰の刀を捨てないひとりの剣客がいた。
緋村剣心。この男、常日頃はヘタレな風情なのだが、
実はかつては「人斬り抜刀斎」と呼ばれた手だれ。
いまは不殺を誓い、自らを戒めている。
その彼が過去の因縁や、日本転覆を狙う悪党と
戦っていく――って話。

わたしは敵役の志々雄が大好きでしたね。
以前、ネウロ を取り上げたときに、
「敵役がいいとストーリーが盛りあがる」と書きましたが、
念頭には ネウロと るろうに剣心 がありました。
志々雄は政府転覆を狙う悪党、
悪党も悪党で、これっぽっちも良心を持たない大悪党なのですが、
悪党ゆえの美学、生き様を持っていて、
見ていて気持ちがいい。
いや、志々雄がやってることはひどいことですよ。
無茶苦茶なことばっかりですよ。
でも、その中に彼なりの筋が一本通ってる。
意味がない、本能だけの悪党じゃない。
だから、かっこいいんですよ。悪党だけど。
悪の美学があるんです。
果ては地獄落ちなんだけど、
地獄でも頭をとってやろうっていう野心がある。
悪の信長とでも言いましょうか。 
かっこいいヒーローとはまた別の魅力を感じますね。
だから、るろうに剣心 は 京都編 が一番好きかも。
剣心がかっこいいのは当たり前ですが、
志々雄もかっこいいのでね。

剣心は、ほとんど天才っていうか、
天才の域に達している剣客ですが、
さまざまな登場人物たちと戦います。
志々雄とかお庭番とかいろいろ。
細かい敵から巨悪までいろいろ。
でも本人は不殺を誓ってるから、かなりややこしくなる。
無抵抗主義で有名なガンジーがいらっしゃいますね。
あんな感じ。戦う無抵抗主義みたいな。
そっちが刀を下ろすなら、こっちもやめるよみたいな。
でもさ、ひとが戦う時ってのは、
殺戮本能に駆られてるだけの一部のイッちゃってる方をのぞけば、
だいたい理由があるんだよね。
だから、剣心は戦うのをやめるために、
戦う理由まで解決しないとならなくなる。
難しくなりますよ。事態解決の難易度が上がります。
そこを剣心がどうやって乗り切っていくかが見所。
敵の中には、剣心を姉の仇と思ってる少年まで出てきます。
さあ、剣心はどうやって少年と戦うのを回避するか。
そもそも回避できるのか。
回避できなかったら、殺されてやるのか。
その結果は――って感じ。
難しいよね。

戦いの回避・戦争の回避とはいかに難しいものか。
自分たちに置き換えて考えてみるとわかります。
わたしが好きな言葉に、創竜伝 の始さんが語る、
「無抵抗主義のガンジーは偉大だった、
でもオレたちは偉大じゃない」(だいたいの文意)
ってのがあります。
そうなんですよ、わたしらは偉大じゃないんです。
偉大だったら、ガンジーの流れに乗っていけるけど、
残念ながら、偉大じゃない。
偉大じゃなかったら、敵対する相手に
どうやって接したらいいんでしょう。
正面からボコるのはダメっぽい。
事態の解決になりません。
雪ダルマ式に双方の憎悪が膨れあがって、
ボコるのが広がるだけです。悪循環です。
かといってボコられるままというのは無理です。
なぜなら、わたしたちは「偉大じゃないから」です。
偉大じゃないんで、ボコられたら、ボコりたくなります。
それはダメです。
ええー、じゃあ、どうしたらいいの?
わたしが勝手に思うに、
一発で事態が解決するような手段はありません。
シャランラって万事がOKになるような手段はない。
じょじょに、融和政策で互いに歩み寄っていくしか
ないんじゃないかなあ。
譲歩なんかしたくないよ、こっちに絶対入れたくないよってのはダメ。
それを主張していたら、永遠にボコり合いが続くでしょう。
いつかあなたはボコられて死ぬでしょう。
ちょっと譲る。その代わり、ちょっと譲ってもらう。
黒白はっきりとした解決は難しい。凡人には無理。
だから灰色の、あいまいな中で手探りで最善を追求する。
これしかないんじゃないかなあ。
そう思います。
十代のころは、いんや、黒白はっきりつけんかい! って思ってたけど、
人間、互いに譲れないものがある場合、黒白はつけられない。
黒白をつけると、どっちかが全滅する。
全滅するってわかってて、ボコるのやめる人いないよね。
どうせ全滅するならって、むしろ全力でボコるよね。
それはいけない。
だから、灰色になるしか、ないんとちゃうか。
どうなんだろうなあ。
まあ、灰色回答は現在のわたしの回答なので、
十年後には、回答はまた変わってる可能性・大。
だって人間成長するんだから、出す答えだって変わるでしょ、そりゃ。

無抵抗・不殺ってのは、本当に難しいテーマです。
これを本気でやろうと思ったら、人生が変わります。
あなたがガンジーになっちゃうようなもんです。
まして、剣心みたいに刀を持ってるのに、不殺ってのは
ものすごく難易度が高い。
だから、このマンガはおもしろいんだろうね。
剣心が出す答えが、楽しみになるんだよね。
悩んで、悩みぬいて、真摯に出してくれた答えが見たい。
わたしは、そういうときに、 るろうに剣心 を読みます。
これもひとつの回答だよね。
あと、 トライガン もひとつの回答だと思います。
あれも不殺を誓った主人公の物語だもんね。
鋼の錬金術師 もそうかもなあ。
あの話も、他人を犠牲にしないで、って話だもんね。
無抵抗・不殺 は本当に深いテーマです。

