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2011年1月

2011年1月31日 (月)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ここはグリーン・ウッド

以下、ネタバレをふくむので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ここはグリーン・ウッド で。


少女マンガですが、姉貴のマンガを
盗み読みしていたのが懐かしい。
いま見ても笑えるので、取り上げました。

ピョロッとしたストーリー紹介。
主人公・蓮川少年は高校から男子寮に入ることに。
しかし、その寮では恐るべきメンツが、
彼を待ち構えていた。
もう入居初日でいきなり騙され、
賭けのカモにされる蓮川。
蓮川を騙し、おちょくる寮長・池田と
生徒会長・手塚と同居人・如月。
この悪魔の三人に関わってしまった蓮川には、
平穏な学生生活など望んでもムダであった――って話。

もしわたしが蓮川だったら、学校案内で
寮の名前が「緑林寮」だと知った瞬間から、
警戒警報レベル5ですね。パトランプ回りっぱなし。
だって、「緑林」って水滸伝に出てくる、あの「緑林」でしょ。
盗賊というか、山賊ってことでしょ。
まともなネーミングセンスじゃねえよ。
そんな名前、つけられるような寮、異常に決まってるだろ。
どんな人間が入寮してるか、わかるだろ。
平穏な寮生活が送れるわけがない。

うん、やっぱり入寮していたのは、
顔面修復が意志で可能な異常人とか(池田)
空気を凍らせる恐怖の大魔王とか(手塚)、
男子には絶対見えない美少女(男子)とか(如月)
バイクと一緒に住んでる先輩とか、
自室でゲームセンター開いてるやつとか、
もう、ろくなもんじゃない。
でも、わたしはみんな大好きでした。
いまでも大好きだ。池田&手塚。
このふたりはそれぞれのアクが強いくせに、
(周囲にとって迷惑なことに)とっても仲良し。
わたしは、ガキ大将で実はイイやつな池田よりも、
実の兄すら家から追い出してしまった手塚が好きでしたね。
有能で、実力あって、プライド高くて、怜悧な、
こういうタイプが好みなんで。
一生孤高を貫くような、『白い巨塔』に出てきそうな、
手塚がすごく好きでした。
手塚について語り始めると長いです。

正直、手塚みたいなひとは、なかなか幸せにはなれないけど、
わたしは、幸せになってほしかったな。
だから、池田がずっと(大学も)手塚と一緒に住むつもりだと
わかったときは、なんだかホッとしました。
手塚は頭がいいし、他人に弱みや
尻尾を捕まれるような人間じゃないんだけど、
絶対、世渡りで損をするタイプじゃないから、
心配なんてする必要ないんだけど、
でも、手塚には、池田が必要でした。
永遠じゃなくてもいい、しばらくの間。
池田はそのことがわかってました。
手塚が本当は、自分の望みなんてなにも持ってなくて、
手塚に押しつけられたすごい将来は偉い親が決めたことで、
手塚自身を、『ただの少年』として
見てくれる人は誰もいなかったってこと、
池田はわかってました。

手塚は凍えていました。でも、彼自身すら、
凍えているということを認めなかった。
なぜなら、手塚の世渡りは失敗したことがなかったからです。
もし失敗したら、
「ああ、やっぱり自分は間違っていた」って思えたのに、
皮肉なことに、彼の世渡りは一度も失敗したことがなかった。
だから、自分は正しいと思わざるをえない。
本当は、手塚は誰かに、おまえ間違っているよ、と言ってほしかった。
手塚にそれを言ったのは、池田でした。
池田だけでした。
おまえも間違いを起こす人間だ。人間なんだ。
だから幸せになる権利があるんだ。
そう言ったのは、池田だけでした。

なんつーか、池田と手塚は、正しい親友だと思います。
ふたりとも癖があって、個性が強くて、
並び立つのは難しそうなんだけど、
相手に対して自分が欠くことができない存在だとわかってる。
相手に対して、並び立つことができるのは、
自分だけだってわかってる。
ただの仲良しじゃない。上っ面だけの絆じゃない。
あの冷血鉄面皮な手塚に、
自分と並ぶ、と認めさせた池田はすごい。
池田は器の大きな男です。
池田を受け入れた手塚も、きっと小さなころとは
変わったんだけど、
やっぱりガキ大将・池田の突破力がすごかったんだね。
だから、ふたりは無二の親友です。
蓮川少年にとって、大変大変、迷惑なことに。

卒業して、寮を離れて、大人になったら、
手塚は不幸になるかもしれません。
彼はきっと、世の中で偉い人になるんだろうけど、
でもそんなの彼自身の望みじゃないから、
不幸になるかもしれません。
そのとき、ひとときの思い出でも、
誰かとつながっていた記憶があれば、
不幸が、ふっと軽くなると思います。
わたしは、手塚のことを、
すごく器用だけど死ぬほど不器用だと思ってました。
そういうひとはなかなか幸せになれない。
幸せな記憶を持てない。
だから、初めのころは心配していたけど、
池田が特攻隊のように、手塚の心をこじあけたので、
少し、安心しました。
池田がいれば、池田の記憶があれば、
手塚は大丈夫だ。そう思った。
蓮川には迷惑だろうけど。

さっきからさんざん「蓮川には迷惑」と繰り返してますが、
主人公は蓮川なので、蓮川の視点から見ると、
池田&手塚は悪魔の化身です。魔王です。
池田&手塚は寮長と生徒会長でもあり、
ただでさえ迷惑な性格なのに、
権威があり、強制力を持ってます。
蓮川は全編を通して、二人にいじられまくります。
でもどこにもそのストレスをぶつけられないという、
この苦しさ。かわいそうに。気の毒に。アハハ。
ここはグリーン・ウッド は蓮川に同情しつつ、
蓮川を笑う、というマンガです。(と勝手に思ってる)
魔王たちの企みを楽しむもよし、
魔王たちすら手玉に取られる場合がある
(宇宙人とかも出てくる)のを楽しむもよし、
全編を通じて笑えて、楽しいマンガです。
学校を卒業して、母校がちょっと懐かしいな、と思うときに、
ここはグリーン・ウッド を読んでみるといい。
母校の面影がどこかにあると思います。
学生だったころのバカ騒ぎの欠片が埋まっていると思います。

ちなみに。
手塚にはお兄さんとお姉さんがいて、
お兄さんは家から追放されますが、
お姉さんはけなげに頑張って、
家督を持っていった弟・手塚に復讐しようとします。
何回も。
全部返り討ちにあいますけどね。
ホント、ある意味、お姉さんも蓮川同様、
手塚被害者の会のメンバーなんですけどね。
いや、むしろ被害者の会の会長なんですけどね。
本当に気の毒に。かわいそう。アハハ。アハハハハ。

以上、自分の学生生活も懐かしむ感じで、
ホラ七割で。
なんか自分のことを手塚を気遣う優しい性格みたいに
演出してますが、実際のところ、楽しんでるだけなんで。
ええ、わたしそんなに、いいひとじゃないんで。
単なる、手塚の野次馬です。
手塚と同じ立場だったら、やっぱり蓮川をいじりまくると思います。
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2011年1月30日 (日)

来訪者。(バオーにあらず)

やべえ、一月がもう終わるよ……。
バレンタインにむかって、どんどん憂鬱になっているわたし。
(祖母にはケーキをあげねばならず、
 婚約者からはチョコをもらわねばならない。
 どっちも、たぶん生命がかかってる)
二月なんて来てほしくない。
自分の死期が近づいているようだ。

そんな黙示録的な流れの中、心なごむことも。
一昨日、ちっちゃいころやってたなと思い出して、
庭木にミカンを半分に切ったものをさしてみた。
そしたら、今日、メジロがやってきて、ミカンを食べた(らしい)
証拠のミカン。(ほじった跡がある)

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残念ながら、食べてる途中でミカンが落ちちゃって、
鳥はびっくりして逃げたようだ。
しばらくたてば、また戻ってくるかな。
冬の間は、ミカンをさしておこう。
こんな感じで、ほかの生き物とうまくやってければいいのになあ。
なんだか、心があったかくなる、
翼のある来訪者のお話でした。

ちなみに。「来訪者」って言われたら、
「バオー」だよね?
そう思うのはわたしだけではないわな?
知らない人もいるかもしれないので、
念のため、周知。


わたしは荒木様を崇拝しています。



以上、ホラ0.05割で。
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この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――アンデルセン童話集

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = アンデルセン童話集 で。


たまには古典を振りかえることも重要です。
アンデルセンの童話は優れた作品ですが、
いまどきなかなか取り上げる人もいないと思うので、
今回はこれで。

ストーリー紹介は、するまでもないよね。
人魚姫とか、親指姫とか、裸の王様とか、誰もが知ってる話。
わたしが思うに、アンデルセンのすごいところは、
童話であるにもかかわらず、
アンハッピーエンドの作品を作り、
それが逆に素晴らしい名作になっているところ。
人魚姫のラストは、人魚姫が消えるからいいんです。
せつなくて、悲しいけど、すこし救われる感じ。

ちなみに、ディズ●ー版のリト●マーメイドは
アンデルセンの人魚姫とは、別物です。
わたしはそういう認識。
でも、ちまたで売っている絵本に「人魚姫」って書いてあるから、
知り合いの子どもらは 絵から、人魚姫=リトルマー●イド と考えていて、
親はラストが違うことについて説明するのが大変だそうです。
そりゃそうだよね、ほぼ正反対のオチになってるもんね。
人魚姫読んでて、人魚姫死んじゃったら、
子どもらは悲しむよな。
そしてリトルマーメイ●との落差に悩むよね。
わたしが子どもだったら、納得できんと思うもん。
同じ話なんじゃないのって思うと思う。
なのに、なんでオチが違うのさ。
子どもだったら、そう思うよね。
もうこのあたりは、純然たる『大人の事情』なので、
子どもが納得できなくて当然。
そこらへん、ちょっと問題かなあ。

児童文学はハッピーエンドがいいのか、
アンハッピーエンドは許されるのかって命題は
深い。また、人によって意見もぜんぜん違うだろう。
わたしは、アンハッピーエンドありじゃない? 派。
なぜなら、現実にはアンハッピーエンドが存在するから。
フィクションには1%の真実が含まれていてこそ、
輝きを増すと思うから。
幼稚園の砂場で、上級生に泣かされて、
理不尽なことがこの世にはあるって思った子どもなら、
アンハッピーエンドでも、ちゃんとした筋が通ってたら、
納得して、「こういうお話しもアリなんだ」って思うと思う。
逆に、ハッピーエンドしか知らなくて、
現実で過酷な物事に遭遇したら、そっちのほうが悲劇だよ。
現実逃避したくなるよ。たぶん。
だから、アンハッピーエンドもあり。
もちろん、ハッピーエンドの話もちゃんと読ませてあげてよ。
世の中の過酷な部分ばっかり見せることもない。
ハッピー、アンハッピー、どっちもありえる。
だからどっちも見せる。それがいいと思う。
わたしが勝手に思うに。

たしかに、子供のころ、人魚姫のラストで泣いた。
こんなひどいことあるんかい、
この王子様は人を見る目がない、と思って泣いた。
でもさ、人魚姫って、あのラストだから、
心に残るんじゃない?
人魚姫は空気の精になって、これからは
子どもたちを見守っていくっていうラストだから、
忘れられないんだと思う。
いいラストだよ。ぜんぜん救いがないアンハッピーエンドじゃない。
そういうふうに思うと、やっぱり、
児童文学でもアンハッピーエンドはありかなあ。

わたしは自分がホラを吹くときは、
だいたいハッピーエンドになるようにと思います。
だってそっちのほうが、みんな幸せになるからね。
でも、人の心に残したいホラは、
1%の真実を混ぜて、アンハッピーを演出することもあります。
それでも、なにかは残るから。
何も残らない物語なんてない。
どんなお話も何かが残る。ハッピーにせよ、アンハッピーにせよ。
これは人生も同じだと思う。
わたしは、誰でもひとつは話が書けると思っている。
なぜなら、どんな人間でも、
少なくともひとつは、自分の人生という物語は、語ることができるからだ。
ハッピーエンドにせよ、アンハッピーエンドにせよ。
わたしは他人の物語を聞くはけっこう好きですね。
いままでどんなことがあって、どんな風に考えて、
将来どういう感じになりたいのか、話を聞くのが楽しい。
でも、他人の物語はいつも途中で終わります。
なぜなら、まだ死んでないから。エンドじゃないから。
どういうエンドになるかは、死ぬまでわからない。
自分自身でも。
わたしは、死ぬとき、アンハッピーエンドでもいいです。
自分が納得できる死に様なら、報われなくてもいいです。
前のめりなら。
もちろん、ハッピーエンドのほうが嬉しいかなと思うけど、
一番重要なのは、「納得できるかどうか」だよね。
ハッピーエンドでも、アンハッピーエンドでも。
そういうところが、フィクションと人生って似てるな。

本日はここまでで。ホラは六割くらいで。
けっこう適当なことを吹いてるんでね。
ところで、リトル●ーメイドってやっぱり伏字にしたほうがいいよね?
ディ●ニーの版権ってすごい厳しいらしいから。 
かのマイケル・ジャクソンは
「夢の国ではお金はかからないのさ」って言ったことがあるけど、
デ●ズニーの夢の国にはお金がかかるからな。
でもまあ、これはホラブログなんで、
ある意味、全部フィクションですんで、
真剣に怒られませんように。
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2011年1月28日 (金)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――銀魂

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 銀魂 で。


やっちまった。ついに取り上げちまった。
この敏感な時期に。いろいろ法案とかある時期に。
このブログ、大丈夫かな。
続けられるの?
そんなふうに考えるわたしは、第一訓からの読者です。
もうしょっぱなから、おもしろかった。
スピード感がハンパなかったマンガです。
第一巻は、編集部が部数を読み誤って
一時入手困難になったのも懐かしい。

このブログ、以前は知る人ぞ知るマンガを紹介していたはずが、
最近ではもう、単純に自分の好きなマンガだけを
追求するようになってしまった。
堕落ですね。
堕落、大いにけっこう。堕落するということは、
堕ちる分だけ高さがあったということですからね。
世の中、堕ちたくても堕ちられない底辺というものがある。

大丈夫なんですか的なストーリー紹介。
この話はSFなので、未来というかパラレルワールドの話です。
江戸時代から一気に宇宙人に開国しちまった日本。
あいかわらず弱腰の幕府、武士の心を忘れちまった国。
そんな中、ぶっとい魂を腰にぶら下げたひとりの男がいた。
坂田銀時。こいつこそ、日本のリーサルウェポン。
ジャンプ史上初の血糖値が気になる主人公。
甘いもの大好き。ちゃらんぽらん。楽しいこと大好き。
苦しいことキライ。
そんな彼が、万事屋を開き、いろいろな事件を巻き起こす。
果たして彼は今日はなにをしているのだろうか――って話。

笑いますよ。マジ、腹が痛くなります。
ええと、いい話のときは本当に人情が心に沁みるような
じんわりした話なんですが、
ギャグの回は、ハンパなくテンションが高いです。
下ネタ多し。自虐ネタあり。
なにかの規制スレスレのテンションになります。
スレスレって意味で、大冒険マンガです。
ある意味、ワンピースよりも冒険してる。
まずそもそも、
主人公・銀時(銀さん)がいい加減というのが、
起きる悲劇に拍車をかけますね。
話の収まりがつかなくなり、
すさまじい展開・予想外のオチになります。
一応、江戸時代から連続してるっていう設定なんで、
攘夷派とか幕府とかが入り混じり、
将軍が出てきたり、
孫悟空顔負けの武闘派宇宙人がいたり、
マダオが出てきたり、
キャバクラもあるし、吉原もある。カブキ町もある。
ひとことで言えば、カオス。
そんな中、銀さんはいい加減なんだけど、
肝心なときはきっちり締めて生きてます。
いい加減なときは、ホントいい加減なんだけど、
かっこいいときは背中が大きく見える。

最近笑ったのは、銀さんが周囲にはめられて
六股かける羽目になった話。
どうにか無事に(?)六股をやりきろうとするんだが、
もう収拾がつかなくなって、血祭りにされるんだけど、
実はこういう事情で。って話でした。
最終的に、ハメたのは誰ってところで、
つっぷして笑いました。
(あまりに笑い声が大きいので、
 執事が寝室まで様子を見に来たくらい)
あれはショックだよ、あれは酒を飲むよ。
忘れたくなるよ。
わたしだったら、発作起こして病院送りだよ。
マダオと銀さんの将来が不安です。
次はどういう話(どういうテンション)で始めるんだろう。
楽しみですね。

正直、銀さんの性格は、一部わたしの性格でもあります。
いい加減なところとか、
あんまり先のこと考えてないとか、
危険行為をシャレだから大丈夫だろうとか、
そういうところ、思い当たりますね。
でも、読者はみんな、一部銀さん的な要素を持ってる。
だから、共感するし、笑うんだと思う。
銀魂 は今たぶんジャンプで一番とんがってるマンガなので、
今後、法規制にひっかからないか心配です。
というか、このノリのまま、アニメ化するってのが凄い。
大丈夫なの? いろいろ。
けっこうな冒険よ?
でも、 銀魂 ある限り、言論の自由・表現の自由は守られますね。
ええ、このマンガがOKなら、だいたいのことはOK。
まさか、天下の少年ジャンプから、
「法案により、連載できなくなりました」とかいう現象は起きないよな。
ね。
ねね。
たぶんね。

表現の自由というやつは、なかなか難しい問題です。
わたしの個人的な意見は「好きなようにすれば」。
ただ、犯罪はダメですね。
犯罪行為はNoです。
でも銀魂レベルの下ネタくらいなら、いいんじゃないの。
みんなが笑ってそれで終わりなんだからさ。
もしこのブログを、政界の物凄い偉い人が読んでいたら、
お願いです。
どうか 銀魂 を潰さないでください。
銀さんの活躍を楽しみにしてるんだよ。
全国推定五十万人のファンを代表してお願いします。
※人数の部分は当社独自推定です。

今日のところはこんな感じで終わり。
銀魂 を心から賛美して終わり。
すばらしい。すばらしい冒険マンガだと思ってます。
ホラは三割ってところですかね。
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2011年1月27日 (木)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――夢をかなえるゾウ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 夢をかなえるゾウ で。


これってコーチングの本? ビジネス書? いやファンタジー?
本の分類と立ち位置がよくわかりませんが、
いい本です。とてもいい話です。

ヨレったストーリー紹介。
変わりたいけど変われない、
パッとしない毎日をタラタラと送る主人公・ぼく。
そこへ、関西弁でしゃべる怪しい神様が降りてきた。
ゾウの形をした神様の名前はガネーシャ。
一日ひとつ、ガネーシャのアドバイスをこなしていけば、
パッとしない自分が夢どおりの存在になれると言う。
二日酔いでちょっとヤケクソ気味に
ぼくはガネーシャに従うことにした――って話。

