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2011年1月15日 (土)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ヒカルの碁

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ヒカルの碁 で。

言わずと知れた名作だ。
どうだろう、わたしは佐為編で終わってたら、
マンガの終わり方として、
モア・ビューティフルだったと思ってる。
ただ、ファンとしては、一日でも長く
連載を続けて欲しいとも思ってた。
矛盾するこの思いが苦しい。
苦しいな。

以下、思い入れ過多による、あいまいなストーリー紹介。
おじいちゃんの蔵で古い碁盤を発見した
主人公・ヒカルは碁盤に宿ってた幽霊・佐為にとりつかれる。
佐為は囲碁の達人(ほぼ神)。
ヒカルはライバル・アキラとの出会いや佐為の導きで
囲碁を始め、努力して才能を磨き、プロになる。
でもそのとき、
佐為が存在できる時間はもうなくなっていて――って話。

わたしは、ヒカルのライバル役の塔矢アキラが、
すごく好きだった。
アキラは名人の息子で、
小さなころから囲碁につかりっぱなしの
囲碁一筋の子。
囲碁に真摯なアキラは初め、
ヒカルのうわっついた態度を嫌悪するが、
ヒカル(→このとき実際にうっていたのは佐為)の
碁にひきつけられて、ヒカルをライバル視するようになる。
アキラは、本当に、囲碁に一生懸命な子。
ヒカルとアキラのライバル関係の変化も
読んでいて とても楽しかった。
彼らは何度か直接衝突し、やりあうのだが、
もうそれがものすごく楽しい。(←野次馬として)
アキラが「ふざけるな!」というたびに
転げまわって喜んでいたわたし。
ヒカルの碁 は、ヒカル、アキラ、佐為の三人を
軸にした物語だが、
全員がやっぱりとても真面目なんだと思う。
囲碁に対して、人生に対して、
生命というものに対して、真摯。
特に佐為はもう幽霊だから、身体を持っていない。
だから逆に、囲碁に対してものすごく真摯。
囲碁だけが彼にとって、命綱のようなもの。
けれど、時がすぎると、囲碁だけが大好きだった彼が、
とりついているヒカルをとてもいつくしむようになる。
終わりのほうとか、本当は、
佐為にとって、ヒカルは囲碁と並ぶくらい、
大切なものだったんじゃないだろうか。

佐為の生き方について話し始めると、
このブログ、終わらない。
思い入れをはしょりながら、下記にまとめます。
そもそも、佐為は本当に生きていたころ(平安時代?)、
囲碁でズルをされて汚名を着せられ、
一度、入水自殺をするのです。
わたし的には、
自分が悪くないのに、死ぬ必要ねえだろ、
生きて いつの日か相手をぶちのめせと思うが、
佐為はきっと、自分がとても大切にしている囲碁が
汚されたように感じたんだろうね。
でも自殺っていう結論は正しかったのかな。
これはずっとずっと後、佐為がヒカルにとりついて、
ヒカルが囲碁のプロへの道を歩んだときに、
佐為自身が自問します。
「わたしに身体があれば――」。
身体がある幸せ。
佐為は一度、自分で自分を投げてしまった。
そのことを、佐為はきっと悔やんだんだね。
けど、佐為の囲碁への思いはとても強くて、
自殺なんかじゃ殺せなかった。
だから、佐為は碁盤に宿って、
ヒカルの身体にもぐりこむ。
もう一度、もう一度、囲碁をうちたい。
その一心で、善も悪もなく、ヒカルに懇願する。
わたしに、囲碁を、うたせてください。
皮肉なもので、
初めは佐為が主導でやっていた囲碁に、
ヒカルが目覚め、プロになるほど上達する。
最後には、佐為が見逃していた一手すら見つけるほどに
ヒカルは囲碁の才能を開花させる。
佐為は自分がヒカルを開花させるために
幽霊という不完全な状態で今まで存在したのだと悟り、
残り時間がわずかなことを知る。
佐為は自殺をして、本当は、
佐為の意志はそこで終わるはずだった。
でもなんの運命の悪戯か、
佐為の意志はヒカルへ受け継がれた。
自分の不遇な人生で、
誰にも知られずにいなくなるはずだった生命で、
最後の最後に、自分の意志を受け継いでくれる者がいた。
そしたら、佐為はその存在をいとおしく思うと思う。
身体を持つ・生きているヒカルに対して
これからも囲碁がうてるのがうらやましい、という
嫉妬があったにせよ、
愛情もあったと思うのです。
佐為の人生は一度は間違ってしまったけど、
でも、ちゃんと終わった。
ちゃんと、佐為自身にとって正しい終わり方で終わった。
そしたら、かれはもう幽霊じゃないよね。
もう、消えてしまうよね。
せつないけどね。

佐為を失ったヒカルの喪失感は
想像を絶するものがあったと思う。
佐為がヒカルを思うように、
ヒカルも佐為を思っていた。
深さや表出が違うにせよ、
ヒカルも佐為を大事に思っていた。
なんというか、
ヒカル、佐為、アキラの三人の関係は
一種、三角関係というか、
とても微妙で壊れやすいものだった気がする。
でも、佐為がいなくなっても、
自分の中に佐為の囲碁を再発見したヒカルは、
もうひとりで立てるようになっていた。
立って、戦えるようになっていた。
アキラがヒカルの進歩を待っていてくれたのが嬉しい。
これから先は、もう、物語がなくなって、
連載が終わっても、どうなるかわかる。
だって、「ヒカルの碁」でしょ?
ヒカルとアキラはずっとライバルで、戦っていくよね。
佐為の意志はずっと受け継がれていくよね。
そう思った。
わたしは佐為編の最後で、泣けてきましたよ。
最後に、たった一度だけ、
いなくなった佐為がヒカルの夢に出てきて、微笑む。
その微笑がとてもきれいで、たのしそうで、満足そうで、
わたしはよかったなと思いつつ、
ヒカルとともに涙腺が崩壊。
もう二度と会えない。でもココにいるよ――。
人間はこうやって、生命をつないでいくのだなあと思った。

以上、わたしによるとてもとても長い、
佐為とヒカルとアキラについての語りでした。
ああ、すっきりした。自己満足。
たぶん、わたしと同じか、わたし以上に
ヒカルの碁に思い入れている人が
全国に十五万人はいるはず(当社独自推定)。
十五万人の同志たちに思いきり話せて満足だ。
ホラは二割くらい。やっぱ自分を美化してますね。
わたしはそんなにイイヒトではないのでね。
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