以上、 るろうに剣心 から始まって
ガンジー、トライガン、鋼の錬金術師に及ぶ考察でした。
るろうに剣心 は深い話ですよ、本当に。
自分だったら不殺ってどうだろうって、置き換えて考えればわかる。
難しい。本当に難しいです。
昨日の レッド・ドラゴン のブログのときにも書いたけど、
「人は人を殺してはならない」、
この一言が、なかなか守れない。
だから無抵抗・不殺ってテーマが輝くのだと思う。
みんな、どうしたらいいか答えが知りたいんだよ。
もっといい答え、もっといい解決法があったらって
望むんだよね。
新しい答えが見たい。マンガでそれを探すんだ。
もちろん、実際に自分で考えるのもやらなきゃダメだけどね。

本日のところは、ホラ五割程度で。
ええまあ、半分くらいホラじゃない?
灰色回答は我ながらイケてないと思ってます。
もっといい答えがあるんじゃないかと思ってる。
もしもあったら、ぜひ教えてほしいです。

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2011年2月 9日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――レッド・ドラゴン

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = レッド・ドラゴン で。


トマス・ハリス様の傑作。
好きすぎて、引用されてるウィリアム・ブレイクの詩集まで
買ってしまいました。
そんくらいファンです。

いまさらながら、ひょびったストーリー紹介。
全米で起きた連続殺人事件。
その捜査に乗り出した元FBI捜査官のグレアムは
事件解決のヒントを得るために、
かつて自分が逮捕したハンニバル・レクターに面会する。
そして事件は――って話。

レクター博士シリーズは、
羊たちの沈黙、レッド・ドラゴン、ハンニバル、ハンニバル・ライジング
ってな具合にありますが、
(順不同。漏れてるのがあったら、ぜひ教えて!!)
全部 好きですね。
なぜなら、レクター博士の考え方って、
とっても自分になじみがいいので。
頭の中に宮殿を造ったりするの、
昔わたしもやってました。
勝手に宮殿を作って、ここはなんの部屋、そっちはなんの部屋って、
記憶を割り振っていくのだ。
これやると忘れにくくなる。

レクター博士について語ると長い。
わたしが思うに、
レクター博士の一番怖いところは、「共感できる」ところです。
これはわたしだけかもしれませんが、
正直、わたしの中にもレクター博士は住んでます。
善悪を超越した子どものような、
興味があるから実行してしまうような、
そんなレクター博士。いる。
残虐な行為を残虐だと知っていてためらわずにやる。
別に他意はない。ただやりたいからやる。
そういう部分です。
だから、作中のレクター博士は化け物のようには見えない。
むしろ見知った、既知の親友のように感じる。
幸か不幸か、わたしの中のレクター博士は
まだなにかを実行したことはありません。
ただ彼は、わたしがやることを内側ですべて見ている。
鼻歌を歌いながら、見ている。
いつか自分の出番が来るのを待っている。
そんな感じがする。
その出番は、永遠にないかもしれないし、
もしかしたら明日かもしれない。
それを律しているのは、わたしの理性です。
ものすごい不幸が起きて、わたしの理性が飛んだら、
レクター博士は起き上がるかもしれない。
起き上がって、「さあ、ディナーの時間だ」と言うかもしれない。
そういうところが、怖いですね。
外の世界も恐ろしいものですが、
自分の内側も怖いものですよ。

実際問題、レクター博士に会いたいかと言われたら、
会いたくない。絶対に会いたくない。
結局、わたしの内側のレクター博士は
勝手なシンパシーを抱いているだけなので、
本物は出会ったら、造作なく、わたしを殺すでしょう。
それがわかるので、好きですけど、会いたくないですね。
それに、わたしの内側のレクター博士は、
本物のレクター博士に比べたら、まだチェリーなので、
かないっこいない。比較にならん。
だから、レクター博士は親近感を持つけど、
むしろ、心境的にはグレアム元FBI捜査官の
気持ちのほうがわかるかも。
グレアムがレクターを逮捕できた理由。
それはグレアムがレクターに近かったからだとレクターは言います。
だったら、グレアムのほうが気持ちはわかるかなあ。

ハンニバル・ライジング で、レクター博士がどうして
レクター博士になったのかが明かされます。
読んだとき、わたしは泣いてしまいました。
これほど大きな欠落を抱えて、
人は生きていけるのだろうかと思いました。
不思議ですね、ハンニバル・ライジングのレクター博士は
とても人間っぽく感じられました。
怪物ではなく、人間でした。
怪物はもともと人間だったんだ。
人間だったんだよ。
そういうひとは、たぶん、レクター博士以外にもいますね。
化け物、ひとでなし、怪物と呼ばれる犯罪者たち。
彼らはみな、昔は人だった。
ビリー・ミリガンシリーズを思い出します。
ビリーも昔は普通の子どもだった。
でも悲惨な、魂を引きちぎられるような経験をして、
いくつもの頭を持つ怪物になった。
人が怪物を作るのです。
怪物が勝手に生まれてくるわけじゃない。

もちろん、中には、まったく同情の余地のない怪物もいます。
ひとりよがりで、自分勝手で、偏った自己顕示欲と
誤った自尊心を持ちすぎた挙句、
社会を憎み、たくさんの人を殺すような怪物もいます。
きちんと裁かれねばならない怪物です。
たぶん、そういうひとは、一生幸せにはなれない。
烙印のように、背中に罪を背負っていると思います。
償えない罪もあるということが重いです。

人殺しというのは、人類最初の罪です。
カインとアベルの時代からの罪です。
人は、人を殺してはならない。
人類は、このたった一言を守ることができない。
守ることが難しい。
「レクター博士」は誰もが内側に持っているのかもしれません。
人は、きちんと自分を律して、幸せになれるように、
プラスの方向への努力をする必要があります。
レクター博士の声に耳を傾けてはいけない。
頑張ろう。大切なものを見失わないように、壊さないように、
ちゃんと頑張ろう。