いつも夢見ている夢がかなえばいいなあと思いませんか。
でも、思うだけじゃダメです。
踏み出さないと。実行しないと。
けど、いったいなにをなにから実行すればいいのかな?
自分の夢だけど、意外と出発点がわからないもんです。
たとえば野球少年が「メジャーリーガーになりたい」と
考えたとして、ヨシ、と決意して、
毎日素振りを三百回繰り返せば、絶対なれるもんでしょうか?
なれない場合もあるよね。
というか、なれない場合のほうが多いよね?
そこらへんのケアを、ガネーシャはどうやってくれるのでしょうか?
どうですか、ガネーシャさん。
知らんがな。という答えが聞こえてきそう。
そんなことは、この本買って読めばええがな。
そうなんですが、そうですね。

なんというか、「夢をかなえる」という言葉には
魔力があって、
「ある日、突然、ものすごい幸運で、楽々と
素晴らしい才能を発揮して大成功する」というイメージがある。
というか、わたしはそういうイメージを持ってる。
正直なところ。
だから、書店でこの「夢をかなえるゾウ」を見たとき、
やったあ! と思った。
この本を買えば、わたしの夢がかなう。
無理かもしれないと思っていた、
あの夢がかなうのだ。
でも実際に、この本のガネーシャの教えは、
魔法のような呪文ではなかった。
夢がかなうって、そういうのじゃない。
そういうのじゃないんだ、というのが、
「夢をかなえるゾウ」の教え(?)だった。
なんというか、自分の夢ばかり見ているのは、
ベクトルが自分に向きすぎている。
もっと他人を大切にして、
他人に応援してもらえるようになれば、
自分も幸せになれるし、
みんなも幸せになれる。
そういう人・そういう夢がかなっていくのだ。
やっていれば楽しくて、
他人を楽しませることもできて、
みんなが笑顔になれる。
そういうのを目指していこう。
わたしはこの本から
こんなメッセージを受け取りました。

もちろん、夢に向かって
実行動を取ることも大切です。
でも、夢というのは自分だけ・自分ひとりではかなわない。
そして、自分が変えることができるのは、自分だけ。
他人を、自分の都合のいいように変えることはできない。
そう考えると、
自分の夢は自分だけの夢じゃなくて、
ほかの人に語れるような、
他人に喜んでもらえるような夢じゃなきゃいけない。
このへんが難しいよなあ。
わかってても、なかなかできないよなあ。

この、夢をかなえるゾウ の最大の特徴は、
「これってどうなんでしょう、ガネーシャさん」と
訊きたくなるところだと思います。
つまり、この本を読むと自分の心の中に
ガネーシャがやってきて、
「あかん、あかんがな、自分」とか
「やってもうたな、自分」とか言ってくれるようになります。
(※男爵は人一倍妄想力が強いので、
 男爵だけに起きる現象かもしれません)
心の中に、他人が住むんです。
そして、自分の行動や目標に対して、
ああだ、こうだ、言ってくれる。
でも最終的には、その他人は消していかなきゃなりません。
依存しちゃったらダメだからです。
だからガネーシャは、心に必ず住んでくれるけど、
必ず最後はお別れを言わねばなりません。
それがちょっとさびしいね。
でもガネーシャは 夢をかなえるゾウ だからね。
最後になにかを残してくれる。

この本は、じんわりと心があったかくなる本です。
ガネーシャ自身が本の中で言っています。
ワシが言ってることは、みんな、ほかの本にも書いてあるがな。
そうです、ビジネス書なんかを開けば、誰もが書くことなのです。
でも、ガネーシャのレンズを通すと、
もっとはっきり見えてくる。
もっとわかりやすく話してくれる。
ガネーシャ自身が、他人を喜ばせるからです。
一生懸命、応援してくれるからです。
ね、この本を読めば、あなたの夢は
少なくとも、ひとりは応援してくれる存在がいます。
ガネーシャはきっとあなたのことを、
励まして、けなして、笑って、応援してくれると思います。

今日は、そうですね、
ホラは四割くらいでしょうか。
ホラというか、妄想が多いね。うん。
わたしの勝手な妄想が非常に多い。
ええと、上記の事柄はあくまで、
わたしが本を読んだ感想であって、
イコール本の内容ではないので、
ご注意ください。
読んでみたけど、てめえ、ぜんぜん違うじゃねえか、
という苦情は受け付けません。
ホラですからね。夢とユーモアと心のゆとりですから。
とりあえず笑ってください。
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2011年1月26日 (水)

バレンタイン・おばあさまの前にすべきことが、と執事が言った。

さっき、書斎にカフェオレ持ってきた執事が、
わたしが携帯いじりながら、
誰と一緒にバレンタインの買出しに行こうかなって考えていたら、
「ご主人様、大切なことをお忘れでは」と言った。

「大奥様へのチョコレートケーキより先に、
もっと重要なものがあるのではないでしょうか」
「へ? ないよ、そんなもん。命がかかるようなことだろ。
強いて言えば、次のジャンプコミックスの発売日が――」
「忘れていらっしゃるのですか。
それとも、忘れたふりをされているのですか」
「なにを?」
ポカンと執事を見上げると、執事は咳払いして言った。
「バレンタイン前に、ご婚約者様に、ご連絡をとられるべきでは?」
!!!!?!!!!
「きっとあちらのお嬢様は、バレンタイン当日のご主人様の
ご予定を気にされているはず。
今年も、手作りチョコをご用意されているのではありませんか」
!!!!!!?!!
私は携帯電話を取り落とした。
なんだ? 執事はいまなんて言った?
婚約者?
私の婚約者?
ちょっと待て、ちょっと、ちょっと待て。
「そもそも、わ、私に婚約者なんて、いたっけ?」
「いらっしゃいますよ。昨年もバレンタインのとき、
お見えになられたではありませんか」
「去年、東京を襲った痛ましい大災害のことなら覚えてるけど、
婚約者なんて、記憶の欠片もないよ」
「ご主人様、悪ふざけがすぎますよ。
ご連絡もされないで、お嬢様はお心を痛められているのではありませんか」
「いやいやいやいや、痛める心なんてねぇだろ。
だってそもそも、人類じゃないし」
アレは。
ホモ・サピエンスというより、もっとこう、最終兵器的な。
最終戦争用最終決戦人型兵器的な。
ハルマゲドン的な、ゲリオン的ななにかですよ。
「とにかく、私は何も知らない。なにもしないぞ!
わ、私に婚約者はいたかもしれんが、
それは、この子だよ、間違いない」
私は携帯の待ち受けに使ってる画像を執事に見せた。

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「な? かわいいだろ? ヒナちゃんっていうんだ。
この子が私の婚約者。間違いない」
「ご主人様……」
執事はため息をついて、言った。
「では、わたくしのほうから、お嬢様へご連絡差し上げます。
ご主人様のスケジュールは把握しておりますので」
「ちょ、ちょっと待てェエ!!
おまえは、あの痛ましい悲劇を繰り返すつもりか?!」
脳に刻み込まれた大災害的な。
生存者は数えるほどの劇的な。
自分の足で立っていられる者はいなかった的な。
「おまえだって、イヤだろぉ! 絶対、おまえも巻き込まれるんだぞ」
「わたくしは執事でございますので。
ご主人様のお幸せにご奉仕するのが役目です」
「だから、私の幸せは、このニャンコと結婚することだ。
正体不明の異次元物質を摂取することではない」
「それでは、仕事がありますので」
「おい、待て、早まるな! 飛び込む前に踏みとどまるんだ!」
私の制止を振り切って、執事は勝手に退室してしまった。
どうしよう。
どぉーしーよぉ!
アレが来ちゃったら、どうしよう。
たとえば
バレンタインの午前中は、おばあさま
午後はアレに対応することになるのか。
死ぬ。私は絶対死んでしまう。
というか、殺される。
私にトドメをさすのは、おばあさまかアレかわからんが、
絶対 死ぬ。
私は、そろそろ生前葬を行うべきなのかもしれんな。
遺言状くらい用意しておいたほうがいいかも。
私を助けてくれ、ニャンコ。
携帯の液晶画面に、水滴が落ちた。
それは、絶体絶命の危機に際して絶望する、
私の苦しみの涙だった。



以上、ホラ八割で。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――日本人の知らない日本語

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今回は = 日本人の知らない日本語 で。


日本語学校の先生の日常を描いた作品。
エッセイマンガですが、おもしろいですよ。

ストーリー紹介。
これは日本人以外の生徒からツッコミの嵐を受けつつ、
それを華麗にサバいていく日本人の先生の物語だ。
エッセイなんで、ずっと通ってる話の筋とかはないですが、
一冊に十章まであって、それぞれの章で、
生徒たちから受けたツッコミが載っている。
これがねー、言われないと、ホント思いつかないような
(日本人では常識の範疇もしくはスルーしていること)
ツッコミなのだ。

細かな内容の記述は引用になっちゃうんで、
大量の記載を避けますが、(以下、日本人の知らない日本語より)
たとえば、
「冷める(さめる)」と「冷える(ひえる)」の違いは?
「教えて頂けますか」と「教えて下さいませんか」の違いは?
飲食店でカレーを入れてる銀色の容器の名前は?
など、「すみません、わかりません」から「知らねえよ!」的なものまで、
日常的に生徒さんから疑問があがってくる。
それを主人公の先生は努力して調査しながら、
答えていくのだ。先生って大変。

逆に、自分が英語を習うとき、
ここまでアグレッシブに質問してたか? と思うね。
たぶんしてない。
わたしが英語の先生にした質問で、
難問だったかもしれないのは、
「日本人は病気のときおかゆを食べるが、
英語圏人はなにを食べるのか」くらいだ。
答えは「チキンスープかな?」だった。
? がついてた。けっこう適当な答えだな。
うん、受け流されたね。

いまわたしはもう一度英語の勉強をしたいなと
考えているのだが、
こういう、すごくきっちり答えてくれる先生がいたらいいと思う。
実際には学校に通わないんで、先生はいないんだけど、
もし通えたら、凪子先生(このエッセイマンガの主人公)みたいな
先生に当たるといいなあ。
訊きたいことはけっこうある。
「a」と「the」の使い分け(「その」という意味があるときは the でいいのか)
英語の敬語(あるらしいんだよ)
英語の謙譲語(これはあるかどうかわからない)
日本人が英語を発音するときに注意すべき点はなにか。
あと ナルニア国物語(馬と少年) を読んでいたら、
「To say is to obey」ってフレーズが出てきたんだけど、
これって、ナルニア特有の言い回しなの?
古めかしい言い方なのかな? などなど。
このあたり、先生に訊くと「困った生徒」になるのだろうか。
でも訊かなきゃわかんないよな。

今にして思えば、学生時代は恵まれていた。
勉強できる環境が整えられ、
先生もちゃんといた。
でも基本的に怠け者なので、
大学入る前の一年しか、一生懸命勉強しなかった。
今は勉強したくても、なかなか勉強できる環境じゃない。
そう思うと、「もっと勉強しておけばよかったなあ」と思う。
特に英語。英語、ペラペラになるまで、究めればよかった。
そしたら、今頃 楽なのに。原書を読書し放題なのに。
                (↑これが勉強したいの理由)
ハリー・ポッターなら、どうにか意味が通じる程度に読めるが、
話すのはぜんぜんダメだね。
あと、書くほうも文法忘れまくり。ダメだ。
というわけで、
今年の目標、「清らかな心で素晴らしいホラを吹く」に、
「英語、できるようになる」を追加したいと思います。
できるようにってのも、漠然としているね。
いや、あえて漠然としている。
なにをどこまでできるかわからんので。
自分の可能性を縛っちゃいけないよ!(真顔で)
年末には生まれ変わったわたしがいるかも。
もしかしたら、いないかも。

だいぶ脱線したところで、今日はここらへんで。
日本人の知らない日本語 は二巻まで出ている。
中には抱腹絶倒なシーンもあり、
(個人的には一巻の凪子先生が入院したときのエピソード)
お勧めです。
じゃあ、ホラは三割程度で。
英語学習のあたりがだいぶホラで。
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2011年1月25日 (火)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――夏と花火と私の死体

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 夏と花火と私の死体 で。


乙一様ですね。
素晴らしいですね。名作です。

いま冬なんでちょっと季節外れだけどザックリなストーリー。
主人公・「私」は幼馴染の健くんに片思いしていた。
それを健くんの妹に打ち明けたところ、
妹に木から突き落とされて死んでしまう。
(で、ここからがこの話のすごいところ。
 一人称の「私」の話が続くのだ。
 つまり、死体の一人称の小説になる)
健くんと健くんの妹は、「私」の死を秘密にすることにして、
「私」の死体を隠そうとする。
「私」の死体は二人に運ばれていろいろなところに
隠される。
やがて二人の行動は大人・緑さんにバレてしまう。
どうなることかと思ったが、緑さんは二人の味方になり、
「私」を永遠にある場所に隠す――って話。

幼い兄妹は死体を隠しながら、必死にバレないようにするのだが、
「私」が行方不明になったので、
当然、捜索隊や大人の調査が入る。
その合間を縫うように、兄妹は死体を運搬する。
間一髪でバレないで済むことの繰り返し。
それを「私」は運搬されながら見ている。独白し続ける。
怖い。死体がバレる恐怖も怖いが、
にじり寄るように「死体が語り続けている物語」の怖さも
身に迫ってくる。
死体隠し+死体のモノローグという、まったく新しいホラー。
乙一様のレベルの高さがものすごい。
素直に尊敬。崇拝。祭壇(に祀る)。
初めて読んだとき、カルチャーショックを受けましたね。
こういう作品があるから、
本を読むことがやめられない。
新鮮な驚き、見たことも聞いたこともないものが出現するから、
読書をやめられない。

わたしの中で乙一様は、不可能を可能にする作家様。
ジョジョの奇妙な冒険 のノベライズなど、神の領域。
神じゃなかったら、不可能ですよ、
あんなレベル高いノベライズ。
こんなすごいひとがこの世にいるんだなあ。
とにかく、まずは 夏と花火と私の死体 を読んでください。
このタイトルもいいよねぇ、叙情的でそれでいてホラーで。
センスがある方なんだろうなあと思います。
勝手におしゃれな方を想像している。
想像するだけはタダ。妄想するだけはタダ。

乙一様の登場で悟ったのだが、
新しいホラーって、まだまだあるんだろうな。
わたしには予測不能な恐怖を描き出してくれる作家様が
きっとまだまだいるんだろうな。
そう考えると、これからが楽しみですね。
新刊本のチェックに熱が入ります。
予算の限界があるのが、すごい悲しい。
本当は気になる本・マンガはすべてチェックしたいのに。
実際には1/7くらいしかチェックできてない。
あああ、本屋に行くと楽しすぎる。
誘惑が多くて、苦しい。
毎週一度は行っている。イトーヨーカ●ー(の中の本屋)。
メンバーズカードとか作ってくれたら、
マイル貯める勢いでポイントを貯めるのだが。

本日は、あまりたわごとなく、これにて終了。
体調もあるんで、無理ができなくて、
できるときにできるだけのことしかできんのだ。
でも、ちょっとでもブログ更新できると
嬉しいな。
好きなものを語れるのが嬉しいです。

以上、善良そうな印象を与えながら、ホラ八割で。
意外と素直そうなときのほうがホラ度は高い。
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2011年1月23日 (日)

バレンタインの買出し、閃いたぁ! 解決!

今までの経緯:
おばあさまからバレンタインに提出を厳命されたチョコレートケーキ。
なぜ孫が祖母にチョコをあげねばならんのか、
理解不能のまま、命令に逆らえないわたし。
しかし、チョコレートケーキを作るための材料の買出しすら、
わたしには難しかった。
なぜなら、この時期のチョココーナーは乙女の巣窟、
「ご自宅用」にチョコを買うなんて、レジでさらしもんじゃあ!
そんなのはイヤ!

ところが、さっき、閃きましたよ、
材料を買う方法を思いつきましたよ。
一人で行くからいけないんです。
誰か、女友達と行けばいいんですよ。
さもカップルみたいな顔して、
「これがいいの?」「うん、あ、でもこっちもいいかも」みたいな
会話をして一緒にレジに進めばいいんです。
一人で買いに行くから、不審者(もしくは哀れな孤独者)になるんです。
そうだよ、一緒に行ってくれる人がいればいいんだよ。
さっそく明日から、一緒に買いだしに行ってくれる人を選出します。
メールをうたないと。



以上、ちょっとだけ光明が見えてきたバレンタイン特別対応班でした。
ホラ0.05%で。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――NERVOUS VENUS

※2011/01/25 登場人物の名前を間違えていたので修正。
関と関谷の間違いって、一番しちゃならねー間違いだろぉが!
てめえ、それでもファンか。ああん? ファンなのかよ?!
作者・早稲田様、ファンのみなさま、大変申し訳ございません。(土下座)

----

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は NERVOUS VENUS(ナーバス・ヴィーナス) で。


このマンガを取り上げたのは、苦肉の決断です。
なぜなら、完結しているとは思えず、
(完結じゃないよね?)
それでいて続巻が出るとも思えないからだ。
七巻を待て! 状態でもう何年も。
いわゆる 塩漬け状態 なので、
「お勧めする」には適切ではないかもしれない。
だが、このマンガ、あまりにもおもしろいので、
知られずに消えていくのは忍びない、
そう思って取り上げました。
恋愛マンガの王道であり、邪道でもあると思う。
正直、これよりおもしろい恋愛マンガを知らない、と
勝手に思ってる。

このおもしろさを伝えきれんのか的なストーリー紹介。
中学生少女・ハルの心に
彗星のように飛び込んできた少年・アキ。
ふたりはとても仲がよく、「共犯」関係だったが、
ある日、アキは交通事故で死んでしまう。
――ハルに告白しようとしていた日に。
アキの死はハルの心に絶望的な傷を刻み込む。
幼いからといって、相手を思う心情が偽物なんてことはない。
ハルにとって、アキは星だった。
もう二度と見えない、会えない星だった。
やがて高校生になり、進学した先で、
ハルは関という少年に出会う。
明るく、どこかアキの面影を映す関は
ハルに惚れた宣言をするが、
ハルは関をいらだたしく思う。
中学からハルを知っている女子は陰で言う。
ハル、関とだけは絶対に付き合わないよね。
だって、似てるもんね。思い出しちゃうからね。
関は女子から
ハルがかつてアキを思っていたことを聞くが、
関係ない、と言い切り、アタックを繰り返す。
果たして、ナーバス・ヴィーナス・ハルは
関に応えるのだろうか――って話。

これだけ書くと、ハルがかたくなな女だとか、
関は無神経だ、って受け取っちゃうかもしれないけど、
作者・早稲田様は本当に素晴らしいストーリーテリングで、
ハルと関、それぞれのゆずれないものを描いていく。
ハルがアキを思う気持ちは、真剣で、深く、輝いていて、
関なんて雑音にしか思えない。
関にとって、アキは会ったこともないライバルなのだが、
絶対に勝つ、と決めている。
なぜなら、関も真剣にハルを思っているからだ。
中学生でも、真剣に一生に一度の恋をする。
高校生だって、なによりも真面目に相手を思うことがある。
そういうのが伝わってくるマンガ。