こんな感じで、ホラ八割くらいで。
なんだかんだ言っても、わたしは非力な一般ピープルなので、
自分の内側のレクター博士にかなりオーバーに脚色が入ってます。
それから、わたしはレクター博士のファンですが、
殺人はイカンと思ってます。当たり前。
人は人を殺してはいけません。
ならぬものはなりません。
内側のレクター博士がどれだけ大声出そうと、
聞いちゃいけません。約束です。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ヘタリア

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今回は = ヘタリア で。


ついに取り上げちまった。オレの最終兵器。
映画も見に行きました。女子度の高さに仰天。
でも男子もいて安心。それにおもしろいから。
おもしろいから、いいのだ。

へたったストーリー紹介。
基本的に読みきりの話がいくつも載っている形式。
だから、ストーリー紹介はあまり意味がない。

ので、キャラクター紹介。
このマンガ、短編の話は違えど、
出てくる登場人物は共通です。
みんな「国」です。
そう、「国」を擬人化したキャラクターたちが
画面上を暴れまわるのだ。
古くはジョン・ブルとかありましたけど、
ヘタリアは今日の擬人化モノでは元祖かつ最高峰。
「日本」もいるよ。おとなしめな性格だけど、
いざというときは、ポスターソードで戦う日本男児。
ヘタリアの基本設定は連合国と枢軸なので、
日本はドイツ、イタリアと仲がいい。
「ヘタリア」というタイトルは「ヘタレ」+「イタリア」の意味で、
つまりメインはイタリアなのかなあ。
イタリアと愉快な仲間たちって感じだ。

わたしは、イギリスが大好きですね。
妖精が見えるっていうファンタジーにくわえて、
魔術を行うというオカルティック、
さらにもちろん飲み物は紅茶、
マーマイトは食事に欠かさないという
元ヤンで今紳士な国です。
眉毛がかわいい。
イギリスとアメリカがわいわいやってるのが、
ヒッジョーに楽しいですね。
イギリスはいまだに、アメリカの独立記念日付近になると
体調を崩すのだが、日常的にはまあ、犬猿の仲的な。
なんだろう、一時期は家族だったんだから、
根底には家族意識があるのかなと思うけど、
イギリスは素直じゃないので、ツンツンしてます。
アメリカはあまり物事を深く考えてないっぽいので、
ツンツンするイギリスをおちょくって笑ってます。
そんなイメージ。わたしの抱く、勝手なイメージです。

あとイギリスとフランスの関係もいいですね。
なにせ百年戦争を行った当事者たち。
取っ組み合いの喧嘩も辞さない。
でもフランスはかつて「イギリス領に入れてください」と
言ったことがあるらしい。
無理だろ、それは。いまわたしが考えても無理ですね。
でもフランス兄さんは愛の国なので、
いろいろ風紀的な問題を巻き起こします。
まあ、本人が楽しそうだから、いいんじゃないの。

そのほか、ロシアとか北欧とかトルコとか、
中国とか、いろんな国が出てきます。
みんなかわいいよ。
わたしはヘタリアは基本的に、
どの国も、その国の「プラス」面を見てくれていると思いますね。
マイナス面はあまり出てこない。
プラス面同士で、ギャグをやったり、
世界史でこんなことやってたんだ的な事件の紹介があったり、
とっても楽しいマンガだよ。
世界史好きにはたまらない。
スイスとリヒテンシュタインの関係とかいいね。
あとシーランド。驚異の最小国家。
このあたり、イギリスの子育てのダメさ加減がかわいいです。
イギリスって、いっぱい植民地持ってて、
アメリカだって育てたのに、なんで子育てが下手なんだろ。
そこがかわいい。
イギリスファンのわたしは、イギリスのCDも聞いている。
今度、また買う予定。
イギリス、いいよなあ。また行きたい。

ヘタリアを読んでいると、楽しく、いろいろな国の
「へぇぇ」「ほぉぉ」って情報がわかるよ。
知らないことを教えてくれるのが気持ちいい。
だって、せっかくこの星に何億人もいるんだからさ、
ちょっとはどんな国があるのか、知りたいじゃないですか。
じゃないですか。
その国の知らなかった顔を知るのは楽しいよ。
こういう国があるんだ、行ってみたいなあって思う。
いま行きたいのはイギリスとスウェーデン、
それからドイツかなあ。
ドイツのクリスマス市は有名だよね、行ってみたい。
スウェーデン(スーさん)は外見も内面も、
すごい好みのタイプなので、
どんな国だか、知りたいし、行ってみたい。
ヘタリアのスーさんは無表情で(でも内心はとても表情豊か)、
すっごく頼りになるけど、いざというときのアキラメのよさが異常。
どんな国なんだ、どんな人が住んでるんだ。
行ってみたい。
ヘタリアを読んでいると、いろいろなところへ旅に出たくなります。
まずは第一巻から。ためしに読んでみれば。
基本は四コマくらいの読みきりです。
たまに長いお話もある。
だいたいイタリアがなんかやらかしてますね。
かわいいですね。イタリア、なんか憎めないんだよなあ。

本物のイタリア人ってどういうタイプの人々なんだろう。
イタリア人の友達もほしいな。
いま、わたしは家に閉じこもってなかなか外に出られないから、
積極的に友達を増やせない。
(スカイプって手があるが、そういう友達じゃない)
黒羊男爵家では、いま、親友を募集中。
わたしの虚言癖についてこれて、
ユーモアのセンスがあって、
たいていのことは笑って許せて、
本とマンガが好きな人、国籍を問わず募集中。
って、これ、ほとんど恋人募集じゃない?
まぁ恋人も友人も、似たようなもんだよ。
要するに、気が合えばいいんだよ。
ただ、結婚するかしないかって違いでしょ。
あんまり違わないから、もうこれでいいわ。