どうなんですかね、
初恋もまだな恋愛童貞のわたしは
恋愛ってこういう嵐みたいなものなんかなあと漠然と思いますが、
経験者の方の意見を聞いてみたいな。
ただ、恋愛バージンですが、
わたしは、中学生が本気で誰かを愛することはあると思います。
基本的に、十歳を越えたら、人間。
十五歳になったら、大人。というのが、わたしの意見なので。
十歳未満はまだ自我を確立していないので、
わたしは人間としては扱いませんね。
子供という別枠の存在です。
その代わり、十五歳の少年・少女が言うことなら、
わたしはほかの大人が言う事と同じように、
重く受け止めますよ。
わたしが人生最大の決断をしたのが十五歳だったので、
十五歳はまだ子供だから真剣じゃないとか思いません。
そう考えると、アキを忘れないハルの気持ちが
すこしわかる気がする。
宇多田ヒカル様の歌に「Be My Last」という曲がある。
あなたこそわたしの最後の人に、というフレーズですが、
最初の人ってのも、重いよね。
心に刻まれた最初の人と最後の人は重い。
いや、途中の人も、その当時は重いんだろうけど、
人生を振り返ったときに、やっぱり、
最初と最後は特別なんだろうな。
ハルにとって、アキは最初の人。
そして、ハル自身の願いでは、最後の人でもあるんだろうね。
このへんが恋愛マンガの王道だと思う。
さらに、そこへ関が絡んでくるあたりが、
リアルに現実っぽい。
(実際には時が流れて、アキはどんどん過去の人になってしまう)
ここらへんがリアルという意味で、邪道な感じがするな。
でもおもしろいので、すべてよし。ノー問題。

時が流れるというのは、ある種、残酷なことだ。
忘却というのは救いでもあるのだが、
忘れることができない人間にとって、
時が流れるということは残酷なことだ。
なぜなら、周囲はどんどん忘却していくのに、
自分だけ、取り残されたように当時の心のままなのだから。
みんなは言う。
ああ、そういうこともあったよね。
でもそれってもう、ずいぶん前のことだよね――。
忘れられない人間にとって、この言葉は痛い。
忘れられない人間には、いまだに「現在」のことなのに、
周囲には「過去」になってしまって、
周囲はどんどん無神経になり、忘れていく。
覚えている者が異端で、言葉がひとりだけ違うみたいになる。
やがて、忘れられない者は誰とも記憶を分かち合えなくなる。
周囲にとって、それはもう終わったことになるから。
それはいまさら話す必要もないことになる。
周囲は同じ話を何度も繰り返されても、もうなんとも思わない。
だって、もう前の話じゃない?
悲しいけど、もう変えられない、終わってしまったことじゃない?
どうしようもないことでしょ。
いまさら蒸し返すなんて、変なの――。
忘却の恵みに見捨てられた人間は、異邦人になる。

異邦人化は恋愛でも、犯罪でも言えることだと思う。
第三者にとっては、しょせん他人の恋愛など、
現在進行形のときはまあ、相談を受けたり話を聞いたりするが、
終わってしまったら、もう話す価値もない。
当事者がどう思っていようと、どんどん忘れていく。
犯罪被害者にもたぶん同じことが言えて、
被害者にとっては、忘れられるわけがない事柄を、
周囲はどんどん忘れていく。
そのうち、誰とも傷の深さを共有できなくなる。
孤独が深まり、心が凍える。
悲しいな。

わたしは悲しいより、楽しいとか嬉しいとかのほうが好きなので、
異邦人化してしまった人を見ると、
どうにもいたたまれない、せつなさのようなものを感じる。
ああ、あなたは、そんなにも傷ついているのに、
それを隠して笑うしかないんですね。
周囲にあわせてもう忘れたふりをするしかないんですね。
そんな無理をしなきゃならないひとが、痛ましく、せつない。
本当は泣きたいときに泣ければいいのに。
ずっと泣きたいなら、ずっと泣ければいいのに。
でも、生きていかなきゃならないから、
笑うんですね。
せめてわたしには、笑わないでくれたらいいのに。
笑わないで、いいですよ。
そう言いたくなる。

NERVOUS VENUS では、
最終的にハルの心がどんな選択をするのか、
いまいちわからないまま終わった(よね?)。
最後にハルがどんな答えを出すのか、
知りたかったなあ。
きっとその答えは、異邦人化してしまった人たちにとって、
大きなヒントになったと思う。
だから、NERVOUS VENUS が続かないのが、とても残念。
続巻が出たら、買うよ。
三千円未満だったら、即買うよ。
早稲田様、いまでも、これからもお待ちしております。
よろしくお願いいたします。

今回はホラ九割で。九割九分九厘で。
だって後半、わたしはいかにも自分が
センシティブな人間みたいなことを言ったじゃない?
でもさ、実際はかなりアバウトでザックザックな性格だからさ、
ホラが多いです。
NERVOUS VENUS があまりに影響力があるので、
ちょっと流されてしまった感じがあるな。
想像力が行き過ぎて妄想力が強いので、感情移入しやすいのだ。
でも、妄想だから、意味ねーよな。
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昨日は終日外出+寝込んでました。

昨日はブログをまったく更新できませんでした。
昼間は、かつての母校の同窓会の委員会に呼び出され、
夜は、体調が悪いのに無理して昼に外出したのが祟って、
寝込んでました。
我ながら、病弱だな。体力ねーな。
そう思いますが、だいたいわたしは笑ってます。
病気に恵まれた自分を「不幸」だとは思いません。

なんでそこで「不幸」だと思わないのか、
おまえは「不幸」を正々堂々と名乗る権利がある、
と言われたことがあります。
言ってくれた人から見ると、
わたしは普通の人よりも人生のハンデが多いらしい。
ハンデは主に病気だが、たいていの人より、損をしているらしい。
――そうですか。
わたしはあまり、自分はハンデが多いと思いません。
ブログすら書けない、死んだように横になってることもありますが、
ハンデが多いとは思いません。
病気なんてことは、どうでもいいことだからです。
人間、いつかは死ぬるのだ。
問題は、死ぬまで自分がどういう姿勢で生きていくかであって、
やりたい姿勢・志を貫くことができるのであれば、
別にハンデがあるとは思いません。
わたしには「前のめり」という姿勢と、ユーモアのセンスがあります。
こんなに寝込んじゃってさ、笑っちゃうよね。と思う。
わたしは直立動物と言うより、横臥動物だよな。
紫外線浴びないから、色白くなるわけだわ。
いいじゃん、美白だから。
ほっほっほ、そなた、もしかしてわたしの美白がうらやましいのかえ?
正直に言うがよいぞ?
と、「不幸」を名乗っていいと言った人に答えたら、
「そんなに無理(して笑いをとる)することはない」って言われた。
わたしは無理してんか? 自然に笑っちゃうけどな。
ホラ吹いちゃうけどな。
楽しいけど。

ね、だいたい、わたしはおもしろおかしく過ごしていますよ。
だから、このブログ読んでるあなたも、笑ってくれると嬉しい。



以上、ホラ0.5割で。
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2011年1月22日 (土)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――フリスビーおばさんとニムの家ねずみ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = フリスビーおばさんとニムの家ねずみ で。

児童文学の名作。
深い。大人が読んでも引きこまれる深さがある作品だ。
ニムの家ネズミがポイント。
ちなみに、「フリスビーおばさん」とタイトルにあるが、
犬がやる「フリスビー競技」とは無関係。余談。蛇足。
(一瞬、空を飛ぶフリスビーおばさんを想像してしまった)

ざっくざっくなストーリー紹介。
野ねずみのフリスビーおばさんは困っていた。
息子が怪我をして、新しい家へ引越しができないのだ。
このままだと人間に家を壊されてしまう。
そこで、かつてフリスビーおばさんの旦那さんが
いざとなったら、旦那さんの仲間の「ニムの家ねずみ」たちを
頼るといいよと言っていたことを思い出し、
近所に住んでる「ニムの家ねずみ」たちを訪問する。
彼らは野原に住んでるけど、家ねずみ。
そしてただのねずみではなかった。
ニムの研究所で実験体だった、
高い知能があるねずみたちだったのだ。
(このあたり ウォッチャーズ とちょっとかぶるが、
 フリスビーおばさんのほうがたぶん、
 ずっと前に発表されてる)
ニムの家ねずみたちは、
フリスビーおばさんの引越し問題を造作なく片付ける。
そして、自分たちはこれから、自然に充ちた、
ずっとずっと山の奥のほうへ引っ越すのだと告げる。
今までニムの家ねずみたちは、
人間の家の電気を引き込んだりして暮らしてきた。
それは、ネズミ本来の生き方と違う。
また、自尊心ある存在として、
パラサイト生活をするというのも問題がある。
彼らは山奥で自分たちだけの力で、
イチから文明を立ち上げようとするのだ。
(見あげた根性。少なくとも、
 わたしよりもはるかに根性がある)
家ねずみたちの運命は――って話。

この話は、ねずみの視点から見た、
人間に対する告発です。
告発という言い方が適切でなければ、
人間以外の生物から人間へ突きつけられた、
「本当に、そうやって生活していていいと思ってるの」という
疑問の提示です。
ほかの生き物を実験で潰して、科学を進化させて、
自然を壊して、自分たち以外の存在を軽んじて、
本当に、それでいいと思っているの?
それで問題はないの?
という声が聞こえます。
そんなのありふれた、よくある声だよ、
聞き飽きたさ、という方もいるかもしれません。
けれど、子供が手に取る本として、
フリスビーおばさんとニムの家ねずみ は
優れたクオリティのストーリーテリングで問いかけてきます。
子供が小学校中学年以上になったら、
一度 読ませてみる価値がある本です。
自分たちがなにを犠牲にして、
どんな行動をして、いまの生活を築いているのか、
人間は知る必要があります。
必要、というより、義務があります。
なぜなら、人間は、
ほかの生物を押しつぶして生きているからです。
そんな生き方をする生き物は、人間しかいません。
人間しかいないのです。

自然と人間の共存ということは、
もう何度か、このブログで取り上げてきました。
というより、ある種の本・マンガを読むと、
それが浮き出てくるのです。
おもしろいストーリーの話は、
ワクワクするだけじゃない。
いろいろ、読み手に考えさせるお話です。
そして考えていると、
自分と、自分を取り巻く環境・自然というものに
考えが至ります。
なぜなら、その種の物語は、
「自分と世界」という問題を扱っているからです。
この問題には、決まった答えはありません。
正解はいくつもあるでしょう。人によっても異なります。
ただ、わたしが読み解くとき、
「自分と世界」は「自分と自然」になるのです。
文字から読み解くと、
「自ずから分かるものと、自ずからあるもの」。
存在はその二つに分けることができて、
いま、その二つの均衡・バランスがおかしくなりかけている。
自然のほうが、マイナスに大きく傾いている。
そう感じるのです。
それでもいいさ、自分の寿命程度保ってくれればいいさ、
という意見もあると思います。
それはそれで無理もないです。
人間は生物ですから、自分の存在・生きてることが、
第一義ですから。
ただ、わたしは地球に人類ひとりぼっちで、
それでどうするよ、と思うのです。
そんなの、さびしいじゃないですか。むなしくないですか。
世界があるから、生きていられるんです。
世界を食いつぶしてしまったら、どうやって生きるんですか。
もう生きられないじゃないですか――。

ねえ、人間は、どうして本を書くんですか。
どうして本を読むんですか。
自分がひとりではないことを確認するため、と答えた方がいます。
ひとりじゃない。
この本を読んで考えこむ人は、自分以外にもいる。
本の影響は波紋状に広がっていく。
すぐに劇的な影響は無理です。
でも、いい本は世代を超えて、受け継がれて、影響していく。
フリスビーおばさんとニムの家ねずみ は受け継がれる本です。
自分がひとりじゃないことを確認するために、
自分と世界の関係を確認するために、
ぜひ一度、読んでみてください。

サバンナの色鮮やかな夕焼けは、
ライオンたちだけのものじゃありません。
あなたのものでもあるのです。
毎日デスクワークしている仕事は、
あなたのためだけのものじゃありません。
世界に影響しているのです。
あなたは、世界でひとりっきりがいいですか。
好きな人や大事な人が一緒にいたらいいなあと思いませんか。
好きな光景や、大事なペットや思い出の場所が
ちゃんといつまでもあったらいいなあと思いませんか。
きれいな景色が好きですか。
きれいな空、遠い白い星が好きですか。
好きだったら、ちょっと考えてみてください。
難しいことじゃないです。
ただ、このままでいいのか、考えてください。
そして、このままじゃダメだ、と思ったら、
洗剤を買い替えに行きましょう。植物性のものに。
その程度の努力、努力とも言えないような変化が、
積み重なって、大きな影響になるんです。
わたしは、あなたは一人ではないと思います。
わたしがいるからです。
だから、大丈夫です。
わたしがいて、あなたがいる限り、
この星の上に人類ひとりっきりにはなりません。
なぜなら、わたしたちは努力するからです。
本当に小さな、小さなことしかできないけれど。
星に届くように、願うのです。

今日はしんみりした感じで、
いかにもイイヒトって感じで、
ホラ五割です。でも、半分はホント。
こういう日もある。
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2011年1月20日 (木)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――とめはねっ! 鈴里高校書道部

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今日は = とめはねっ! 鈴里高校書道部 で。

新年になって、お小遣いが出たので、買いました。
予想通りおもしろい。
熱い書道&青春。うん? ちょっと違うかな?
「熱い」というほど、
主人公のテンションが高くないか?

まあまあ、以下、ストーリー紹介。
帰国子女の大江(男)は人付き合いがあまりうまくない。
いわゆる「帰国子女」っぽい輝きもあまりない。地味。
そんな彼が騙されて(?)、高校の書道部に入ることに。
個性的な先輩たち、
頼りになるんだかならんのだか微妙な顧問、
つんつんしているようで優しいようでもある同級生と
書道を始めることになった――って話。

大江が帰国子女で書道を一回もやったことないってのが、
ポイント。書道のイチからマンガでやってくれます。
読んでると、「へええええ」「ほおおお」って感じで、
知ってたはずの書道で知らなかった事実が頻出。
自分は日本人だけど、
あまり書道を知らないということが判明。
中国の書家の話もちょっと絡むので、
世界史好きには嬉しいエッセンスもある。
(漢字嫌いな人はダメかも……)

うん、あとは盆栽くらいだよね。
マンガになってない和風文系のものって。
囲碁、将棋、書道、カルタはもうマンガになった。
盆栽はまだマンガになっていない、よな?
(入門書的なマンガはもうある、らしい)
「これぞ文科系、クールで熱い!」ってマンガを
作るとしたら、盆栽か、華道か、茶道。
……地味な気がするのは気のせいか。
さすがに残ってるのは、
マンガとして盛り上げにくいな。
しいて言えば、華道は、流派の大会とかありそうだし、
画面栄えもしそうだから、
和風で次に誰かおもしろいマンガを描くとしたら、
題材は「華道」がいいんじゃないかと思います。
わたしはマンガが描けないので、思うだけです。
でも。 とめはねっ! くらい、おもしろく書けたら、
アニメ化も夢ではないよ。

マンガ描けるけど、話がかけないという人へ。
なんだったら、わたしが華道をテーマにマンガの原作書くよ。
(選択授業でジャパニーズ華道はやってたことがある。
 小原流だけど)
(見てきたようなホラ話なら書けるよ)
一緒に、 バクマン。 みたいにビッグヒットめざしませんか。
がんばればなんとかなるかも。
――いや、ならないって。そんなうまく簡単にならないって。
シュージンとサイコーですら、
三回も連載しててアニメ化できないのに、
そんな簡単に、華道のマンガでアニメ化までいけるわけが……。
うーん……。
やってみないとわからんね、これは。
可能性の問題だから。
でも少なくとも、わたし一人ではだめですね。
絵が描けないので。いや、絵なら描けるけど、マンガは描けない。
水彩画とかなら描けるよ、ってこと。
動きがあるマンガは描けないし、描いたことないしな。
無理だねえ。

とりあえず、黒羊男爵邸は、
これから華道のマンガを描くマンガ家様を応援します。
頑張れ。 ちはやふる のような、 とめはねっ! のような、
おもしろくてページめくるのが待ち遠しくなるマンガを
待ってます。
あれ、 とめはねっ! からずんぶん話が脱線しちゃったな。
まあ、いつものことですね。
むしろ脱線が本線ですからね。

今回はホラ四割で。
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2011年1月19日 (水)

もうスーパーはバレンタイン色。あせるわたし。

今日、イトー●ーカドー(の中の本屋)へ、新刊を見に行った。
そしたら、一階の真ん中に特設ブースができてて、
チョコレートの山。
もう催事場コーナーはバレンタインになっておる!!
学校帰りと思われる乙女たちがきゃっきゃ言いながら、
チョコレートを物色してる。ピンク色。ピンク&ハート。

どうする。
どうする、わたし!
なんで催事場は恵方巻きすっとばして、
バレンタインなんだよ。
いや、恵方巻きの予約チラシもあったけど、
バレンタインコーナーと、広さと量がぜんぜん違うよ。
そんなに重要な行事なのか、バレンタイン。
苦痛と不吉な予感しか感じないよ、バレンタイン。
別に、過去にもらったことなくて
イヤな思い出があるってわけじゃないけど、
今年は厳しいよ、バレンタイン。
(チョコくらい、もらったことあるよ、そりゃ)

おばあさまに献上せねばならないチョコケーキ、
その材料をどうするよ。
乙女たちに混じって、材料を買い出すしかないのか。
「プレゼントでございますか。ラッピングは?」とか
店員に訊かれるしかないのか。
そこで「自宅用です」なんて言えない。
チョコの塊 持ってそんなこと言えない。
自分用にチョコを買う哀しいヤツだって思われたくないから。
でも、「プレゼントです」だって、言えないよ!
なにが悲しゅうて、この歳で
「プレゼントなんです。アハ」とか言わなきゃならんのだ。
いろいろ問題があるだろうがぁ!