てな感じで、なげやりな前向きな感じで、
今回は終わり。
ホラは五割くらいで。
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2011年2月 7日 (月)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――タランと角の王

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = タランと角の王 で。


ロイド・アリグザンダー様のプリデイン物語シリーズですね。
名作です。
個人的には、指輪物語 と並ぶレベルのファンタジーだと思ってる。

思い込みによるストーリー紹介。
主人公・タランはくさっていた。
タランは冒険したい年頃の男の子。
なのに、養い親のところでやらせてもらえるのは
農作業ばかり。
こんなんじゃやってられないよ、というタランに、
農作業の師匠が「じゃあ、おまえにも立派な役職をやろう」と
つけた役職名が「豚飼育補佐」。
(豚飼育補佐て! ある意味、大人ってひどいな)
ところが、情勢が変わり、
豚飼育補佐・タランは本物の戦争に巻きこまれてしまう。
邪悪な闇の軍勢との戦争だ。
冒険はしたい年頃だが、
普通の少年でしかない豚飼育補佐は
どこまで頑張れるのか。
どこまで昇ることができるのか。
がんばれ、豚飼育補佐――って話。

一冊を通じて、タランの成長ぶりがわかる物語。
最終的には、タランは自分が忌々しいと思っていた
平和な農場の価値がわかるようになる。
血を血で洗うような、残虐な本物の戦闘を経験して、
農場の美しさと尊さがわかるようになる。
同時に、帰ってきたとき、冒険前よりも故郷の農場が
小さく感じられてとまどう。
自分が成長したから、
小さく見えるようになっちゃったんですね。
このあたりの描写も、細かくて丁寧です。
ああ、タランが成長したんだなあって実感できます。

この本は、小学校高学年から中学生くらいの男の子に
読ませたい本だな。冒険したい年頃に読ませたい。
冒険したい心はわかる。
わたしもそうだった。
冒険が悪いとは言わぬ。
実際、冒険しないとわからないものもある。
たとえば、一般的な日常にも、とても価値があるのだ。
現実問題、世界で日本みたいな平和な日常を送ってる国は少ない。
その価値がわからないのは、悲しいよな。
その価値を知るために、冒険をしてみてもいいと思う。
多少のムチャはありでしょ。

ただ、現代日本では冒険の機会があまりないね。
邪悪な魔王とかいないんでね。
でも、タランとは違う意味の冒険なら、日本でできると思います。
つまり成長するような経験ってこと。
これならなにか事件があれば、日常的にできるよね。
友達の転校でも、親の夫婦喧嘩でも、捨て犬の飼い主探しでも、
経験値があがれば、冒険です。
で、冒険するときにはひとりじゃないほうがいい。
素敵な仲間と一緒がいいよな。
指輪物語 だって、最初の副題は「旅の仲間」でしょ。
あれだって、フロド一人旅だったら、話が成立しないよ。
たぶん早々とフロドが死んじゃって、それで終わり。
冒険するとき、仲間って大事。
いい仲間と友達でいられるといいですね。

プリデイン物語には魅力的な仲間・脇役が
何人も出てきますが、
わたしが大好きなのは、フルダー・フラム。
彼は小さな王国の王様なんですが、吟遊詩人にあこがれて、
王国を飛び出して放浪中。
ちゃんと歌も歌ったりしますが、
問題なのは、彼の虚言癖。
そう、フルダーには物事を拡大して表現してしまうという癖があり、
虚言を発するたびに、抱えてる竪琴の糸が切れる。
彼の竪琴は真実(まこと)の竪琴といい、
持ち主の虚言に反応して糸が切れてしまうのだ。
つまり虚言だったということが、周囲にバレバレ。
恐ろしい竪琴ですね。リトマス試験紙みたいな楽器ですね。
たぶん、わたしが持っていても、糸が切れまくりですね。
フルダーの苦労が他人事とは思えない。
真実というのは、難しいもんです。
つらい真実には、表現を和らげた虚言を
混ぜたほうがいい場合もあると思いますが、
竪琴はそんなこと、気にしません。
フルダーが表現に苦悩するデリケートな問題でも、
ブッツンブッツン、糸が切れます。
いや、物としては、とてもいい竪琴なんですよ。
この竪琴で奏でられる調べはいいし。
ただ、持ち主との相性にちょっと問題があるんですな。
シリーズの最終巻で、最終的に、
この竪琴はすごくいい味を出して終わるのですが、
フルダーはちょっとさびしそうだった。
そうだよね、いわばフルダーがボケで
竪琴がツッコミのような感じだからね。
フルダーと竪琴は、いいボケとツッコミです。

このプリデイン物語シリーズを読み進んでいくと、
フルダーの相棒になる巨大猫が出てきます。
このニャンコがかわいいのだ。
フルダーの曲が大好きで、
フルダーのあとについて回る。
ナルニア のリーピチープと並ぶくらい、
わたしはこの巨大猫が好きですね。
ホント、ナルニア の次はプリデイン物語を
映画化してくれないかなあ。
いいと思うんだけどなあ。

あのねえ、いいファンタジーって本当にあるよ。
たくさんあるよ。
ナルニア や 指輪物語 だって抜きん出て
いいファンタジーだけど、
ほかにもたくさん、たくさん、「これは読んどけ」って
ファンタジーがあります。
今回とりあげた プリデイン物語 もそうだし、
砂の妖精 とか、ふしぎな虫たちの国 とか、
喜びの箱 とか、ニルスのふしぎな旅 とか、
もちろん、モモ と はてしない物語 もそうだ。
本棚を調べなくてもこれくらいは名前が出てくる。
本棚を調べたら、もっと出てくるよ。
経験値があがる=冒険なら、
究極的には 運命的な一冊にめぐりあう ってのも冒険だと思う。
その読書体験で、今後の人生が変わるなら、
それはもう冒険ですね。
ただやっぱり冒険はひとりじゃねぇ~。仲間がいないとな~。
読書はそういう意味では、ちょっとさびしいかも。
あ、それだったら、その本読んだあとに、
友達に本を貸すといいよ。読書体験を共有するといいよ。
で、みんなでその本についてああだこうだ話し合う。
これは楽しいです。お勧めです。
やってみれば。

今日はホラ三割くらいですかね。半分くらいは真実かな。
いつもよりホラが少ない感じだ。
でもフルダーの竪琴は1%でも虚言が入ると、
糸が切れます。
だから、今日のブログでもやっぱり、糸は切れると思います。
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2011年2月 6日 (日)

寝込んでいたわたし。バレンタインの買出しを約束することに。

節分の日の深夜から、ずっと寝込んでました。
なにもかも執事が悪い。逃げる鬼役の執事が悪い。
執事が邸内をどこまでも逃げるから、
豆をまくわたしもどこまでも追いかけねばならず、
わたしはここ数年で一番走りました。
結果、筋肉痛と全身のだるさ、腹痛、頭痛に見舞われ、
寝込んでました。

そんなところへ、女友達から連絡が。
「ひさしぶり。ねぇ、黒ちゃんってチョコ詳しいよね」
「それなりに。デパート系のメインどころは全部食べたが」
※黒ちゃんとは「わたし」のことだ。
※実はわたしはチョコにうるさく、
 デパートでこの季節にコーナーを作るような
 ブランドはほぼ食べたことがある。ホントに。
※チョコを食べ過ぎて寝込んだこともある。

彼女は言う。
「すっごくおいしくて、他人が知らないブランドのチョコない?
彼氏にチョコをあげたいんだけど、
有名ブランドだといかにも、って感じでしょ?
手作りって感じでもないの。大人の男性向きがいいの。
違いがわかる女というところをアピールしたいから、
知る人ぞ知るってチョコがいいんだ」
「あー、なるほど。普通にピ●●●●●●●あげても、
ブランドチェックしてる高級志向の女って感じだもんな。
頑張ってるけど、頑張りは買うけど、珍しくはない」
「でしょでしょ。だから、お勧めを、お勧めのブランドを教えて」
「タダじゃイヤだ」
わたしは言った。
そう、いまのわたしは女性の助けを必要としているのだ。
バレンタインのケーキ用材料の買出し。
それには女性に同行してもらわないと困るのだよ!
「教えてあげるから、バレンタインの買出しに付き合ってくれ」
「買出し? なんで? 自分用に?」
「違う! ちーがーう! これにはよんどころのない事情があってだな」
わたしは正月から抱えている、
おばあさまの無茶苦茶な要求の話をした。熱く話した。
誰も聞いてくれない話だったので、感極まって、
途中で涙が出た。鼻水も出た。
「と、いうわけなんだよ、ズズッ」
「わかった、わかったわよ。一緒に行くわ」
彼女は不思議そうに了解してくれた。
「孫の作ったチョコレートケーキ(大ハート型(死))がほしいなんて、
あんたのおばあさん、変わってるわねぇ~」
「変わっている、などという一言ですむ問題ではない!」
思わず、わたしはギレン・ザビ口調になってしまった。
「はいはい、じゃあ、一緒に行ってあげるから、
ブランド教えて」
わたしはアドバイスする。
「ルメトルというベルギーのチョコレートメーカーがある。
ここのフレークトリュフが、わたしは一番好きだ。
これを勧める。あまり人は知らないし。
たぶん今は通販じゃないと入手できないんじゃないかな。
いますぐググれ」
「いくらくらいなの? 正直、あまり予算が」
「一箱六百円未満」
(2010/02/07調べ。楽天ですが、簡単にググッただけですが、
六百円いかないのもあるね。)
「六百円? え、そんなに安いの?
ゴ●●●のトリュフが二粒買えるかどうかじゃない。
大丈夫?」
「だが、うまい」
わたしは断言した。
「口触りはサクサクしっとりで、
舌の上でさっととろけてなくなる食感、
ちょうどいい甘さ、
いくつでも食べられてしまう、魔法のようなトリュフなのだ。
こんな直球でおいしさに特徴があるトリュフは珍しい」
「そんなにおいしいの?」
「間違いない。レ●●●●、レ●●●●、テ●●●●、
ロ●●●、デ●●、ル●●●●●●● その他、
数年にわたり、国内外の二十以上のブランド、
メーカーのトリュフを食べ比べた結果、わたしの結論は、ルメトルだ」
もちろん、人には好みがあるので、わたしがいいから
みんながいいとは限らない。
だが、もし「お勧めは?」と訊かれたら、
良心に恥じずに「ルメトル」と即答できる。
値段も良心的だし、値段以上においしい。
「今年の流行は、デコチョコと詰めチョコ、
あと数年来の流れで友チョコがあるが、
大人の女性が大人の男性にあげるのなら、
しかも舌の肥えた、年上の男性にあげるのなら、
ブランドではなく、味で選べ。
なんなら、事前に自分用に買って食べてみて、
納得したら贈ったらいい。値段的に可能だろう」
「そうね、そうしようかな」
彼女は納得した。
「ありがとう。じゃあ二月十二日に買出しに付き合えばいいんだよね」
「よろしく頼む」
「じゃあまたね」
「また」