おばあさまのためのチョコケーキ作りは、
材料集めからしてすでに、ハードルが高すぎる。
今日 乙女たちを見ながら、そう痛感した。
どうしよう、バレンタインが近づけば近づくほど、
乙女たちは増えるんだよな。
早めに材料買ったほうがいいかな。
でも、そうすると客がまだ少ないから、
店員の記憶に残りやすいんだよな。
けっこう行くんだけど、イトーヨー●ドー。
「あ、あのひと、このまえ自宅用にチョコ
買ってたひとよ」とか陰で言われんのか。
それしかないのか。
哀しすぎる。
ああもう、本当にどうしよう。
あせりばかりが募る。



以上、ホラ三割で。
あ、ケーキの材料調達は通販という手もあるな。
でも、今度は自宅内で
「ご主人様は通販でチョコを買っていたらしい」って
噂になるのもイヤだ。(小包を受け取るのは召使)
どうしたらいいんだ!!
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この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――朝びらき丸、東の海へ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 朝びらき丸、東の海へ で。


来たよ、来たよ、ナルニア来たアァ!!
大好きですね。小学校三年くらいから
ずっと好きですね。
初めて読んだのは確か 馬と少年 。
背表紙の絵に惹かれて手に取りました。
で、巻末にナルニアシリーズ一覧があって、
なんだこれ、続きあるじゃんよ、って
その日のうちに全部借りて読んだ。
図書館まで二往復くらいした。
(一度に借りられるのは四冊だったため)
わたしが死んだときは、本を一緒に棺に入れて欲しい。
ナルニアは、それくらい好きだ。
アスランを本気で信じてる。
宗教を持ってないわたしが唯一信じる神がアスラン。
本気で。
※男爵は興奮のあまり、現在
 虚構と現実の区別がついていません。
小学校五年のとき、
「イギリスに行っても、ナルニアはない」ということを
悟り、わんわん泣いた。
それくらい好きですね。ちょっと異常なくらい。
でも、みんなもそうでしょ。
みんなもナルニア好きだよね。
ね。

ストーリー紹介。
イギリスの少年少女、
ルーシーとエドマンドとユースチスは
ある日、壁にかけられた絵に吸い込まれて、
別世界・ナルニア国へ行ってしまう。
その世界ではちょうど、朝びらき丸という船に乗って、
世界の果てを見に行こうという冒険の真っ最中。
三人は冒険の一行に加わり、世界の果てを目指す――って話。

この一冊はこういう内容ですが、
シリーズの カスピアン王子の角笛 や ライオンと魔女 を
読むと、登場人物たちの背景を知ることができます。
ぜひ読むべし。
ナルニアシリーズでは、わたしは 朝びらき丸~ が一番好き。
リーピチープが大好きなんでね。
リーピチープは勇敢な話すネズミ。
漢気があって、優しくて、勇ましい、立派なネズミ。
黄金の心を持った、間違いなく世界一のネズミ。
わたしは心から、リーピチープを尊敬している。
(ちなみに世界で二番目のネズミはミス・ビアンカ。
 三位以降は混戦中)
ナルニアは好きが高じて、原書も買いました。
日本語版を三十回以上読んでるんで、
原書もあまり苦もなく読めました。
わかんないところは推測できるので。
原書もお勧めです。
絵が入ってるし、そんなに苦しくなく読めるよ。
あと、微妙なニュアンスは原書のほうが
わかりやすいかも。
馬と少年 の原題は The Horse and His Boy  なんだ。
His Boy ってところに、
ふたり(馬と少年)の関係が見えて楽しいよね。

ナルニアは奇跡のような物語だよな。
素晴らしいストーリーテラーが
素晴らしい物語をシリーズで書き上げ、
素晴らしい画家が挿絵をつけて、
素晴らしい翻訳家が日本語化した。
奇跡的なことがいくつも重なって、
日本語版のナルニアがある。
ナルニアシリーズを読んでない子供は
人生で損をしている。間違いない。
きっかけは映画でもいい、
ひとりでも多い子供にナルニアシリーズを読んでもらいたいな。
実際のところ、友人の子供でも、
本はほとんど読まないで、
ゲームばっかりやってる子もいる。
ゲームをやらせていると静かだから、
ゲームをやらせてるんだって。
なんかさびしいな。
子育てって大変だから、そういうもんなのかな。
一緒に本を読んだりしないのかな。

わたしが本を読み出したそもそものきっかけは、
父が買ってきた 親子ネズミの冒険 という本。
初めは父が読んでくれたんだが、
そのうち読んでくれなくなった。
仕方がないので、独力で読み始めたのがきっかけ。
ええと、このとき、小学校一年生くらいかな?
そりゃもう、わかんない・読めない漢字が
山のようにあって、推測に次ぐ推測でのストーリー展開。
母や同居している親戚などに、
「この字はなんと読むのか?」と訊きまくったが、
自分で調べなさいという、幼児にはむごい返答。
やっぱり仕方がないから、そこはスルーして、
どうにか読みきった。
それから、色んな本を読むようになって、
漢字がわかるようになって、
親子ネズミの冒険 も完全に内容が把握できた。
だから、漢字のテストとかも、読みだけは余裕で高得点。
書くほうはダメだが、読むだけなら大人並みの子供。
今日の自分があるのは、
いい本にめぐり合えたからだと思う。
ナルニアしかり、ほかの本しかり。
親子ネズミの冒険 もそのうち紹介するぞ。
いい本は人生を変えます。いい方向に。
ナルニアは世界中で、いろんな人に読まれてて、
きっといろんな影響を与えてると思う。
偉大な、本です。
心の底から、作者・C・S・ルイス様を褒め称える。
いつかルイス様のお墓参りに行きたいというのが
わたしの夢。
お墓の前で、ありがとうって言いたい。
書いてくれて、読ませてくれて、ありがとう。
あなたの本に出会えて、本当によかった。
そう言いたいのだ。自己満足だけどね。
わたしはルイス様の信者です。

このブログ、読んでてナルニアは未読という方へ。
読め。
できるだけ早く、たくさん読め。
もしお子さんがいるのなら、お子さんと一緒に読め。
子供の人生が変わるかもしれないよ。
親の人生も変わるかも。

以上、ホラ二割で。
どんなときでもホラを忘れずに。
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2011年1月17日 (月)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――夏目友人帳

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 夏目友人帳 で。


これまた有名どころですが、わたしだって好きなんだよ!
取り上げたいんだよ。
語らせろ。
ということで、わがままいっぱいな感じで。
つまりいつもどおりな感じで。

ストーリー紹介。みんな知ってると思うけどな。
主人公・夏目少年は妖怪を見ることができる。
見るだけじゃなくて、触ることも、
殴ることも、ボコることもできる。※基本的にしないけど。
でもそんな夏目を理解してくれる人は少なくて、
肉親の縁にも恵まれず、
幼いころは親戚をたらいまわしにされる。
いまは遠縁の優しい夫妻に引き取られて、
とりあえず平穏な毎日だった。
(妖怪が見えるということは
 もちろん、夫妻には秘密である)
ところがある日、祖母の遺品の山から、
「友人帳」という帳簿を発見。
これが、「友人帳」とは書いてあるものの、
本当のところは「下僕帳」といったほうがいいような代物。
友人帳とは、
やっぱり妖怪が見えていた夏目の祖母・レイコさんが
出会う妖怪をいびり倒し、名前を没収、
記入した冊子だった。
この友人帳に名前が載った妖怪は
友人帳の持ち主に絶対服従を強いられるという、
妖怪にとっては恐怖の冊子。
悪いやつの手に渡ったら、大騒ぎになるところだが、
手にした夏目は優しい少年だったので、
友人帳の名前を、元の妖怪に戻してやることになる。
夏目は、妖怪ひとつずつ、ひとりひとり、
名前を呼んで戻してやる。
そのつど、小さな事件や
大きな事件に巻き込まれるのだが、
優しい夏目はやっぱり妖怪のことが嫌いになれない。
今日も今日とて、
妖怪に名前を返してやる日々が続く。――って話。

なんというか、ちょっと 雨柳堂夢咄 に通じるテイスト。
怪異は起きるんだけど、恐ろしいものじゃない。
出てくる妖怪もどこか憎めないやつが多い。
人と妖怪はなかなか折り合いがうまくつかなくて、
一緒にいることができなくて、
切ない別れをする場合もある。
夏目と妖怪の別れだけじゃなく、
事件に巻き込まれた女の子と妖怪や、
妖怪と妖怪の別れなど、さまざまな別れがある。
名前を返すときに、必ず妖怪の名前を呼ぶのがいいですね。
命令じゃなくて、優しい気持ちで妖怪の名前を呼ぶのがすごくいいと思う。
夏目は本当にいい少年です。
わたしは妖怪では露神のおじいさんが大好きだ。
ほのぼのとした露神のキャラクターもいいし、
露神と露神の祠に通う少女のふれあいもいい。
なんというか、人外の存在に、
「人はかわいいものだねえ」と言われると嬉しい。
人類、捨てたもんじゃないと思える。
同じ人間←→妖怪話として うしおととら があるけど、
やっぱり人間と妖怪がうまく同居するってのは
大変そうだった。
なんでだろうね。

わたしはどっちかっていうと、妖怪でも自然でも、
うまく一緒にいられたらいいのになあと思う。
相手が妖怪だからって、馬鹿にしたりしないし、
そりゃ初見はびっくりするかもしれないけど、
話して通じるようなら、普通に接するけどな。
※このあたり、わたし自身が非常識なので、
 わたしだから可能なのかもしれない。
 わたしは基本的に、友人を選ぶ際、
 あまり外見や種族にこだわらないのだ。
わたしは、話して通じる妖怪より、
話して通じない人間のほうがよっぽど恐ろしいが。
お供え物と引き換えにお皿洗ってくれる妖怪と
核爆弾や劣化ウラン弾作って平気な人間だったら、
人間のほうがイヤだけど。
わたしは 夏目友人帳 に出てくる
中級の(妖怪の)ふたりくらいなら、
ぜんぜん許容範囲内。
外見もそんな仰天するような外見じゃないし、
性格も多少自分に都合がいいところがあるが、
人間のわがままっぷりより、よほど素直。
まったく問題なく友達になれますね。
もし彼らが遊びに来たら、普通にお茶出しますよ。
天気の話とか、ゲームの話とかして、
楽しく遊びますよ。ノー問題。
にゃんこ先生だって、ノー問題。
というか、夏目友人帳 に出てくる妖怪で
まったく受け付けない、というタイプは
あまりない。
夏目友人帳 が好きな人だったら、
きっとみんな、
妖怪と友達になれると思うけどなあ。
ねえ、本当に、
なんでうまく一緒にいられないんだろうね。
それがわたしには不思議でならない。
なんでうまく一緒にいられないんだろう。
なんで一緒にいる努力をしないのかな。
努力すれば、一緒にいられるかもしれないのに。
そのほうが、この惑星に人類ひとりっきりより、
ずっと楽しいじゃないですか。
おもしろいじゃないですか。
そっちのほうがいいと思うけどなあ。

小さいころ、わたしには大好きな木がありました。
大きなクスノキで、空洞があって、
中に座れる。
暇さえあれば、いつもその木の空洞に
本を持ち込んでいましたよ。
そのときに、もしその木が切り倒されたら、
わたしはきっと泣いたと思う。
家族が死んだように泣いたと思う。
その木が、人間より劣った存在だとは
今でもぜんぜん思わない。
ないがしろにされたり、利用されるだけ利用されて
使い捨てられていい存在だとは、
思わない。
当時は、泣いただけだと思う。
でも今なら、切り倒さずにすむ努力をする。
署名を集めるでも、土地の持ち主にかけあうでも、
できることなら、なんでもする。
助けられるのなら、なんでもする。
そのために大人になったんじゃないですか。
大人になったのは、
子供じゃできないことをするためですよ。
酒や煙草をたしなむために大人になったんじゃない。
昔できなかったことが、今できるようになる。
だから大人になったんです。
ほかの人は知らんが、わたしはそう。
みんなは違うの?
やっぱりわたしは変わり者なのかな?

みんなが、夏目のようだったら、
きっと妖怪たちももっと暮しやすいんだろうな。
見えないから、傷つけてしまったり、
取り返しがつかないほど痛いことをしてしまう。
妖怪と人間の境界にいる夏目少年は、
つらいことや泣きたいことも多いと思う。
でも、夏目のような人がいるから、
妖怪たちも、人間を完全に見離さないんだろうな。
夏目の存在がありがたいです。
そして、現実世界でも夏目のように、
自然と人類の間に立っている人がありがたいです。
そういう人の力になりたい。
自分は境界に立つ能力がないけど、
ちっちゃなことしかできないけど、
一緒に努力はできると思う。
「非力」と「なにもしない」は違う。
夏目友人帳 を読んでいると、そんなことを考える。
そんなことを考えるのです。

夏目友人帳 は読むと、
優しい気持ちになれるマンガです。
人以外の存在に、優しくなりたいと思えるマンガです。
すごいマンガだよ。
最後はいつものように、祭壇を作って褒め歌でたたえて
締めくくりたいと思います。

では本日はこれで。
しみじみとしたいい感じで終わりますが、
ホラは八割です。(ええぇっ!)
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2011年1月16日 (日)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――百万ドルをとり返せ!

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 百万ドルをとり返せ! で。


わたしのあいまいな記憶によれば、
ジェフリー・アーチャー様の処女作にして、傑作。
とにかく、これが処女作とは思えません。
緻密な構成と練りに練ったと思われるプロット。
なめらかなストーリーテリング。
(なめらかすぎて、先が読める、という人もいるかも)

ストーリーとしては、
石油の投機詐欺に騙された男たちが、
騙し取られた金額=合計百万ドルを
「一ペンスも多くもなく、少なくもなく」
取り戻そうというもの。
つまり、被害者たちが詐欺師を詐欺でだまそうという話。
全部で四種類(五種類?)の詐欺が展開され、
詐欺師は騙されていると気づかずに、
お金を払うことに。
本来は、詐欺のプロである詐欺師を、
素人が詐欺で騙そうとするのだから、
なかなか成立しないはず。
ところが被害者たちはそれぞれの得意分野に
詐欺師を引き込み、騙しとおす。
詐欺の種類の多さもたいしたものだが、
詐欺の内容も細かくよく考えられている。
最後のどんでん返しも、用意されている。
この物語にはお金を払う価値がある。

百万ドルをとり返せ! は
アーチャー様が実際に被害を受けた詐欺を元にしているらしい。
騙されただけではなく、
転んでも立ち上がって、傑作を書く根性が素晴らしい。
アーチャー様は偉大なストーリーテラーで、
短編集にも素晴らしいひらめきと構成力を発揮される。
十二本の毒矢 など、
一冊に複数の短編が収められたシリーズも読む価値あり。
アシモフ様の短編もいいけど、
アーチャー様も切れ味のいい、価値ある短編を書かれる。
泣かされる話もある。
アーチャー様は間違いなく、
祭壇を築いて拝むレベルのストーリーテラーです。

資本主義社会で、
公然と他人を騙してお金をもらっても罰せられない
三つの職業のうちのひとつ、
「作家」はアーチャー様の天職だと思う。
(残りの職業は「漫画家」と「政治家」)
極端な話、百万ドルをとり返せ! で展開している詐欺を
実際にやってもよかったはずで(犯罪者になっちゃうけど)、
詐欺を実行せずに書き下ろし、
作家を選ばれた英断をたたえたい。
ホラってのは、こうやって使うもんですよ。
本当に、アーチャー様レベルの作家様は
やろうと思えば、実際にものすごい詐欺師になれる。
そこを踏みとどまるところが、重要。
アーチャー様はたしか服役経験がおありだが、
詐欺罪ではなかったと思う。
また、獄中で聞いた話を元に短編集も出されていた気がする。
転んでもタダでは起きない。
アーチャー様の人生は、この一言に集約される。

獄中記と言うと、すぐに思いつくのが、
「塀の中の懲りない面々」。
あと、ヴェルレーヌに「獄中記」があったような。
ヴェルレーヌというと、ランボー、
ランボーというと、ボードレール、
ボードレールというと、ユゴーとエドガー・アラン・ポー。
マラルメという展開もあるな。
獄中記という単語ひとつで、ここまで連想展開します。
当たり前だよね。
個人的には、
ボードレール>エドガー・アラン・ポー>ランボー、かなあ。
ボードレールは大好きですね。
いずれ取り上げたいと思います。
わたしが持っている 悪の華 はもうボロボロだなあ。
別訳本を買ってみようかな。

あ、話がそれました。
ジェフリー・アーチャー様の話でした。そうでした。
アーチャー様は偉大です。
祭壇を作り、たたえます。
長編が手にしづらいのなら、短編集からでも、どうぞ。
本当に、買って損はない作家様だと思います。
お勧めです。

以上、ホラ二割で。
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対バレンタイン作戦。悩むわたし。

バレンタイン、どうしようか。
どうしたらいいと思う?

まさか好きな人もいないのに、
バレンタインにチョコレートケーキを
作るはめになるとは思わなかった。
(ていうか、本来、もらう側では?)
おばあさまにチョコレートケーキを献上するのは、
もう既定の事実なのだが(抵抗は無意味)、
やられっぱなしというのも、性格的に納得がいかん。
どうにか一泡ふかせたい。

いっそ、本当に本命向けのケーキを作ってみようか。
リムジンで乗りつけて、
赤いカーペット敷いて、
真紅のバラの花束とともに、
派手にリボンで包装したチョコを渡すような、
豪華な感じで、もらうひとが引くくらいの勢いでやってみるか?
だが、それはそれで、相手が祖母だと
なにか大切なものを失う気がする。
どうしようかな。

現在 黒羊男爵邸では、
対バレンタインのアイデアを募集中。
なにかとてつもないアイデアがあったら、
ぜひご連絡ください。
(平凡なアイデアは却下である。
 異常なくらいのアイデアを求む)
わたしも、もうちょっと考えてみる。
どうぞよろしく。



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2011年1月15日 (土)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ヒカルの碁

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ヒカルの碁 で。

言わずと知れた名作だ。
どうだろう、わたしは佐為編で終わってたら、
マンガの終わり方として、
モア・ビューティフルだったと思ってる。
ただ、ファンとしては、一日でも長く
連載を続けて欲しいとも思ってた。
矛盾するこの思いが苦しい。
苦しいな。

以下、思い入れ過多による、あいまいなストーリー紹介。
おじいちゃんの蔵で古い碁盤を発見した
主人公・ヒカルは碁盤に宿ってた幽霊・佐為にとりつかれる。
佐為は囲碁の達人(ほぼ神)。
ヒカルはライバル・アキラとの出会いや佐為の導きで
囲碁を始め、努力して才能を磨き、プロになる。
でもそのとき、
佐為が存在できる時間はもうなくなっていて――って話。

わたしは、ヒカルのライバル役の塔矢アキラが、
すごく好きだった。
アキラは名人の息子で、
小さなころから囲碁につかりっぱなしの
囲碁一筋の子。
囲碁に真摯なアキラは初め、
ヒカルのうわっついた態度を嫌悪するが、
ヒカル(→このとき実際にうっていたのは佐為)の
碁にひきつけられて、ヒカルをライバル視するようになる。
アキラは、本当に、囲碁に一生懸命な子。
ヒカルとアキラのライバル関係の変化も
読んでいて とても楽しかった。
彼らは何度か直接衝突し、やりあうのだが、
もうそれがものすごく楽しい。(←野次馬として)
アキラが「ふざけるな!」というたびに
転げまわって喜んでいたわたし。
ヒカルの碁 は、ヒカル、アキラ、佐為の三人を
軸にした物語だが、
全員がやっぱりとても真面目なんだと思う。
囲碁に対して、人生に対して、
生命というものに対して、真摯。
特に佐為はもう幽霊だから、身体を持っていない。
だから逆に、囲碁に対してものすごく真摯。
囲碁だけが彼にとって、命綱のようなもの。
けれど、時がすぎると、囲碁だけが大好きだった彼が、
とりついているヒカルをとてもいつくしむようになる。
終わりのほうとか、本当は、
佐為にとって、ヒカルは囲碁と並ぶくらい、
大切なものだったんじゃないだろうか。