さて、これでわたしは一歩進んでしまった。
十二日に彼女と材料を買出しして、
十三日にはチョコレートケーキの仕込みを
しなければならない。
(わたしが作るチョコレートケーキは
 一晩寝かせたほうがおいしいのだ)
そして十四日の午前は箱根、午後は自宅でチョコだ。
あああ……。
バレンタインを作った人なんて、
みんな死ねばいいのに(真顔)。
というか、もうみんな死んでいるかもしれないけど。



以上、ホラ五割で。ルメトルのところは本当です。
ためしに食べてみて損はないよ。
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2011年2月 5日 (土)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――紅茶王子

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 紅茶王子 で。


前回の グリーン・ウッド から白泉社つながりで。
わたしが思うに、貴族というのは、
英国(イギリスではなく、あえて英国)系とフランス系がある。
紅茶は英国系のたしなみ。(フランス系はワインだよな)
ちなみにわたしは英国系。お茶が大好き。
ダージリンだったら、アリヤとかジエルをシーズンごとに、
アッサムだったら、シロニバリとかディクサムとかを
アフタヌーンティーで楽しむ。
だから、わたしのところにも紅茶王子が出てくればいいのにな。

あらよっと言う感じのストーリー紹介。
満月の夜に月を紅茶に落とすと、紅茶の妖精が現れる――。
そんな伝説を実行してみたお茶同好会。
そしたら、本当に妖精が出てきたよ!
妖精の名前は紅茶王子。(紅茶王女もいる)
紅茶王子は願いを三つかなえてくるまでは、
一緒にいてくれるのだ。
さあ、お茶同好会の面々はどんな願いを願うのか――って話。

いろんな紅茶王子・紅茶王女が出てくるのが楽しい。
紅茶について、コアな話や入門的な話も
話の途中途中で入っていて、わかりやすい。
このマンガ読んでると、紅茶が飲みたくなること間違いなし。
またおいしそうなお茶菓子食べながら、お茶を飲んでるんだよ、
主人公たちが。
うらやましい。わたしの
「とびきりおいしいスイーツが作れる黒い執事がほしい」願望に
拍車がかかります。いないかなあ、そういう執事。来てほしいなあ。

ちなみに、わたしもアールグレイホットで飲むの好きですね。
ホットのアールグレイのミルクティーはむちゃくちゃうまいよ!
お勧めです。なんかね、いい香りがして、ほのかに甘くなるんだ。
アールグレイ=アイスティーだけじゃもったいないよな。
こういう飲み方じゃなきゃって決めつけるのは損だよ。人生と同じ。
紅茶王子来てくれるんなら、やっぱダージリンのアリヤかジエルだなあ。
アリヤはアッサムのお母さんだから、人間か。
ジエルのほうが若々しいイメージはある。
じゃあ、ジエル来てくれないかな、ジエル。

でも実際のところ、三つの願い、といわれても、
願いがあんまりない。
基本的に、やりたいように生きているので。
(本能に忠実)
そうだな、ええと、うーんと、ああ、
アマゾンで無制限に本とマンガが買える権利がほしいな!
あとなんだろ、あ、病気関係かなあ。
でもこれ、別にあんまり気にしてないから、
優先度低いな。アマゾンのほうが先だな。
他になにかあるかなあ……。
あ、あと、英語がネイティブ並みに話せてわかって書けるようにしてくれ。
以上で、三つの願い事ですかね。
病気以外は、自分の努力でかなう願い事ですね。
つーことは、別に紅茶王子に頼む必要はないですね。
努力でかなわない願い事かぁ……。
夢ならあるけど、でも夢って自分でかなえるもんじゃないの。
他人に頼んでいいのかな。
そこらへんわかりません。
三つの願い事、と簡単に言っても意外と深いですね。

みなさんは三つの願い事といわれたら、
どんなことを願いますか。
わたしが願い事をするときに気をつけるのは、
・他人を変えない
 →好きになってほしいとか、自分に都合よく他人を変えない。
・永遠のことではない
 →自分の寿命以内で終わることを願う。
くらいかなあ。
あーそうだな、病気なんて治らなくてもいいから、
シベリアトラ・ベンガルトラの保護活動に五億円あげてほしい。
トラが好きなんだ、わたしは。
五億あったら、トラも絶滅しないで済むだろう。
足りないかなあ?

今日のところは、こんな感じで、
最後、「紅茶王子と関係ねーじゃねーかよ」的な終わりで。
節分ではりきって鬼役の執事を追いかけて豆をまきすぎて、
疲労困憊で寝込んでました。
(※「今日は節分だ。鬼はあっちに行け! そして二度と帰ってくるな。」(2/3の日記参照))
アホですね。
なので、今日はちょっとエネルギーがない感じで。

ああそうだ、わたしも銀河英雄伝説のヤンと一緒で、
家に来たお客様が「コーヒーありますか」と言うと、
喜んで紅茶出しますね。紅茶を飲め。
紅茶のよさを普及したいと思います。
今日はホラ三割くらいでした。
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2011年2月 3日 (木)