佐為の生き方について話し始めると、
このブログ、終わらない。
思い入れをはしょりながら、下記にまとめます。
そもそも、佐為は本当に生きていたころ(平安時代?)、
囲碁でズルをされて汚名を着せられ、
一度、入水自殺をするのです。
わたし的には、
自分が悪くないのに、死ぬ必要ねえだろ、
生きて いつの日か相手をぶちのめせと思うが、
佐為はきっと、自分がとても大切にしている囲碁が
汚されたように感じたんだろうね。
でも自殺っていう結論は正しかったのかな。
これはずっとずっと後、佐為がヒカルにとりついて、
ヒカルが囲碁のプロへの道を歩んだときに、
佐為自身が自問します。
「わたしに身体があれば――」。
身体がある幸せ。
佐為は一度、自分で自分を投げてしまった。
そのことを、佐為はきっと悔やんだんだね。
けど、佐為の囲碁への思いはとても強くて、
自殺なんかじゃ殺せなかった。
だから、佐為は碁盤に宿って、
ヒカルの身体にもぐりこむ。
もう一度、もう一度、囲碁をうちたい。
その一心で、善も悪もなく、ヒカルに懇願する。
わたしに、囲碁を、うたせてください。
皮肉なもので、
初めは佐為が主導でやっていた囲碁に、
ヒカルが目覚め、プロになるほど上達する。
最後には、佐為が見逃していた一手すら見つけるほどに
ヒカルは囲碁の才能を開花させる。
佐為は自分がヒカルを開花させるために
幽霊という不完全な状態で今まで存在したのだと悟り、
残り時間がわずかなことを知る。
佐為は自殺をして、本当は、
佐為の意志はそこで終わるはずだった。
でもなんの運命の悪戯か、
佐為の意志はヒカルへ受け継がれた。
自分の不遇な人生で、
誰にも知られずにいなくなるはずだった生命で、
最後の最後に、自分の意志を受け継いでくれる者がいた。
そしたら、佐為はその存在をいとおしく思うと思う。
身体を持つ・生きているヒカルに対して
これからも囲碁がうてるのがうらやましい、という
嫉妬があったにせよ、
愛情もあったと思うのです。
佐為の人生は一度は間違ってしまったけど、
でも、ちゃんと終わった。
ちゃんと、佐為自身にとって正しい終わり方で終わった。
そしたら、かれはもう幽霊じゃないよね。
もう、消えてしまうよね。
せつないけどね。

佐為を失ったヒカルの喪失感は
想像を絶するものがあったと思う。
佐為がヒカルを思うように、
ヒカルも佐為を思っていた。
深さや表出が違うにせよ、
ヒカルも佐為を大事に思っていた。
なんというか、
ヒカル、佐為、アキラの三人の関係は
一種、三角関係というか、
とても微妙で壊れやすいものだった気がする。
でも、佐為がいなくなっても、
自分の中に佐為の囲碁を再発見したヒカルは、
もうひとりで立てるようになっていた。
立って、戦えるようになっていた。
アキラがヒカルの進歩を待っていてくれたのが嬉しい。
これから先は、もう、物語がなくなって、
連載が終わっても、どうなるかわかる。
だって、「ヒカルの碁」でしょ?
ヒカルとアキラはずっとライバルで、戦っていくよね。
佐為の意志はずっと受け継がれていくよね。
そう思った。
わたしは佐為編の最後で、泣けてきましたよ。
最後に、たった一度だけ、
いなくなった佐為がヒカルの夢に出てきて、微笑む。
その微笑がとてもきれいで、たのしそうで、満足そうで、
わたしはよかったなと思いつつ、
ヒカルとともに涙腺が崩壊。
もう二度と会えない。でもココにいるよ――。
人間はこうやって、生命をつないでいくのだなあと思った。

以上、わたしによるとてもとても長い、
佐為とヒカルとアキラについての語りでした。
ああ、すっきりした。自己満足。
たぶん、わたしと同じか、わたし以上に
ヒカルの碁に思い入れている人が
全国に十五万人はいるはず(当社独自推定)。
十五万人の同志たちに思いきり話せて満足だ。
ホラは二割くらい。やっぱ自分を美化してますね。
わたしはそんなにイイヒトではないのでね。
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この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――こころ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = こころ (夏目漱石様) で。

わたしは、おもしろければ、文学も読みます。
おもしろくなければ、マンガでも読まない。
そういうスタンス。
自分勝手・自分基準スタンスです。
基本、毎日、そんな感じ。

この本は、たしか高校生のときの厳酷、
間違い、現国の教科書に載っていたと思う。
全部じゃなくて、抜粋だったかな?
オチがわかる程度には載っていたはず。
ここでこのブログ、全部読んできた人は、
「あれ、男爵、スイスのお貴族の
一貫教育の学校に行ってなかったっけ?」
と疑問を抱くやも。
まあ、そんなコアなひとはいないと判断して、
続けると、わたしは帰国子女です。以上。
これでつじつまは合うわな。だいたい。
だいたい合ってれば、人生、ノー問題。

で、肝心の こころ の内容ですが。
基本的には、 貧しき人びと と同じ匂いがする。
つまり、「薄幸」の匂いがする。
どうなんですかね、そのへん、夏目様。
やっぱ考え抜かれて、こういう構成、
こういう内容にされたんですよね?
たぶん、夏目様にもいろいろ
考えることがあったんでしょうな。
ストーリー的には、
話中で現在の「上」「中」の物語があって、
最後に、過去の物語である「下」が続きます。
「上」「中」は、サスペンスの雰囲気が漂います。
何気ない日常なんだけど、
薄皮一枚下に地獄がありそうな。
なにか、とてつもない謎がありそうな。
その内容は、「下」で明かされます。
「下」は主人公・わたし宛の「先生」からの手紙という形式です。
この「先生」は、主人公・わたしがつけたあだ名です。
先生、と呼ばれたときに、この男はどんな気持ちがしたでしょう。
自分のことを、人殺しだと思っていた彼は。

先生は、手紙につづります。
自分は、かつて、友人と同じ女性に恋をして、
ある意味、ズルい方法で友人を出し抜き、婚約した。
それを知った友人は、先生を祝福した後、
自殺したのです。
その自殺現場を見た先生は、
自分のこれからの人生が
どうしようもなく呪われていること、
不幸で終わることを知ります。
愛していた女性と結ばれたにもかかわらず、
いや、結ばれたがゆえに、
自分は生涯、友人に許してもらえないだろう、
自分で自分を許せないだろう、と悟る。
先生は自分の過去を赤裸々に手紙に記し、
主人公・わたしに託して、自殺します。
友人の死から、かなりな年月が経っていました。
それでも、先生は、自分自身を許すことが
できなかったのです。
手紙の最後の一文で、先生は、
すべての秘密はあなただけに託したので、
妻には内緒にして欲しい、と付け加えます。
妻を傷つけたくはない。
先生は、奥さんを愛していました。
奥さんも先生を愛していました。
でも、幸せになることはできませんでした。
友人の死を、忘れることができなかったのです。

タイトル・ こころ はあえて平仮名にされたと思います。
(当たり前ですね)
漢字の「心」ではなく、仮名の「こころ」。
なんだか、仮名のほうが漢字のものよりも、
もろそうに見えませんか。
やわらかくて、もろくて、はかない。
でも人間が肉体の奥に持っているのは、
「心」ではなく、「こころ」なのかもしれません。
それが壊れてしまったら、
もう、幸せにはなれない。

わたしは、夏目様は彼の日常のどこから、
この物語を思いついたんだろうと不思議に思います。
それくらい、この物語は独立して、
浮遊しているように見える。
友人の自殺現場の描写など、
まるで見てきたかのように記されています。
物語の力がとても強い。
「本当にあったみたいなお話」なのです。
友人を出し抜いた先生のずるさも、
自殺を選ぶ友人の覚悟も、
すべて知らされてしまって呆然とするだろう「わたし」も、
みんな夏目漱石様の周りで実際に起きたんじゃなかろうかと
思ってしまうくらい、真実味があります。
だって、本当にありそうだから。
恋愛で友人を騙してしまう弱さも、
間接的にズルを強く責めることになる自殺を選ぶ覚悟も、
死ぬ前に、誰かに真実を話さずにはいられなかった弱さも。
全部、人間が持っているものじゃないですか。
全部、こころにしまってるものじゃないですか。
タイトルの こころ は、登場人物みなのこころでもありますが、
読み手のこころでもあると思います。
読み手が問われている。
あなたのこころにも、こういうものが、あるんじゃないですか。
あなたも、持っているでしょう?

わたしは、ここに、夏目漱石様を
偉大なるストーリーテラーとして、表彰いたします。
夏目様は立派なホラ吹きだった。
こんな、真実に迫る、真実よりも真実らしい虚構を描いた。
素晴らしい。
やっぱり、夏目様に捧げる祭壇を作らねばなりません。
夏目様に捧げる祭壇を作り、歌を歌い、褒め称えます。

今日はホラを入れる余裕がありませんでした。
あっても、1.5割くらい。
ブログの前半がちょっと適当でしたからね。
わたしの経歴のあたりとかね。
でもそんなもんですよ、だってホラブログなんだもん。
わたしは、つまらない現実より、おもしろい真実を取ります。
夢とロマン。ホラにはいっぱいつまってる。
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2011年1月13日 (木)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――月下の棋士

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今回は = 月下の棋士 で。


3月のライオン、ハチワンダイバーに続く、
将棋物3作目ですね。
ある意味、3作中、内容が一番濃い。濃厚。
わたしはこのマンガを読んだ後、
「棋士の人ってなんか気持ちが高ぶると、
失禁するのかな」としばらく、
とてつもない勘違いしてました。
そんなわけないですね。
フィクションを真に受けすぎです。

ストーリー紹介。
田舎からやってきた天才将棋少年が、
プロになり、
癖のあるライバルたちをばったばったと
倒していく。
以上。

うー、上記の紹介で間違いではない。
間違いではないのだが、
省略しすぎ。愛が足りない。
もうちょっと詳細な説明は下記。

主人公・氷室は田舎から上京してきた
将棋青年。
氷室は天衣無縫、傍若無人で、常識をあまり知らないが、
将棋に関してはハンパない情熱を注ぐ。
駒の動きを読むために極度の集中状態になり、
寿命を縮めることも。
やがて氷室はプロになり、
自分の終生のライバルとなる滝川にめぐりあう。
滝川は、「名人=神」というほとんど宗教に近い
信念を持つ男。
百鬼うごめく棋界で、ふたりは勝ち星をあげ、
ついに対決する。そして――って話。

わたしは登場人物の中では、
滝川と鈴本さんが好きでしたね。
滝川は眼鏡で怜悧で、ヒッジョーに好みのタイプです。
性格が、あれ、まあ、ソレですが。
ちょっとイッちゃってますが、
でもいいじゃないですか、
「神」とか言い切っちゃう言葉の裏に
棋界のトップにふさわしい覚悟と
力量と努力を持っている。それがにじみ出る男です。
鈴本さんは滝川とは対照的な、
プロになりきれなかった男なのですが、
とても努力家で、素直で、好感が持てるキャラクター。
その後、アマ名人になったりして、
自分の居場所をちゃんとつかんだりします。
正反対な二人ですが、
「人生に真摯である」というところが共通してます。

いや、 月下の棋士 に出てくる人物は、
だいたい「真摯」ですね。
ひとでなしだったり、わがままだったりしても、
将棋という一点に関しては、
鬼のように「真摯」。
精神的な衝撃のあまり、失禁とかしたりして、
わたしの誤解を招いたりしますが、
(↑誤解するほうがおかしい)
本当に命がけで将棋をさしてます。
当たり前かもしれないけど、
棋界の人は本当に将棋に命を賭けてるんだなあ、と
感じるマンガです。
なんだろう、 3月のライオン の人々も
基本的に、将棋に関しては真摯ですね。
カルタとか将棋とか、囲碁とか、
頭脳戦の勝負は、体重が一局で変わるくらい、
脳を使います。
本当は、「本気」「真摯」って
それくらいの覚悟と犠牲を払うものなんだろうな、
と思います。
わたし自身を振り返っても、
そこまで、体重変わるまで、本気だったことなんてない。
まだまだ修行が足りないなあ。

もし、もっと小さなうちから人生を変えられるんなら、
囲碁のプロになりたかったですね。
囲碁、好きなんですよ。本当にヘボヘボなんですが。
でも、魔法使いに憬れるような、
ちょっと頭の悪い子供だったので、
囲碁のプロにはなれなかっただろうなあ。
あ、そう考えると、
やる前から、「なれないだろう」なんて、
負け犬思考で思うくらいなら、
やらなくていいよな。
真摯にやっている人に迷惑だ。
となると、やっぱりわたしはホラ吹きになるべくして、
なっているのだな。
いつか、体重が変わるくらい、
素晴らしい、ホラが吹けるようになろう。
それが今後の目標だ。
人生に「真摯」であること。
難しいですが、これができないと、
死ぬときに後悔しそうですね。
それはイヤなので、真摯になりたいと思います。
ええ、そりゃもう立派なイギリス紳士に。
違う、紳士→真摯。
わたしは、どこまでもガッカリな人間です。
いっそ、窮めて、ガッカリの神になるといい。

今回はホラ二割くらいで。
意外と赤裸々に告白しちゃったか?
でもホラだからな、しょせん。
真摯なホラとは、純粋なフィクションでできている。
シャボン玉のように美しい、虚構です。
そういうもので、わたしはできてます。
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2011年1月12日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――ウォッチャーズ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = ウォッチャーズ で。


え、知らない? ホントに知らないの?
このミステリーがすごい! 4位、週刊文春6位 よ?
――1993年の、だけどね。
知ってるほうがコアだよな。
普通は知らないか、忘れてる。

以下、役に立たないストーリー紹介。
「このミステリー」に入ってるけど、
内容はどっちかって言うと、
ミステリーよりサスペンス。
で、少し切ない。
いや、ハッピーエンドなんだが、
悪役に回された存在が、痛ましくてね。

この物語、主人公は犬。
違った、犬を拾った男。でもたぶん犬も主人公。
この犬・アインシュタインは特別な犬で、
アメリカの国家機密的な実験の成果で、
人間並みの知能を持ってる。
で、自分を創った組織から逃げ出してきて、
男にめぐり合い、ふたりは生きていく。
ただ、問題があった。
組織が創った生き物は、犬だけじゃなかった。
名前すら与えられなかった、もうひとつの非験体、
<アウトサイダー>も、組織を逃げ出し、
犬を追っていた。
人間たちに愛される犬とは対照的に、
<アウトサイダー>は異形の怪物で、
組織内でも大切にされなかった。
だから、<アウトサイダー>は犬を憎み、
犬を殺そうとする。
犬は<アウトサイダー>の気配がわかるので、
その日が近づいてくることを察知する。
男は犬を守るため、立ち上がり、そして――って話。

判官びいきの日本人だから思うのかもしれないが、
<アウトサイダー>が痛ましい。
犬が家の居間で愛される存在なら、
<アウトサイダー>は地下室で殴られる存在。
この世に一匹しかいない変異種で、
憎み、憎まれ、憎悪と破壊衝動しか知らない。
でも、<アウトサイダー>自身は、
そうなりたくてなったわけじゃない。
<アウトサイダー>の最後の台詞が本当にもう、
痛ましい。
ネタバレすると、<アウトサイダー>は言うのです。
「殺してくれ」(文春文庫・「ウォッチャーズ」より)。
誰にも言葉を教えてもらえなかった、
誰にも言葉をかけてもらえなかった存在が、
独力で話せるように努力し、思考し、
最後にたどりついた言葉が、「殺してくれ」。
こんな痛ましい結果があるのか。
物語はハッピーエンドだと思うが、
<アウトサイダー>の救われなさっぷりが痛ましい。

いや、それでも、これでいいのかもしれない。
<アウトサイダー>は生きていることが
苦痛だったのだから。
好きで生まれたわけでもなく、
好きで活かされたわけでもなく、
不条理に世界の残酷さばかりを見せつけられ、
将来に何の望みもないのなら、
生きていることに、意味を見出せないかもしれない。
でも、さびしいですよ。
<アウトサイダー>の孤独が、
ひどくさびしく、つらいです。
なぜなら、<アウトサイダー>の孤独は、
人類の孤独でもあるからです。
<アウトサイダー>を創った人類が背負っている、
暗黒面がさびしく、切ないです。
この世には、きっと<アウトサイダー>のような思いを
している人がいる。
わたし自身が常にマイノリティであり、
多数派だったことがない。
だから、<アウトサイダー>の孤独の欠片が
胸にしみるのです。
きっと、<アウトサイダー>は、今もいる。
そんな気がするのだ。

タイトルの「ウォッチャーズ」は
「見張るものたち、見守るものたち」という意味だそうだ。
(前出・訳者あとがきより)
誰が誰を見張り、誰が誰を見守るのか、
実際に、この本で確かめられるといいだろう。
犬←→<アウトサイダー>以外にも、
意外な殺人者や追跡者も絡んでくるので、
ページから目を離せない展開になる。
値段の分だけ、価値はあると思うよ!
オチも気がきいていると思います。

じゃあ、本日はこれにて。
ホラは四割ってとこ。
いや、わたしはそんなにイイヒトじゃないんでね。
だいぶ脚色が入ってますわ。
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恐怖のバレンタイン。おばあさまにチョコケーキを献上することに。

昨日、おばあさまからわたしの携帯に着信があった。
わたしはそれを無視した。(恐怖のあまり)
→携帯はそのまま電源を切って、引き出しに入れ、
 引き出しには厳重に鍵をかけた。

そしたら、今日、家の電話宛に
おばあさまから連絡があった。
律儀に内線をまわしてくる(気がきかない)執事に、
わたしは言った。
「わたしはいない、
いや、体調を崩して寝込んでるって伝えなさいっ」
とにかく電話には出られない。出たくない。
執事は内線をいったん切り、
しばしのち、また内線をかけてきた。
わたしは繰り返す。
「だからー、わたしは電話には出られない。
残念ながら昨日死んだ、そう言いなさい!」
「いえ、お電話はもう切れました。
ご伝言だけお預かりしました」
「伝言?」
「はい。
先日のシフォンケーキはとてもおいしかったので、
またケーキを作ってきなさい。
ちょうど来月にバレンタインがあるので、
チョコレートケーキを、とのことでした」
「バレンタインにおばあさまにチョコレートケーキ?!」
わたしが、なぜ、おばあさまに
愛の告白をせにゃならんのだ。
生命の危険を感じているのに。 
執事は愚直なまでにおばあさまの意志を伝えてくる。
「どんなケーキがよいか、
ケーキパッケージの具体的な画像をいただきましたので、
ご主人様へ転送しました。
この画像の箱に収まるようなケーキがよいそうです」
「いったい、どんなん……ッ、こ、これは!」
わたしは画像を見て、吐血しそうになった。
本気ですか、おばあさま。
110112_1534001_2

本気で、
この箱に入るようなケーキをご所望なんですか。
わ、わたしは、おばあさまに勝てる気がしない。
死ぬまで勝てない気がする。
ダメだ、そんなんじゃダメだ、
いつかは勝たねばならん。

でも、あのひとにかなう気がしないよー!
わたしだってかなりな非常識だけど、
孫にこんなケーキ要求するような非常識に、
勝てるわけがねえだろォ!
……今年の冬は、冷え込みが厳しくなりそうだ。
誰か、わたしを温めて欲しい。



以上、緊迫する現場から、
ホラ二割でお届けしました。
八割真実ってったら、ほとんど真実じゃねえか!
ありえねえ。ありえません。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――東京BABYLON

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は 東京BABYLON で。CLAMP様ですね。


CLAMP様といえば、好きなところで、
カードキャプターさくら とか、
Angelic layer とか、
X とか、
次々に鬼のように山のように出てきますが、
今回は、短編集として完成度がむちゃくちゃ高いと思う、
東京BABYLON で。いいよ、この話。

ストーリーですが。
なんて言うんだ、こういう話は?
ええと、妖怪退治物、ではないわな。
人間ドラマ? ともちょっと違うわな。
でも主人公は陰陽師(?)だよな。

フラフラしながら、頼りなく説明すると、
タイトルの BABYLON という都市は、
聖書に出てくる滅びの街のこと。
ここでは 東京=BABYLON というみたてですね。
主人公は陰陽師の皇昴流(スメラギ スバル)少年。
京都出身だが、話中の現在では東京に住んどる。
話は東京の中で、昴流くんと双子の姉の北都ちゃんと、
(自称)昴流くんに惚れている・桜塚星史郎さんの
三人を軸に回ります。
ここで要チェックなのが、三人のキャラクター。
つまり、昴流くんは、度外れて「イイヒト」。
北都ちゃんは、女の子だけど、「カッコイイヒト」。
星史郎さんは、「ヒドイヒト」。
昴流くんはある意味、
3月のライオン の 零くんみたいな、
傷つきやすい、優しい男の子。強くもあるんだけどね。
昴流くんが「仕事」で東京で出会う人や霊は
悲しい人や、なにかを背負っている人、逆境の人が多い。
東京BABYLON は
昴流くんが引き受ける仕事・事件という短編が重なって、
その短編の中を、三人の関係の変化という太い軸が貫いている。
昴流くんは成長するにつれて、
星史郎さんへの気持ちが変わっていくのだ。
つまり、誰にでも優しい・イイヒト=特別な人はいない昴流くんが
星史郎さんを特別に思うようになっていく。
ところが、星史郎さんは本当にヒドイ男で、
実は昴流くんの命を狙っていて、
それを食い止めるために北都ちゃんが動き、
そして――って話。
そして、の後は X(エックス) というマンガに引き継がれます。
東京BABYLON は短編としては完結してますが、
長編としてはある意味、未完の話です。
未完ってところが、もだえます。
ああ、結末を知りたかった。
X のほうで昴流くんと星史郎さんの関係の結末が
描かれているが、それも完全じゃなかった。
(X 自体が完結してないから。完結してないよね?)