今日は節分だ。鬼はあっちに行け! そして二度と帰ってくるな。

本日は節分である。
これから恵方巻を食べねばならん。

それから豆まき。手持ちに小さな豆がなかったんで、
ピーナッツを固い殻ごとまとめて鬼に投げつけるという
鬼のような所業をする。
「ご主人様、ご主人様っ」
「ええい、ご主人様じゃないわ。おまえなんか知らんわ。
鬼め、鬼め」
わたしは執事にピーナッツの塊を本気で叩きつける。
「おまえが鬼なんだ! わたしの人生を絶望のどん底に
陥れやがって、この鬼!」
もちろん、この発言の念頭には、婚約者のことがある。
バレンタインのことがある。
こいつが婚約者に連絡しなかったら、
ケーキ作るだけですんだのに。
劇物を食べるなどという、地獄の修行をしなくてすんだのに。
「鬼ィ! 鬼ィ!」
にげまどう執事と、鬼の形相で豆をなげるわたし。
どっちが鬼かわからない。
「ちょっと、ちょっとご主人様、執事もいい年なんで、
あまり無理をさせるのは」
家令のギルバートが部下をかばった。
わたしは目を光らせて振りかえる。手にはピーナッツを握りしめている。
「なに、おまえも鬼の仲間か?」
「いえ、どうぞご存分に」
家令のアンリはあっさり引き下がった。
世渡りがうまいヤツだな。
(わたしは家令の名前を覚えていないので
 毎回名前は違う)
(ちなみに家令とは執事の上に立つ、召使のトップ)
「鬼イィィはァア外オォ!!」
わたしの絶叫が屋敷に響き渡る。
今日はあと四時間ほど、日付が変わる二十四時まで豆をまく予定だ。
屋敷を舞台に、わたしと執事の戦いが繰り広げられる。
血を豆で洗うバトル・ロワイヤルはまだ始まったばかりだ。



以上、ホラ七割強くらいで。
殻ごとのピーナッツを当てられるとマジで痛いみたいよ。
ま、わたしは当てる側なんでそんなん知らんがな。
このうらみ、はらさでおくべきかー!
血祭りにあげたるわァ!

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この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ちょっとピンぼけ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ちょっとピンぼけ で。


え? なんの本かわからない?
誰の本かって?
知らんのか、ホンマに知らんのか。
ロバート・キャパの名作ですよ。
キャパは元祖戦場カメラマン、
死ぬまで戦場カメラマンだった男です。
彼は、本当に、真実をどこまでも求めた男だった。

ちょっとピンぼけ はある有名な一文から始まります。
「もはや、朝になっても、起上る必要はまったくなかった。」
(文春文庫・ちょっとピンぼけ より)
この一文、たぶん、中島敦の山月記の冒頭と同じくらい、
有名だと(勝手に)思ってる。
だから世界中で有名だと思ってるのは、わたしだけかも。
いいんです、有名なんです。
そういうことになってるのだ。わたしの世界では。
ちょっとピンぼけ はキャパが書き下ろした従軍記である。
ストーリーはほぼ世界史の動きどおりなので、
ここでは割愛する。とにかく、キャパは戦争という戦争に自ら突入し、
記録していったのだ。

ええと、最近、ちまたで戦場カメラマンという方が
何人かいらっしゃいますが、
ロバート・キャパは元祖です。
どれくらい元祖かというと、1933年からカメラマンでした。
ちなみに、カメラが発明されたのは十九世紀、
1925年にあの有名なカメラメーカー、ライカが
初の量産型カメラを出しとる。
その八年後には、キャパはカメラマンでした。
それも戦場の。

彼の戦歴は凄まじいもので、
コペンハーゲンの国際反戦会議に始まり、
スペイン内乱、
日本軍の中国侵略、
第二次世界大戦、
仏印戦争と、
彼の人生を追えば、ほとんど
近代史が出来上がってしまうくらいすごい。
なにが彼をして、そこまで戦場に駆りたてたのだろうか。
単なる功名心ではない。
彼には、命がけで訴えたい事があったのだ。
わたしはそう思うのだ。

彼が、写真で、文章で伝えたかったこととは、
なんだろうか。
本書の中で、井上氏がこう述べている。
「戦争の残虐と非情を誰よりも憎み、
それ故に誰よりも身近に戦争を凝視しつづけて来たキャパ」(抜粋)
彼は好戦的な人間ではなかった。
攻撃的な人間でもなかった。
ちょっとピンぼけ を読むと、
どちらかというと、普通の、
むしろ傷つきやすいくらい繊細な人間だった。
そんな彼がなぜ、戦場などという非情な場所に
身を置きつづけたのか。
それは彼が、本当に戦争を憎み、
自分にできることを最大限に行っていたからだろう。
自分にできること――真実を報道すること。
「自分にできること」と言うのは簡単だが、
行うのは難しい。
日常の中で、いったいどれだけ、人は最善を
尽くせるだろうか。
できることですら、自ら進んでやりたがらない。
やらないで済むなら、しない。
そのパターンが多いのではないか。
すくなくとも、わたしはそうだ。
だが、彼は自身の責務を果たした。最善を尽くした。
地雷に触れて死ぬときも、
彼はがっちりとカメラをつかんで離さなかったそうだ。
ここに、ある人間の、崇高な人間の姿がある。

人間は間違えることが多い。
何万人も殺す戦争すら始めてしまう。始める人間がいる。
だが一方で、戦争と戦う人間がいる。
愚かな人間、誤る人間がいる一方で、
崇高な、正しい人間もいるのだ。
彼のような生き方は、暗い底に降る白い光のようなものだ。
ああそうだ、人間は捨てたもんじゃない。
希望はぜんぜんないわけじゃない。
いつだって、いつでも、彼のようなひとが、
人類をよい方向へ持っていこうと努力してくれるのだ。
だったら、希望はあるじゃないか。
努力する意味があるじゃないか。
味方がひとりもいないなんてことはない。
絶対に、誰か、彼のような人が味方になってくれる。
わたしはそう思う。
別に、戦場に立てというわけではない。
普通人に、キャパのようなことはできない。
だが、キャパの志のようなもの、
彼が訴えたかったものを共有することはできる。
受け継いでいくことはできる。
この本を読めばわかる。

「普通人」が「普通」でいられるのは、誰かが努力して、
物事をよい方向へ持っていこうとしているからだ。
マイナスへ行かないでいられるのは、
誰かが努力しているからだ。
その努力は、あるときは戦場の写真かもしれず、
あるときは、空き瓶のリサイクル活動かもしれず、
またあるときは捨て猫保護のボランティアかもしれない。
どんな要素が混ざっているかはわからない。
でも、誰かがなにかをしている。最善を尽くしている。
だから、「現在」があるのだ。
それがわかったのなら、マイナスに行きたくないのなら、
自分も、なんらかの方法で最善を尽くすべきだ。
方法はなんでもいい。
でも、プラスの方向へ最善の努力だ。
それが積みあがって、「日本の現在」「世界の現在」がある。

わたしの最善の努力は、WWFへの協力であり、
ブログであり、日々の行いである。
最善といっても、たいしたことはできない。
キャパのように、おおやけに大きく問いかけることはできない。
だから、小さなものを積む。
小さなものを、できるだけたくさん、拾える限り、拾う。
ゴミを分別する。
電気をこまめに消す。
協力できるボランティアがないか、捨て猫サークルのサイトを回る。
野鳥のためにミカンを木に刺す。
お小遣いから募金する。
たくさんと言ってもたかがしれている。非力である。
だが、無ではない。そう思う。
キャパと一度話してみたかったな。
「あなたはどんな未来を望んでいましたか」
キャパに訊いてみたい。きっとキャパは言うのだろう、
「戦争のない未来さ――」
キャパの望みをかなえるのは、わたしたちだ。

以上、今回は非常に、ヒッジョーに真面目に話しました。
ええホント真面目に。ホラはほんの二割程度で。
ほんの二十パーセントほど、ホラが混ざってますな。
八割が真実なら、ほぼ全部真実ってことでいいんじゃないの。
ダメ? あ、ダメ? じゃあしょうがないね。
ええと、ホラだそうです。判定はホラだそうです。残念。
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2011年2月 1日 (火)

二月になりました(涙)。

永遠に一月でいてほしいというわたしの願いをブッちぎって、
時はついに二月になってしまった。
二月になってしまいました。

ここで一度、事態の整理をしたいと思います。
訪れてしまうかもしれない人生の終焉に対しての
整理です。
これが本当の身辺整理。

そもそもの発端は、
正月におばあさまのところへ挨拶へ行ったことでした。
その際、お年賀という献上品を持っていかねばならんのですが、
なにがどう気になるのか、おばあさまからのオーダーは
「手作りシフォンケーキ」でした。
わたしは悪戦苦闘の結果(三回も作ったよ)、
どうにか完成品を上納することができました。
ある意味、それがまずかった。
そのケーキは、おいしかったのです。
おばあさまは言いました。
「ちょうどバレンタインもあるし、
今度はチョコレートケーキ(ハート型)を持ってきなさい――」
なぜ。
なぜ、孫が祖母にチョコレートケーキ(大ハート型(死))を
献上せねばならんのですか。
わかりません。
わたしには、あの人の考えることは永遠にわかりません。
わかりませんが、作るしかありません。
逆らう、という選択肢はありえないのです。
というわけで、わたしにとって今年のバレンタインは、
「ブルー」を通り越して、「バイオレット」、
いや「バイオレット」通り越して「ブラック」なものになりました。

上記だけなら、まだよかった。
さらにもうひとつ、問題が浮上しました。
ウチのクソ真面目な執事が、
わたしに婚約者がいる、という事実を思い出してしまいました。
思い出すどころか、
婚約者がわたし宛にチョコを持ってくることに
協力してしまいました。
わたしの予定を押さえてしまいました。
わたしの婚約者は、こ、婚約者は、いろいろな意味で、破滅的なのです。
料理の腕とか、料理の腕とか、料理の腕とか。
あと、料理の腕とか。
彼女が熱心に作成した「自称料理・他称毒物」で、
倒れた人間は数え切れません。
なにが悪いといって、彼女自身は「お料理大好き」なんです。
致命的です。
たとえて言うなら、執事から彼女への連絡は、滅亡的なキラーパスでした。
ゴールキーパ-をぶっ飛ばし、
全イレブンを地面にはいつくばらせるような、
試合が無効試合になってしまうような、
そんなパスでした。
もちろん、わたしも絶望のあまり地を這いました。
去年、去年のバレンタインの記憶がよみがえります。
いえ、よみがえりません。
わたしは忘れたんだ、わたしはあの悲劇を忘れたんだ。
うん、脳から消したはずだ。
あれはなかったことなんだ。
なのになんで、身体が震えるんだろう。
アハハ、おかしいなあ……。

こんな感じで、バレンタインまで、あと十四日。
前門におばあさま、後門に婚約者を抱えて、
わたしは、無事に二月十五日の朝を迎えることができるのでしょうか。
もしかしたら、今年二回目の緊急搬送になるかも。
我が家の庭に訪れる小鳥たちに、わたしは話しかけます。
小鳥さん、小鳥さん、ぼくにも翼があったらなあ――。
アハハ、ウフフ。
そしたら、ぼくもお空を飛ぶのになあ。
飛んで、逃げていくのになあ。

バレンタインチョコは、もらえばいいってもんじゃないよ。
劇物をもらっても寿命が縮むだけでしょ。
やっぱ、かわいい女の子のおいしい手作りがいいよ。
ううん、もうそんな贅沢は言わない。
おいしい、既製品でいいです。板チョコでいいです。
なんならチロルチョコ一個でもいいです。
いいや、もうチョコすらいらない。
わたしのことは忘れてください。
もういなかったことにしてください。
捜さないでください。

こんな感じに、心の身辺整理は終わりました。
最後のほう、もう、ほぼ絶叫ですね。
心の叫びです。
どこにも届かないけどな。ウフフ。



以上、ホラ七割~八割で。
真実が1%でも含まれているってことが、むしろ驚き。
いったいわたしはどうなってしまうのでしょうか。
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