誰かが誰かを特別に思うってことは、
ありふれているようで、
実は奇跡のようなものだ。
中でも、昴流くんみたいに、誰にでもイイヒトは
なかなか特別な人を持たない。
「みんな」が大切だからね。
だから逆に、イイヒトが
特別な人を持ったときの揺り返しは激しい、気がする。
イイヒトとヒトデナシは誰かを特別に愛すると、
狂的になると思う。
「みんな」が大切なイイヒトと、
「誰も」大切じゃないヒトデナシにとって、
特別な人は本当に特別だからだ。
それこそ、自分の生命を賭けるくらいに。
昴流くんの人生も、星史郎さんに会ったことで変わった。
それがいい変化だったのか、
悪い変化だったのかは、本人にしかわからない。

ヒトデナシが誰かを特別に思う話として、
典型的なのが、
嵐が丘 だとわたしは思う。
誰も愛さない男・冷たい男、ヒースクリフが
たった一人の女を唯一、熱狂的に愛する。
ヒースクリフの視界には世界なんてない。
その女しかいない。
もはや狂人ですよ。
ですが、少しうらやましい気もする。
そこまで誰かを愛せたら、生まれてきた甲斐があるだろう。
昴流くんのこともそう思う。
そこまで愛せたのなら、出会った意味があるだろう。
運命を変える意味があるだろう。
だから、 東京BABYLON の終わりは決して
ハッピーエンドじゃないけど、
心に残る結末です。
昴流くんの心が東京に残したもの。
東京BABYLON の最終的なテーマ。
それは結局のところ、
「あなたを愛している」に尽きると思う。
それに尽きる。
昴流くんの「あなたを愛してる」、
北都ちゃんの「あなたを愛してる」、
星史郎さんの「あなたを愛してる」。
みんな意味が違います。
でも、表出としては同じ言葉になると思う。
深い、深い物語です。

わたしは、「愛してる」という単語は
ほとんど使ったことがありません。
わたしのように、地に足がついていない人間が、
誰かを特別に思うと、
おそらくヒースクリフ的なことになりそうで、自分で怖い。
ええと、まだ殺人も脅迫も誘拐も監禁もしたくないので。
恋愛関係からは努めて離れるようにしています。
アンジェリーナ・ジョリーが来たら、話は別だけど。
キアヌ・リーブスが迫ったら、話は別だけど。
まだまだ、わたしは陥落しませんよ!
不沈の巨大戦艦と呼んでくれてもかまわないぞ。
いつか空を飛べるかも。

追伸。東京BABYLON は
ファッションポイントがハンパなく高いと思います。
キャラクターのファッションが本当にセンスがいいなあと感じます。
見てみて。

今回はホラ五割くらいで。根本の部分がホラで。
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2011年1月11日 (火)

新年初出動! 夜中に緊急搬送されたわたし。

ただいま帰宅しました。
え? どこから? ――病院から。真夜中に担ぎこまれた病院から。
昨夜ブログをUpした後に、わたしは書斎で昏倒、救急車で病院へ。
自家用車で病院には行っていたけど、救急車は今年初。
救急車内で意識を取り戻すも、
「自分の名前がわからない」
「自分の歳がわからない」という混濁っぷり。
ナマで「アルジャーノンに花束を」状態に。
(※12月31日の「この本がおもしろい~」参照)
とりあえず一晩病院に泊まり、
今日、検査のフルコースを受けて、
記憶も戻ってきたし、
ま、大丈夫なんじゃないの、ってことで帰宅した。
特に異常はなかったんだよねー、MRIとかでもさ。

わたしが思うに、きっと、
正月の緊張状態がほぐれてきたので、
気がゆるんで失神したんだね。
おばあさまの恐怖から解放されたんだと思う。
名前や歳がわからなくなったって件は、
なかったことにしておく。
自分の脳がどういう状況だったのか、深く考えると怖いので。

帰宅したら、書斎の机におきっぱだった携帯に
着信が入っていたよ。
誰だ?
――おばあさまからだった。
とたんに悪寒に震えるわたし。
電源を切り、携帯電話はなかったことにする。
体調が良くなるまで、
万全の態勢でおばあさまと戦えるようになるまで、
この携帯電話は使用しません。
つうか、新しい携帯を明日買いに行ってくる。
いまの携帯はアシがついてるんで、ダメだ。
破棄します。

というわけで、
わたしと携帯番号を交換しているみなさまへ。
よんどころのない事情により、
わたしの携帯番号を変えます。
精神安定のために、しょうがないと思ってください。

でも、おばあさまと戦える日なんて来るのかな。
本気で、人間と鉄ハンマーでモグラたたきをやる人だよ?
(※1月9日の日記参照)
あの非常識っぷりに、対抗できる日が来るとは……。
いやいやいや、大丈夫、大丈夫、
わたしだって日々精進している。
成長している。
たまに頭がとんで、名前と歳がわからなくなるときもあるが、
いつか、おばあさまと戦えるようになるって。
そう思う。
そう信じたい。
そんな予感がする。
そんな気もする。
そういう考えもある。
その気がないわけでもない。

だんだん自信がなくなっていくわたし。

とりあえず、いったん寝ます。
わたしが名前と年齢を忘れないで済むよう、
祈っててください。
ええと、神様か邪神かなんかに。

今日のホラ度は八割くらい。
ホラの度合いよりも、
この記事に事実があるってことのほうが驚愕。
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2011年1月10日 (月)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――トムは真夜中の庭で

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = トムは真夜中の庭で である。


これはフィリパ・ピアス様の名作児童文学。
ピアス様はほかにも ハヤ号セイ川をいく を書かれている。
こっちも名著。
このブログを読んでると、名作という単語が
簡単に連発されているように思われるかもしれないが、
わたしがいままで読書した中で、
ふさわしい作品だと思ったときしか、言っていない。
だから、 トムは真夜中の庭で は名作である。

相変わらずの力が抜けるストーリー紹介。
主人公トムは弟がはしかになったため、
夏休みをおじさんのアパートで過ごすことになる。
おじさんちは本当に普通のアパートで、
冒険の匂いなんて欠片もしないような家。
おじさんちで過ごす夏休みなんてイヤだとトムは思ってた。最初は。
ところが、真夜中にアパートの大時計が十三時を鳴らしたとき、
裏庭を初めてのぞいたトムは、
とてつもないものを見る。
なんと、街中の、ごく普通のアパートの裏庭は
広大な庭園だったのだ。
(おじさんたちはそんなことは一言も言ってなかった)
ここからトムの冒険が始まった。
日中はごく平凡な、自転車とかが止めてある狭い裏庭が、
時計が十三時を打ったときだけ、
夜中の不思議な庭園へ変貌し、入ることができるのだ。
ここでトムは一人の少女と知り合う。
少女とともに、裏庭で時間を過ごすトム。
やがて、少女はゆっくりと成長していく。
そして――って、話。
裏庭の庭園はなんなのか、
少女はいったいなんなのか、
これは読んでみたほうがおもしろいと思う。
ネタバレしてもいいんだけど、(もうほとんどネタバレしてるが)
もったいない。
これだけ読みごたえのある物語はそんなにない。
ぜひとも、自分の目で確かめられたほうがいい。
最後の一文が素晴らしい。
傑作。作者の物語力の高さを示している。

こんだけレベルの高い物語は、
もう存在することが奇跡みたいで、
作者・ピアス様はどうやって考えついたんだろうと思う。
風景などの描写力、構成力もハンパなく高く、
そういう意味でも驚愕の児童文学。
いや、児童文学というくくりをとっぱらっても、
名作だと思う。
これは、ご家庭でぜひ読んでいただきたい。
子供も、そして大人も、トムと一緒に真夜中の庭の
不思議に魅了されると思う。
この物語よりつまんない大人向けの本なんか、
ゴロゴロしてますよ。
この物語よりレベル上の話って、そうそうないですよ。
ブログのタイトルどおり、わたしは勝手にそう思う。
この本を知らないなんて、もったいない。
もったいないお化けが殺しに来るよ!

さらに、この物語は、
舞台がごく普通の街中の
アパートってところがいいですね。
いかにも冒険が待ってます的な古い屋敷じゃなくて、
そこらへんにありそうな舞台設定が夢をそそる。
もしかして、自分の家にも
こういう不思議が起きるんじゃないか。
寝てるから見逃して知らないだけで、
不思議が起きているんじゃないか。
そう考えると、とても楽しいですね。
もちろん、真夜中の庭の不思議には
ちゃんと理由があるのだが、
(どこの家でも起きるわけではないのだが)
それでもさ、日本のごく普通のマンションとか、
アパートとかでも、冒険が起きるかもしれないと思うと、
ワクワクするじゃないですか。
起きっこないって思ってつまらないより、
もしかしたらって思って楽しむほうがいい。
そういうのが「想像力」でしょ。
物事を拡大し、縮小する力でしょ。
日常にかかる魔法ですよ。
夢とロマンですよ。
もちろん、人間は、
夢とロマンだけでは生きていけないのだが、
夢とロマンがなかったら、
だいぶツマラナイ人生だね。
あったほうがいいよ、夢とロマン。
わたしのように、過剰な想像力を持っていると、
そのせいで人生が狂う可能性があるが、
普通に読書する程度の想像力なら、
ノー問題。あったほうがいいよ。
でさ、日常の中で、小さな夢とロマンを持ってるといいよ。
日常の中で、非日常を意識しているといいよ。

わたしは女友達の二十歳の誕生日に、
二十本の赤いバラのデカい花束を贈りました。
別に恋人ではないが、彼女の一生に一度くらい、
こういうサプライズがあってもいいと思ったんだ。
ちょっとした非日常ね。
自分が相手だったら、
どうされたら嬉しいかなあと想像するんだ。
自分だったら嬉しいけど、
人によっては迷惑な場合もあるので、
実行は慎重にやるべきだが、
彼女はとても喜んでましたよ。
ね、ドラマとかだと花束くらい、いくらでも出てくるけど、
現実にあげるひとはそんなにいないんだね。
実際、彼女に二十本の花束を贈ったのは
わたしだけでした。
彼女には恋人がいるのに、ですよ。
ただ、これ、注意して実行しないと、
女性の恋人に殺されることになるので、
用心してください。
あくまでも慎重に見極めてから、実行するように。
もしくは、彼氏の名前で贈ってあげても
いいじゃんか。
彼氏を巻き込むという手もあるよ。
日常の中のちょっとした非日常、
夢とロマンがあると、人生楽しいよ。
たぶんね。(推測)

以上、ホラ五割で。
想像力があったほうがいいってのは、
わたしは真実だと思うが、
でも、生きていくうえで必須ではない
(なくても生きてる人もいる)
ってあたりがホラだよね。
ほかにもチラホラ、ホラが混じっとる。
でも トムは真夜中の庭で が名作ってところは
鉄板で真実だと思います。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――OZ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = OZ で。


ちょっと古いマンガですが、いま読んでもおもしろいSF!
なんと言っても、樹様の画力・ストーリーテリングに引き込まれっぱなし。
オチにもヒネリがきいていて、あっと驚くこと請け合いである。

いつものごとく、役に立たないストーリー紹介。
この話の元ネタは「オズの魔法使い」です。
まずそれを知っていたほうが楽しめる。
(もちろん、「オズの魔法使い」は読んでるよな?
※小学校での必読本。続巻がいくつもあることは意外と知られていない。)
この話はSFなので、未来のお話。
核戦争後の荒廃した世界で、
OZという理想郷の噂がささやかれるようになる。
その都市には、失われた高度な技術があるという。
主人公・フェリシアは行方不明だった兄がOZにいるという連絡を受ける。
彼女は傭兵・ムトー、サイバノイドの1019とともに、OZを目指す。
ここではオズの魔法使いの主人公・ドロシー=フェリシア、
ライオン=ムトー、
ブリキのきこり=1019 のみたてです。
※ちなみにカカシはいない。
たどりついたOZで兄と再会したフェリシアを待っていたのは、
兄の恐ろしい素顔だった。
ムトーとフェリシアは兄に敵対し、戦うことになる。
そして、その結果――って話。
一分のムダもない、素晴らしい構成の物語です。
最後のオチまで話を貫くゆるぎない柱がある。
SF好きなら、読んでないと損。絶対 損。

OZを目指す旅の途中で、フェリシア、ムトー、
1019はそれぞれ成長と変貌を余儀なくされる。
フェリシアとムトーの変化はある意味、プラスのものだが、
1019の変化はプラスとはいいがたいもの。
1019の人格が二重人格になり、
本来男性の1019の精神にフェリシアの母・パメラの人格が
宿ってしまう。
心を求めるブリキのきこり=1019は最終的になにを求めるのか。
ピノキオの例にもれず、過去、人間になりたいロボット物は
数多くありますが、OZの1019も同様かな。
これもOZのテーマのひとつだと思います。
人造生命に宿る魂ってのは、どういうものなんだろう。
(グラマラス・ゴシップ のトパーズもこの問題の例だね)
人間は不完全だから、欠けている部分がある。
だから無機物が単純に人間をトレースしても、
完全な存在にはならない。
かといって、人間を越えてしまったら、
それはもう、「人間」とは呼べなくなってしまう。
人間性とはなんなのか、
人間性とはそれをもって肯としてよいのか、
OZ はいろいろ問われるマンガです。
人間代表のフェリシアやムトーは話の中では、
悩んだり、道を間違えそうになったりする。
それを見ながら、1019は自我というものを探っていく。
1019が最後に出した答えも、素晴らしい答えだった。
彼には魂があった、わたしはそう受けとりました。
1019の身体に流れる血液は白色の人工血液だったけど、
たしかに、彼には魂が宿っていた。彼は魂を獲得した。
そこから考えても、OZ は奇跡のような物語です。

わたしは正直、「人間になりたがる人造生命」というのが、
イマイチぴんとこない。
そんなになりたいと思うほど、人間ってすぐれているのかな?
たとえば、多くの神話では神が人間を作るけど、
神になりたい人間っているのかな?
わたしはなりたいと思いません。
大好きな人と同じ、人間でいい。
だから ぴんとこないんだろうね。
たぶん、人間になりたい人造生命を突き動かすのは、
創造主に焦がれる気持ちや、
自分にはあるべきものがない、という欠落感なのかなあと思うけど。
人造生命は人間が大好きなのかもしれないね。
人間は創造主である神を呪ったり、忌避したりすることがあるけど、
人造生命たちは素直に、一心に、人間が好きで、
人間に近づきたいのかもしれないね。
いつか、人造生命と話す機会があったら、訊いてみたい。
「君は、誰に近づきたくて、人間になりたいの?」
でも、誰かに近づきたい、誰かを特別に思うってことは、
もうすでに、「魂」があるよね。
だから人造生命は、本当は、人間になりたいと思ったときに、
魂を獲得するのだと思う。
その願いが、もう魂なんだと思う。
逆に、不完全な人間になんてなりたくないよ、って人造生命のほうが
わたしにはしっくりきますね。
自分を完全だと信じたがる存在。
まさにそれは、人間のミニチュアじゃないですか。
ある意味、こっちの考え方も人間に近いかも。
ああ、こういう人造生命の魂の話は、
清水玲子様の ジャック&エレナシリーズ が
深く掘り下げているな。
今度、そっちも取り上げてみよう。 ジャック&エレナシリーズ も名作だよ。
心ってなにか、魂ってなにか、深く考えさせられるお話。

ちなみに、わたしには心はありますが、魂はありません。
ひとでなしかもしれないしな。
虚言癖というのは、ひとでなしの必要条件のひとつでもあるだろう。
心無いことを、心を込めているように話しますよ。
それで、まったく心は痛みません。
わたしは、1019と比べると、だいぶひとでなしだな。
ろくでなしでもある。
でも、だからって自殺しようとか、改心しようとか思わない。
世界に胸を張って、
「わたしはホラ吹きのひとでなしのろくでなしです」と言える。
なぜなら、わたしにはユーモアがあるからだ。
笑っていられるうちは、ひとでなしのろくでなしでも、ノー問題。
それが人間の生き様というものだ。(と勝手に決めつける)

こんな感じで、今回は終わり。ホラは三割くらいじゃない?
ジャック&エレナシリーズ をまた読み返してみようかなあ。
でもあれ、切なくて、苦しくなるんだよなあ。
人を騙してもなんとも思わないけど、
マンガ(フィクション)では胸が痛むわたし。
ひとでなしですね。朗らかに。
でも、ぜんぜんひとでなしじゃない人間なんて、 いないんじゃない?
人間ってそういうもんじゃない?
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2011年1月 9日 (日)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――画像をつけたよ、わかりやすい!

今日、全開で頑張って、いままでのブログ記事に画像をつけました。
これでいくらか、わかりやすくなったと思う。
勝手なお勧めチョイスだが、見るのはタダ、損はしないと思うよ!
ちなみにわたしが持ってるバージョンの画像なので、
画像以外に単行本や完全版が出てる場合もあるので、注意。
どうぞよろしく。

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――画像をつけたよ、わかりやすい!

今日、全開で頑張って、いままでのブログ記事に画像をつけました。
これでいくらか、わかりやすくなったと思う。
勝手なお勧めチョイスだが、見るのはタダ、損はしないと思うよ!
ちなみにわたしが持ってるバージョンの画像なので、
画像以外に単行本や完全版が出てる場合もあるので、注意。
どうぞよろしく。

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――姑獲鳥の夏

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回 = 姑獲鳥の夏 で。冬だけど。

このシリーズで初めて、京極様のお話に触れまして、
カルチャーショックを受けました。
ええっ、まだこんな話があったんだ。
まだこんな書き方があったんだ。
衝撃的でした。

「ストーリー紹介」は、今回はしません。
なぜなら、まとめるのがとても難しいからです。
内容が長いから難しいのではなく、
ひとつの物語が、多視点的な、いくつもの見方ができる物語なので、
神のような定点を設定して説明するのが難しいのです。
なんというか、いくつもの面を持つ多角形のような
構成の物語なのです。
それでいて、一本、太い筋も通っている。
とりあえず簡単に登場人物紹介だけします。

1:主人公(?)というか、一番視点が多いのは、
売れない小説家・関口。
このひとが切り口になってお話が始まることが多い。
また本人が精神的な打撃に弱く、刷り込みされやすいので、
事件にも巻き込まれやすい。
不幸体質。
2:真実の探偵役・京極堂。
古本屋の主で、京極堂とは屋号なのだが、
とても頭の回転がよい、博学な男。
副業で憑き物おとしの拝み屋をやっている。
3:神の探偵役・榎木津。
傍若無人、天真爛漫(?)な探偵。
特異体質の持ち主で、他人の記憶を映像として見ることができる。

だいたい、この三人が軸でしょうか。
実は、三人以外にも京極堂の妹の新聞記者とか、
榎木津を神とあがめる刑事とか、
骨董商とか、釣堀や(?)とか、いろんな人物が絡んできます。
巻が進むにつれて、登場人物はどんどん増えるが、
キャラがかぶらず、それぞれに特徴があって覚えるのが苦になりません。
なにより、話の軸へのキャラの関わり方がおもしろい。
だいたい、最初は噂話とか、ちょっとした気づきとか、
探偵への依頼とかそんなことからお話が始まる。
そして多くのキャラが綿密かつ緻密に動き回って、
多視点から見ることが可能な、ひとつの図が描き出される――って感じ。

驚きます。少なくともわたしは一読して驚きました。
推理小説としては、1巻目の姑獲鳥の夏よりも、
2巻目以降のほうが充実しているように感じますが、
ありとあらゆるこんがらがった糸が
最後にきちんとおさまって、
事件を支配していた「憑き物」が落ちるところがすごい。
「憑き物」というと妖怪のようですが、
まあ、実際、妖怪というか、因果の塊・悪意の塊のようなものが
事件に関係しているのです。
それを拝み屋である京極堂が落とす。=事件解決になるのです。

ええと、探偵役として「神の探偵」榎木津がいますが、
彼は探偵としてはあまり意味がありません。
結論しか見ないからです。
彼には経過が見えなくて、他人の記憶を通して、
結果だけが見える。だから、他人に説明ができない。
ことこまかに事の次第を解きほぐし、説明するのは
京極堂。
榎木津は狂言回し的な存在ではないかと思います。
ちなみにわたしは榎木津が一番好きですね。
こういう友達がいたらいいなあ。
毎日が楽しいなあ。
一緒に駆け回ったら、いいなあ。
京極堂には畏れながら、シンパシーをちょっと感じます。
京極堂が憑き物を落とす所作が、ホラ吹きに通じるものがある。
なんというか、人の心・意識を触る、感じがする。
ホラというのは、事実を屈曲して
拡大・縮小して見せるものですが、
京極堂の憑き物おとしは
事実の見る角度を変えてみせるのではないかと思います。
そうなんとなく「思うだけ」です。
わたしごときが京極堂と並ぶなんて思ってはいません。
尊敬はしている。とても尊敬している。
京極堂はきっと、その気になればものすごいホラ吹きになれる。
だから尊敬しています。フィクションの登場人物ですけどね。

京極堂への尊敬は、転じて、
作り手でいらっしゃる京極様への賛美となります。
褒め称える。すばらしいストーリーテラー様です。
これは祭壇を作って拝む必要があるよ。
うちにはいくつも祭壇がありますが、
もうひとつくらい追加してもまったく問題ないので、
京極様へ捧げる祭壇も作ります。
短い推理物を好むひとには、
アシモフの「黒後家蜘蛛の会」を、
長い推理物を好むひとには、
京極様の「姑獲鳥の夏」(以下、シリーズ)を勧める。鉄板で。
鈍器サイズの厚い本ですが、読む価値があります。絶対。

以上、賛美の歌を歌う方向で、今回は終わり。
ホラは五割程度ですかね。
登場人物紹介とかは
「男爵はこういうキャラだと思ってる」程度にとらえてください。
この深い、厚い物語の登場人物たちの姿を
わたしなんぞが捉えきれているわけがないので。
その目で確かめろ!
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シフォンケーキ作成3回目成功。そして阿鼻叫喚の新年会へ。

今朝、型からはずしたキャラメルシフォンケーキは
多少崩れていたが、どうにかクリームでカバーし、
おばあさまに提出できるようにした。
成功してよかった。あやうく泣きながら四回目を作るところだった。
ちゃんと箱にも入れて、本日午後、持参したぞ。
ブログにUpした画像は我が家のキッチンでそのケーキの写真。
110108_1244002_2
あと、おばあさまの邸宅から臨む芦ノ湖と富士山の写真。
110108_1622001
(おばあさまは箱根に住んでる)

本日、ご挨拶にうかがったところ、
おばあさまはとてもご機嫌麗しく、
新年の挨拶の後、ケーキを確認し、
「お茶のときにいただきましょう」とのお言葉を賜った。
今日、挨拶に行ったのは、
わたしひとりではなく、従兄弟がもう一人、挨拶に来ていた。
かつて「生きたタコ」をお年賀の献上品に持ってきて、
伝説を作った男だ。
以下、会話を再現。
(W:わたし I:従兄弟)

W:「松の内があけちゃったけど、あけましておめでとう。今年もよろしく」
I:「うん、よろしく。さっきのあの箱、なにが入ってるの?」
W:「ケーキだよ、キャラメルシフォンケーキ」
I:「なんでケーキなの?」
W:「おばあさまからのオーダーだったんだよ。
 かなりてこずってさあ、もうわたしは湖を優雅に漂う白鳥のようだったよ」
I:「白鳥? 意味がわかんない」
W:「つまり水面下では必死のバタ足ってことだよ! それくらい大変だった」
I:「へえ、新年早々、災難だったね」
W:「君は? 今年のお年賀にはなにを持ってきたの?」
I:「ハンマー」
W:「は? ハンマー?」
I:「そう。なにに使うのか知らないけど、
 おばあさまがハンマー持って来いって言うから、ハンマー持ってきたよ」
W:「ハンマーってあの、工具の?」
I:「うん。頭が鉄でできたヤツ。重いよ」
W:「いやな予感がするな……」

そう、おばあさまの唐突な注文は、必ず裏に意味がある。
ボケてきているわけじゃない。
なにゆえ、新年の挨拶の場にハンマーが必要なのか?
それは午後のお茶の後、始まった
三人だけの新年会で明らかになった。
おばあさまは言った。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
「なにをですか」
従兄弟とわたしが不思議そうに訊くと、おばあさまは微笑した。
「決まっているでしょう。新年といえば、モグラたたきですよ」
「モグラたたき?」
きょとんとするわたしと従兄弟の前に、
いくつも丸い穴のあいたシーツが張られた台が設置された。
色が白いだけで、よくゲーセンで見かけるモグラたたきの台にそっくりだ。
「では、ルールを説明します」
おばあさまは突然、メモ帳を取り出して読み上げた。
「これから、あなたたちのひとりがシーツの下に入り、
流れる音楽にあわせて、穴から顔を出します。
もうひとりがハンマーでその顔を思い切り叩く真似をしなさい。
あくまで真似です。当ててはいけません。寸止めです。
それを、五回繰り返して攻守を交換し、
本当に叩いてしまったほうが負けです」
「お、お、おばあさま!」
わたしはとんでもない窮地に放り込まれたことを悟った。
これはもしかして、間違って殺人を犯してしまうか、
もしくは殺されてしまう可能性がある。
「新年早々、遊びに命をかけなくてもいいと思いますが」
「なにを言いますか。寸止めですから、安全です」
「寸止めにできない! こんな重そうなハンマーで、
寸止めなんかできませんよ。
わたしは腕力はないんです」
従兄弟のバカが買ってきたハンマーは、道路工事で使用しそうな、
巨大な鉄のハンマーだった。
死ぬ。これで顔を叩かれたら、間違いなく死ぬ。
ていうか、わたしはこれを持ち上げることすら難しい。
「またまた、おまえは本当にホラ吹きですね」
でもまだ修行が足りませんよ、とおばあさまはウィンクしてみせた。
「できないなどと言って、本当はやりたくて仕方がないのでしょう?
やらせてあげますよ、安心しなさい。
じゃあまず、おまえは頭を出すほうをやりなさい」
「ちょっと、これ、寸止めにできる?」
わたしが従兄弟に訊くと、従兄弟はあっさり、
「悪ぃ」
と言った。悪ぃってなんだ、どういう意味だ。
「まあ、なんだ、うらまないでくれよな」
「うらむに決まってるだろ!」
独走するおばあさまに、ノリがよすぎて暴走する従兄弟。
わたしの命の危機だ。
危険すぎる新年会が始まった。

で、結果、ボロボロになりながら、ついさっき帰ってきたよ。
生きて帰ってきたよ。
何度もハンマーが顔をかすったので、
反射的に頭をそらしてよけることの繰り返し。
ダイ・ハードばりのスリルを味わってきたよ。
もう、二度とモグラたたきなんて見たくない。
おばあさまが怖くて、足が震えるよ。
あのひと、本気でシャレをやるから、恐ろしい。
もうとうぶん、おばあさまの家には行きたくないね。
PTSDになりそうだ。



以上、ホラ五割で。
え、半分は本当なの?
まあね、 証拠写真があるからね。
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2011年1月 8日 (土)

シフォンケーキ作成2回目、成功→失敗だった! 3回目だ!

2回目、ふっくら膨らんで成功だと思っていたが、
型からはずしてみたら、
底にぼこぼこに気泡ができて、
キャラメルがたまっていた!
やり直しだ!

こうして、夜中の11時半すぎに再度メレンゲを作るわたし。
いい歳して、半分泣きそう。
いまケーキが焼きあがって、さかさまにして冷ましてる。
明朝チェックしてOKでありますように。
おばあさま、あなたのオーダーは鬼ですよ!!!



以上、ノンフィクションで!
いや、あったとしてもホラは1%未満で。
わたしはもう、寝る!
明朝 4回目にチャレンジしてたら、
かわいそうだなあと思って、優しくしてくれ。頼む。

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2011年1月 7日 (金)

シフォンケーキ作成2回目、成功。

19時よりとりかかっていた
2回目のシフォンケーキ作成はどうにか成功した。
逆に膨らみすぎて、
型からはみ出たところが剥落してしまったくらいだ。
あとは冷やして、型からはずして、
見栄えよくカットして、
明日の朝、キャラメルクリームで塗装すれば完成だ。

いやー、ケーキひさびさに作ったけど、
1回じゃうまくいかなかったね。
2回目は1回目の教訓を生かして、
全生地にキャラメル風味をつける、ではなく、
マーブル模様にキャラメルを垂らす で成功した。
やっぱキャラメルは比重が重くて膨らみにくいんだな。

このブログ、今日だけ読んでる人は、
なぜケーキの話になってるのか理解できないと思うが、
今日はケーキの日でした。
その日によって、ケーキだの、メイドガイだの、
病気だの、病気だの、神様だの という話題になる。
話題はわたしの気分次第だ。

逆に、このブログをたまに読んでる人は、
「男爵、ケーキなんか作れるのかよ」と思うかもしれないが、
わたしは病気持ちだが、だいたいのことはできる。
料理、洗濯、掃除、大工、ケーキ、フラワーアレンジメント、
ラッピング、裁縫、パン焼きなど、できる。
なぜなら、十五歳で男爵を継いだときに、
屋敷からおっぽり出されて、自活せざるをえなかったからだ。
全部自己流だが、だいたいのことはできますよ。
別に召使いなくても支障はないのだ、本当は。
どうも、わたしみたいな怠け者のホラ吹きは、
社会生活能力ゼロみたいに思われるが、
やろうと思えばできます。
したくないだけ。
しないで済むなら、しないだけ。
ただ、怠け者なんでやりたくないだけ。
それだけです。



以上、今日はちょっと疲れたよ。
ホラは二割で。
だから八割は真実。ってことはだいたい真実かな?
それとも「二割もホラなのかよ?!」かな?
それはあなたのお気持ち次第。
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シフォンケーキ作成1回目、失敗。

本日18:20分ごろ、1回目のシフォンケーキが焼きあがり、
オーブンから出してみたのだが。
手前側は膨らんでいなくて、ぺたんこに近い。
失敗。
くっそォ、だから、シフォンケーキは苦手なんだって!
難しいんだよ、シフォンケーキって!
しかも入れたキャラメルの比重が重いらしく、
膨らみにくいっぽい。
これから19時より2回目のシフォンケーキ作成を行う。
どうしよ、何回やったら、成功するかな?
いっそキャラメルはあきらめて、バニラとかメープルとか、
もっと簡単な味に……。
いや、ここで退いては、男爵の名がすたる。
完璧なキャラメルシフォンケーキを作成し、
「いやー難しくて、買ってきたんですよ」と言って渡し、
おばあさまが食べて「おいしいわあ」と言われたら、
そこで、「実はやっぱりわたしが作りました」と
告白するのが、楽しいじゃないか。
じゃないか。



ワンモアセッ!(ビリーズ・ブートキャンプ風に)
2回目がどうなったかは、また後で。
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おばあさまのために、ケーキを焼くはめになった。

今週末、おばあさまのところへ
新年のご挨拶に行くことになった。
そして手土産は、なんと、わたしの手作りケーキになってしまった。

以下、わたし(W)とおばあさま(O)との会話の再現。
※わたしはおばあさまがすっごく苦手である。
 ホラ吹きとしての格が違って、負けるので。

W:「あけましておめでとうございます。
  今年もよろしくお願いいたします」
O:「はい、よろしく」
W:「病気のため、遅くなってしまいましたが、
  よろしければ今週末、
  年始のご挨拶にうかがいたいのですが」
O:「よいですよ。土曜日の午後なら空いています」
W:「わかりました、うかがいます。
  それで、お年賀といってはなんなのですが、
  おばあさまは、季節のお花と旬の食べ物、
  どちらがよろしいでしょうか」
  (※従兄弟がお年賀に「生きたタコ」を持っていって騒ぎになって以来、
    お年賀は直接おばあさまの希望を訊くことになっている)
O:「そんなに気をつかわなくてよいですよ」
W:「いえ、そういうわけには」
O:「……あなた、以前、料理をしていましたね」
W:「あ、はい、十五歳で男爵を継いだとき、
  一度、屋敷を追い出されましたので。自活してました」
O:「じゃあ、あなたが作った料理を持ってきなさい。
  おせちには時期が遅いので、
  そうですね、おいしいお茶にあうケーキがいいわ」
W:「えっ! ケーキですか、わたしが焼いた?」
O:「シフォンケーキが食べたいわ」
W:「シフォンケーキッ?!」
  よりによって、シフォンケーキ。
  以前失敗して、べこぼこのケーキを作ったことがあるのに。
  バナナケーキなら完璧なのだが。
W:「おばあさま、バナナケーキでは」
O:「シフォンケーキで。明日、楽しみにしていますよ」
 ガチャン。(電話切れる)

どこまでも、他人の言うことをきかないおばあさまだ。
たぶん、バナナケーキを拒否したときに、
わたしがシフォンケーキが苦手なことを読んでいるな。
うかつだった。
どうする、わたし。
シフォンケーキは苦手なんだよ!
しかし、事態がこういうことになったのなら、
完璧なシフォンケーキを提供せねばならない。
失敗作を差し出そうものなら、
十年物のあげあし取りの材料になる。
いっそ、買ってくるか?
いや、たぶんバレるな、それは。
くっそぉ、こんな天気のいい日に、
家から出なければならないなんて。
日だまりでダラダラしたいのに。

わたしは執事を呼んだ。
「外出する。買い物だ。
 卵と牛乳とグラニュー糖と小麦粉を買う。
 あ、あとキャラメル」
「かしこまりました」
執事は車の手配をしにいった。

では、出発だ。
わたしは今日の午後をかけて、
完璧な手作りキャラメルシフォンケーキを作らねばならない。
もちろん、ケーキ箱も用意して、
その中へ入れて、だ。
冒険の始まりである。

以上、ほぼホラ一割で。
最近、日記はホラが少ないな。
よくない傾向だ。
あまりにも赤裸々だと、露出狂的なものを感じる。
今後はもっと積極的にホラを混ぜていこう。
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2011年1月 6日 (木)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――バクマン。2

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

前回 = バクマン。 が異常にコンパクトになっていたのは、
体調が悪かったからです。(腹が痛かった)
なので、もう一回やります。
タイトルに「バクマン。2」とありますが、
そういうマンガがあるわけではない。
単純に二回目なんで、「2」です。
今度は長いです。
語ります。

ストーリー紹介は前回やったので、
かってな語りから始まります。

そもそも、「少年ジャンプ」で
「少年ジャンプのマンガ」をやるというのが、
もう盲点的ですごい発想。
わたしのあいまいな記憶によれば、
ONE PIECEの尾田様は
「ジャンプのマークって海賊なのに、海賊マンガ見たことないから」
っておっしゃられていた。気がする。
そんな記憶。
で、ジャンプで漫画家を常に募集してるのに、
ジャンプを舞台にした漫画家のマンガ見たことない、ってのが、
まずすごい。それに気づくのがすごい。
さらに、そこでジャンプの読者層をがっちりつかむ
キャラクター設定をするところがすごい。
これ、需要と供給がちゃんと計算されてるよね。
よくバクマン。 内で「天才型」と「計算型」の漫画家がいるって
出てきますが、
原作者の大場様はおそらく「計算型」。たぶん。
山場も意識して作られている。
だから唐突な展開はあまりない。
ちゃんと伏線があって、理由があって、話が回る。
(最近の平丸氏の活躍は、人気投票を反映しているのかな、
 と思いまするが)
このまま、サイコーとシュージンが「PCP」でどこまでいくのか、
果たして、サイコーの「アニメ化なったら結婚」がかなうのか、
注目ですね。
個人的には、「PCP」をやめるとき(おわるとき)が
次の山場かなと思います。
これって、きっとアニメ化前提の次作への伏線にもなるよね。
先の展開が楽しみです。

こんな感じで、前回+今回でだいたい一回分の分量になった、
バクマン。 でした。
ある意味、バクマン。 も邪道の漫画だよね。
別に戦うわけじゃないし、でっかい敵がいるわけでもない。
それでもおもしろいし、人気あるし、すごいと思う。
これが物語の力です。作者様(大場様、小畑様)の力量だよな。
ものすごくファンです。

以上、ホラ一割で。今回はホラ少なめで。
作者様をほめたたえる方向で。
すごいひとは素直にすごいと言おう。

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メイドガイの件は記憶から強制消去することに。

さっきUpした「メイドガイにご奉仕されちゃったよ」って件ですが。
あの夢のあまりの恐怖に、通常の自我を維持することが困難なので、
記憶から強制消去することにしました。
うん、あれは夢でした。
いや、夢じゃない、なかったことです。
わたしは夢なんか見ていない。
うなされてなんかいない。
あれは、楽しく、かわいいメイドさんに囲まれる夢だった。
メイドガイなんて出てこなかった。
メイドガイなんていなかった。
いなかったんです。
本当に。



うわあああああん、誰か、助けてくれぇ!
わたしを、わたしを救ってくれえ!
神様ァア! もうお腹は治さなくていいんで、
記憶を、記憶を修正してください。



忘れた。
うん、もう忘れた。忘れたぞ。



以上、ホラ1%で。肝心なところだけホラで。
忘れられないよー!

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メイドガイにご奉仕されてしまった。

1月2日のブログ「このマンガがおもしろい~」コーナーでとりあげた、
「仮面のメイドガイ」というマンガ。
うたた寝してたら、登場人物のメイドガイがわたしの夢に出てきましたよ。
マンガどおりの、メイドドレスにごつい、屈強のマッチョ男でした。
ご奉仕してやろう、とマンガどおりに言われて、
ご奉仕されちゃったよ!
内容はあまり覚えていないが、
廊下の窓を磨いてくれる話だった気がする。顔面で。
すごいショックです。衝撃です。
なんだかもう、寝るのが怖い。さっき、確実にうなされてたと思う。
どうしよう、もうお婿(お嫁)にいけないかもしれない……。
汚れちゃったかも。
いったいどんなマンガやねん、と思われた方は
1月2日の記録を読んでください。
とてつもない攻撃力。今回はちょっと、立ち直るのに時間がかかると思う。



以上、しょんぼりした感じで。ホラ0.01%で。
ホラブログなのに、ホラがほとんどないじゃんよ!
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2011年1月 5日 (水)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――魔王伝

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 魔王伝 で。

いやー、いまどきの人は知らないかなー。
菊地秀行様の名作。
わたしのあいまいな記憶によれば、秋せつら物の最初の長編。
全三巻。中学のときに読んだ。
すばらしい。なにがすばらしいとって、秋せつらが!
世界イチ美しい男ですよ。銀河イチ強い男ですよ。
宇宙イチ他人を魅了する男ですよ。
彼の魅力はその美貌だけではない。
人懐こいときの「僕」、
少し憂いを含んだような無敵な「私」、
どちらの性格も、いい! そう、彼は二重人格。
特に「私」は魔界医師メフィストすら、イチコロである。

で、盛り上がったところで、ストーリー紹介。
まず大前提として、新宿区=魔界都市として独立している。
新宿区内は異世界となっており、
特殊な魔獣や魔法使い、吸血鬼、なんでもアリになっている。
その中で「人探し」(マン・サーチャー)を副業に営んでいるのが、
美貌の青年、秋せつら。
ちなみに本業はせんべい屋。
異世界である新宿では行方不明になったら、
まず探し出せない。普通の人間には。
そこで噂の凄腕の人探し・せつらの下へ、依頼がやってくる。
ここまでが前提。
ところが、天下無敵・(おそらく)新宿最強のせつらの前に、
長い眠りから目覚めた幼馴染の楼蘭幻十が立ちはだかる。
真の魔人はいったいどちらか。
二人は新宿で死闘を繰り広げる、――って話。

秋せつらの魅力もいいけど、幻十との距離感もいい。
ふたりはそれぞれ互いが並び立つことはないと悟っているのだが、
幼馴染としての記憶も持っている。
このあたりがもだえる。どっちが勝っても恨みっこなし的な。
結果、せつらが勝つのだが、
それでもなんだか切ない気がする。
なんというか、人外の魔人たちのお話なのに、
とても人間らしい、微妙な苦悩や喜びや悲しみもある物語。
そういう意味では、せつらも普通の人間なのかもな。

魔界都市ブルースシリーズはだいたい読んでた。
魔界医師シリーズもだいたい揃えてた。
菊地秀行様の「吸血鬼ドラキュラ」も持ってた。
それどころか、当時渋谷最大の本屋だった
ブック・ファーストで行われたサイン会の予約券も持ってた。
(寝坊して、行ったらサイン会はもう終わってた)
すべてが過去形なのは、お金がないため。
途中で、菊地様の刊行ペースについていけなくなったのである。
哀しいなあ、お金がないって(しみじみ)。
でも、「魔王伝」の三冊だけでも読んでみるといい。
はまります。菊地ワールドにはまります。

ちなみに、エロスとグロがあるので、苦手な人はやめましょう。
エロスどんとこい、グロ耐えられるぜって人は、
宇宙イチのせんべい屋の活躍を楽しめると思う。
本当に、菊地様は秋せつらを考案したというだけで、
表彰されてもいいと思うのだが。
人類に対して多大な貢献をしたと思うよ。
せつらほどのキャラクターはそうはいない。
続くさまざまな人のさまざまな物語に、
とても大きな影響を与えている。
菊地様はいまだに、目を離せない作家様のおひとりです。
新刊の平積み台で必ず探してしまう。

以上、菊地秀行様を賛美する方向で、ホラ二割で。
本当に、サイン会は残念だったなあ。
サイン欲しかったなあ。

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歯石がたまってるそうで、歯医者送りに。

前回、12月27日に、詰め物が取れて歯が欠けて
歯医者送り(その前に、病院へ)になったわたしだったが、
今日、そういえば歯石がたまってたよ、
もう一度、歯石取りにおいで、ということで、
再び歯医者送りに。

歯石ってなんだ。聞いたことあるけど、定義がわからない。
調べてみた。
 歯石:歯垢がカルシウムで固くなった物体 らしい。
    すげえたくさんの細菌がいるっぽい。
全部、「らしい」とか「っぽい」というのは、
面倒だから、ネットで調べたから。
広辞苑は重いから書棚から持ってくるのが大変なんだよ。
とにかく、取らなきゃならないバッチイものらしいということは
わかった。
男爵が汚くてはいかん。きれいにせねば。

じゃあ、取りに行ってくる。
そしてその後、病院へ初搬送されてくる。(自家用車で)
なぜなら、現在進行形で、腹が痛いからだ。
再びの歯医者→病院のコンボ。(前回は病院→歯医者)
新年初のコンボです。

1月2日に、神頼みしたのに、もう病院か。
神様もたいがいに仕事しろ。
いえ、どうかお仕事してください(平伏)。
賽銭箱に100円も投げ込んだんですよ、神様。
100円といえば、あと三つたまれば、
本が買えますよ(金本位制ならぬ、単行本本位制のわたし)。
頼みますから、仕事してくださいよ、神様。
腹をどうにかしてください。
ダメかなあ、常日頃、存在を信じてないせいかなあ。
でも信じてもいないのに、100円も入れたのに。
100円っていったら、大勇気ですよ。
ホント頼みますよ、神様。
※どこの神社へ行ったのか、言ってもいいのだが、
 願いがかなわない神社だと評判になるとマズイので、
 お口にチャック。


以上、ホラ二割くらいで、八割はホント。
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このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――バクマン。

以下、ネタバレを含むので、いやんな人はバックプリーズ。

今日は = バクマン。 で。


というか、わたしがいまさら勧める必要がまったくないくらいである、
こんな有名なマンガ。アニメにもなっとる。
でもさ、おもしろいと思うからさ。
あとキャラクターブックと新刊も出たからさ。
とりあげました。

いつものような不要的なストーリー紹介。
漫画家を目指す二人の少年・シュージンとサイコーが、
週刊少年ジャンプで漫画家デビューし、
ハードルを次々にクリアしながら、
自らのマンガのアニメ化を目指す――って話。
あらすじとしては、内容がだいぶ足りないですけど、
間違ってはいない、と思います。

さすが大場つぐみ様、
話の持っていき方、展開がうまいと思います。
絵担当の小畑様の神っぷりはもう、言うまでもない。
バクマン。 は初回からすごくおもしろいと思ってました。
少年ジャンプで、少年ジャンプを舞台のマンガをやるってのが、
もう斬新で、そうきたか、いいなあと感じました。
ていうか、わたしごときが偉そうに批評的なことを言うのも変だな。
バクマン。 おもしろいです。読んでみてください。
以上。

最後に。
わたしは蒼樹さん派です。
清楚でいて、最近はユーモアも感じる彼女は
とても魅力的だと思います。

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2011年1月 4日 (火)

この本がおもしろい。わたしが勝手に思うに。――豊穣の海

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 豊饒の海(シリーズ) で。とりあえず一巻目を下記に。

三島由紀夫様のシリーズ物ですね。
これはわたし自身、知人に勧められて
うっかり読み、はまってしまった物語です。
おもしろいこと=至上主義のわたしは、
三島文学は~なんて言わない。
おもしろい。それでいい。
このシリーズ、四冊の構成ですが、
単体でもおもしろいです。
ですが、一冊読むと、必ずシリーズとして全部読みたくなるという罠。

で、ストーリー紹介ですが。
そもそも最初のきっかけは、松枝清顕という青年。
こいつは金持ちの貴族の跡取りなんですが、
正直、いまの時代の道徳観念からすると、
かなりイケない男。顔もよく、頭もよく、金もあるが、身勝手。
ただ、不思議な夢をよく見る。
まるで予知夢のような。
で、夢日記をつけている。
清顕は若くして亡くなってしまうのだが、
彼の夢日記は友人の本多が所有することになる。
ここらへんまでがざっくり一冊目。
で、ですよ、問題は二冊目から。
なんと本多がまた出てくる。
そして清顕(らしきひと)もまた出てくるのだ。
転生しているかのように予言どおりに。
さらに生まれ変わりには、清顕と同じほくろがあった!
この二冊目で、読者はもうヤク中みたいになります。
次の本を求めて夜に本屋へ走ります。
(もしくはアマゾンで頼む)
二冊目の最後で、清顕の生まれ変わり(?)は死んでしまうが、
三冊目で再び、清顕の生まれ変わり(?)は出てくる。
本多はまたもめぐり合う。
こうして、四冊目まで、本多は夢日記や予言どおりに
清顕の生まれ変わり(?)に会い続けるのだが、
四人目は強くクエスチョンマークがつく。
たしかに清顕のしるしのほくろはあるのだが、若くして死なないのだ。
清顕の生まれ変わり(?)たちはみな、
若くして死ぬというのに。
四人目は人違いで、清顕ではないのか?
それとも、天人がやがて衰えるというように、
清顕の魂が転生によって衰えて変わってしまったのか?
それは永遠の謎のまま、物語は終わる。
という、ストーリー。

最後まで見守り続ける本多も、不思議な人物ではある。
彼は夢日記を手に、積極的に清顕の生まれ変わり(?)に
接近しようとする。とりつかれたみたいに。
まあたしかに、親友がそんなおもろかしいことになってたら、
そうなるかもな。
わたしも、次の生・出会いを求めて、さまようかもな。

もっとも、わたしは輪廻を信じてません。
あの世も信じていません。
神様も信じていません。
こういうと、
「あんた、なんの救いもない人生なんだね……」みたいに
思われるかもしれないが、
逆に問いたい。
豊饒の海 のようなフィクション以外に、
輪廻転生が実証されたことがあるのだろうか。
すぐに考えつくのは、ダライ・ラマとパンチェン・ラマだが、
それ以外の人で転生ってあるの?
ていうか、前世の記憶もない、性格も違う、環境も違う
相手だったら、二回目に会っても「はじめまして」なんじゃないの。
別人じゃん、それ。別人でいいと思うけどなあ。
前世が織田信長でも、いまは普通のサラリーマンだったら、
サラリーマンでしょ。それでいいじゃない。
前世がすごくても、現在には影響ないなら、
別人でいいじゃないか。
わたしは別人でいいです。
前世がすげえきれいなお姫様だったり、
独裁者だったり、聖人だったりしても、
いまは関係ないです。
わたしはただのホラ吹き。それでいい。
それで満足だ。別に前世がすごい人である必要はない。

そんな感じで、本はお勧めするが、
本はフィクションなんで思想はお勧めせずに、今回は終わる。
前世とか過去世とか言い出したら、キリがないじゃないですか。
死んだらきれいに終わり、でいいと思うけどなあ。
完全な消滅が怖いという人がきっといるんだね。
完全な消滅は、むしろ救いではないかと思うけど、
そうは思わないんだろうな。
ま、世の中いろいろな意見がありますよ。
どれも同じ重さで尊いですよ。
だから好きな意見を選べばいいですよ、自分の責任で。
責任は、自分でとろうね。

以上、ホラ五割程度で。
名作に敬意を表しつつ、今回は終わりです。
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2011年1月 3日 (月)

自分へ自分で年賀状を送ったわたしは、もしかしてさびしい人なのか。

ええと、タイトルどおり。
郵便関係者(配達人とか)のウケをとろうとして、
元旦に自分で自分へ年賀状を出したわたしだったが、

>世界広しと言えど、自分から年賀状をもらった人はレアだと思う。(1月1日の日記)

上記のように思っていたが、
「レア」なんじゃなくて、「アレ」なんだろうか。
わたしは、アレなひとなんだろうか。
もしかして、ウケじゃなくて、同情をとっちゃったとか?
自分で送るしかないなんて、なんてさびしい、悲しい人なんだろうって、
涙をそそっちゃったとか?

えええー。そんなー。
絶対、新年の初笑いをとろうと思って、出したのに。
ちゃんと年賀はがきで。
わたしはさびしい人ではないですよ?
おかしい人かもしれないが。
やっぱりアレな人ですか?



以上、ホラ5%くらいで。
ちょっとはノンフィクションで。
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2011年1月 2日 (日)

このマンガがおもしろい。わたしが勝手に思うに。――仮面のメイドガイ

以下、ネタバレを含むので、いやんなひとはバックプリーズ。

今回は = 仮面のメイドガイ で。

いやもう、タイトルだけですでに突っ込みどころが満載です。
規定積載量オーバー気味。
大型ダンプ並み。
大好きですけどね、こういう話。

では、相変わらずの役に立たないストーリー紹介。
ある日、金持ちの相続人・主人公巨乳剣道少女・なえかを
ボディーガードしにやってきたのは、
なえかの祖父から依頼を受けたメイドガイ・コガラシ。
ここから、なえかとコガラシの波乱万丈な日常が始まった!

そもそもタイトルの「メイドガイ」っていったいなによ?
前半の「メイド」の意味はわかる。(メイドさんだよね)
後半の「ガイ」の意味もわかる。(男の人のことだよね)
でもくっつけた「メイドガイ」の意味がわからん。
上記のアマゾン画像で表紙を見てみればわかります。
このぶっとい腕をした仮面の男が「メイドガイ」。
男性版メイドだ!(※女装したオカマではない)
いやもう、いっそ男性版冥土。冥途。
読んでるこっちは昇天寸前。
だって、メイドガイよ? どっからこんなアイデア考えついたの?
アイデアを考えついたとして、
誰か、途中で「やめたほうがいいんじゃないの」と言わなかったの?
斬新すぎる。新しすぎる。男女平等すぎる。
メイドガイの概念は新次元すぎて、ついていくのが大変だよ!
でもおもしろいので、特に不満はありません。
かわいい女の子のポロリ的なものもあるので、
異議もありません。
おもしろいです。そんなマンガ。

わたしの屋敷にも、もちろんメイドがおります。
でもメイドガイはいないな。
募集したとして、応募してくるヤツがいるんだろうか。
いたら、イヤだな。(正直に)
コガラシみたいな巨漢に
「ご奉仕してやろう、ご主人様」とか言われちゃったら、
身体が弱いわたしは卒倒するかもしれん。
衝撃のあまり。
なんつーか、「メイド」というものに求められるのは、
能力だけではないのだなと痛感しました。
家事ができるとか、気がきくとか、そういうのにプラスして、
やっぱ容姿も大事だね。精神的な癒しという意味でね。
メイドに「おかえりなさいませ、ご主人様」と言われると、
「ああ帰ってきたんだ」ってほっとして、安心するからね。
安心するのはもちろん、相手がメイドだからで、
屈強なメイドガイにそんなこと言われたら、
わたしは救急搬送されなきゃならなくなるかもしれん。
安心の「あ」の字もないわ! ストレスしかないわ!
帰宅に際して、ずらりと並んで頭を下げるのが
メイドじゃなくて、
太い腕を組んだメイドガイたちだったら、
もう「失礼しました」って言って、ドアを閉めるよな。
→きっとなんか幻を見てるんだな、と思って、屋外へ戻ってしまう。
ただ、メイドガイはとてもとても有能なのだよ。しかも強い。
メイド+ボディーガードだからね。
だが、目に優しくないというのがね。
なんというかね。
心によくないですね。
精神的に衝撃が来ます。
でも、一度、この斬新な打撃を味わってみるといいよ。
意外と癖になるかもよ。
目が離せないという意味では、追いかけたくなるしな。
バカを許せる、器の広い方にはお勧めのマンガです。

今日はこれから初詣に行かねばならないので、
ここらへんで終わりです。
なにせ神頼みですからね。いろいろ願わんとならん。
まず、身体のこととか、
それから身体のこととか、
あと身体のこととか(ここまでくると(笑))。
精神的には楽しくやってると思うので、
精神面で特に願い事はありません。
あ、あ、そうだ、図書券が欲しい!
サンタがくれなかったクリスマスプレゼント、
執事がくれなかったお年玉として、
図書券が欲しいです、神様。
アマゾンで思う存分、買い物できるようにしてください。
簡単に言えば、カネですよ、お金が欲しいです、神様。
もしかしたら逆に、世の中、お金が神様なのかもね。
ずいぶん生臭くていやらしい欲望が出てきたところで、今日はお別れ。
ホラは五割で。
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2011年1月 1日 (土)

自分宛に自分で出した年賀状が届いた。

今朝、自分宛に自分で出した年賀状が届いた。
ほかにも執事にも出したりとかしていたのだが、
ちゃんと12/25日に自分宛に、年賀状を出しておいたのだ。
「あけまして、おめでとうございます。
今わたしは大掃除が大変です。がんばりました。
今年もよろしくお願いいたします」みたいな内容。
世界広しと言えど、自分から年賀状をもらった人はレアだと思う。
配達人は、どう思っただろうか。ちゃんと発送人も書いておいたのだ。

はがきの表面は、

  郵便番号123-4567 ●●市●●区●●1-2-3
               黒羊男爵 様

         (発送人欄)123-4567 ●●市●●区●●1-2-3
                        黒羊男爵

こんな感じ。

これがわたしの今年一発目のバカですね。
ちなみに、特に意味はないです。



以上、ホラ0.1%くらいで。
これからも、わたしは、どんどんムダな、アホなことをしていくよ!
大人になったら、もう叱る人はいないから大丈夫さ。
でも、警察には捕まらないようにね!
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